閑話 翔と有夢の二人旅 その3

「いやー、ここまで来るの長かったねぇ」

「だな」



 俺たちは予約していた旅館までたどり着いた。長かったつっても、有夢は飛行機の中とバスの中じゃ寝っぱなしだったし、俺もバスの中じゃこいつと一緒に寝ちまった。

 今はもう夕方近く。今から観光するにはちょっと遅い時間だ。そのぶんゆっくり温泉に浸かろうと思っているが。



「すみません、ここって混浴ありましたっけ?」

「ええ、ございますよ」



 有夢が旅館の受付でそう訊いた。まあ、有夢はその特殊な体のせいで混浴しか入れないからな。つまり俺は有夢を守りながら温泉に一緒に入ることになる。混浴の温泉で目を離したら、おっさんにナンパされてるのがこいつの平常だ。



「一緒に入ろうね、翔!」

「おう」



 嬉しそうな表情を浮かべながらわざわざ報告しにやってきた。幼いのは顔立ちだけじゃねーんじゃーねか。多分この場にいる他の人からはカップルとして混浴に入ると思われることだろう。

 俺と有夢は部屋へ通された。外の美しい景色がよく見える、とてもいい部屋だ。そして広い。この旅館は予約したつっても、当たった懸賞が手配したところだ。いい仕事してくれるぜ。



「美花達についたよーってメッセージ送ろうよ。もぐもぐ」

「そうするか」



 有夢が用意された茶葉の隣に置いてあった饅頭を食いながらそう言った。有夢を中心に俺とこの旅館の部屋を景色に自撮りして、みんなに一斉送信するそうだ。撮れた写真は特に可もなく不可もなくと言った感じだった。ちなみに自撮りは一番美花がうまい。



「お、美花から返信きた。いーなー、翔が羨ましい……だって」

「なんなら叶君に頼んで瞬間移動してきてもいいんだがな」

「それじゃあせっかくの俺と翔の二人旅の意味がないよ」

「そうか? まあ、そうだな」



 リルからは「わふー」と返信が来た。あいつ、自分の口癖をたまに文章でも使ってくる。目の前で直接口から出された言葉なら感情を読み取ることができるのだが、文字にされると何が言いたいかさっぱりわからん。まあ、すぐに「私も行きたいよぅ」ときたが。



「さて、これからどうしよっか! 早速温泉入りに行く?」

「この時間帯って人多いのか少ないのかよくわかんねーな」

「ちょっと探知……んーとね、まあまあって感じかな」

「じゃあ行くかー」



 ってなわけで俺と有夢はこの宿の風呂場まで向かった。混浴があるとはいえ、男女更衣室は別だ。ここで問題になるのが、有夢はどちらで着替えるべきか。俺は頭を抱えて悩んだが、有夢はすんなりとこんな提案をしてきた。



「俺がアリムになって、女子更衣室で着替えてくるよ」

「その方がいいか?」

「うん、安全でしょ?」



 というわけでそうなった。有夢はバスの中で洗いっこするだとかいってはしゃいでいたが、混浴の場合俺たちが合流するのは温泉の中でになるため、それは叶わなくなったわけだ。無茶な提案だったしこれでいいと思うが。人の目を気にしながら女みたいな有夢に背中を洗われたり洗ったりしてやるのは中々精神的に厳しい。

 浴場に入って体を洗い、真っ先に混浴へと向かう。……女性客はやっぱ全然いねーな。リルとこういう旅行して混浴があるという場合でもまず入らないからな。どうしても一緒に入りたかったら個室露天風呂がついてるとこを選ぶ。

 やがて有夢が手ぬぐいで前を隠しながらじゃぶじゃぶと湯をかきわけてやってきた。俺以外の男が見たらまず間違いなく反応してしまうだろう。事実、この場にいた男共全員、有夢のことを凝視し……鼻血が出そうになったのか、鼻を抑えながら湯船から出て行った。全員だ、全員。マナーがちゃんとしてる人ばっかりだったようだな。よかった。



「ふぃー、恥ずかしいね。みんなに気を遣わせちゃったみたいで申し訳ない」

「女風呂から男になりながら出てくるのは中々きつかったんじゃねーか?」

「ん? 今のボクはアリムだよ?」

「……早く男に戻ってくれないか」



 そういえばタオルで隠してる下半身が膨らんでいない。こいつ、有夢の時は見た目に反して中々だからな、そこさえ見ればすぐわかるんだが……。しかしやってくれやがった。リルに申し訳ない。



「仕方ないなー」

「仕方なくねーだろ。それだけはやめてくれよな、マジで」

「むぅ、ごめんね。さてと」



 男に戻った有夢は俺の隣にちょこんと座った。そして体を密着させてくる。ほっぺただけじゃなくせ全身がスベスベだ。リルと美花もそうだが、一体どうしたら処理もせずにこんな風になるんだ。



「いやぁ、すごい腹筋だね。毎月すごくなってる。触っていい?」

「いいぞ」



 有夢はきゃっきゃとはしゃぎながら俺の筋肉を触り始めた。そして全身くまなく触れると満足したのか、湯船の中に髪がつかない程度まで体を潜らせ、足を組んで目を瞑った。



「……ふぅ、本物の温泉って、いいねぇ」

「お前が作った屋敷のアレもかなり精度高いと思うがな」

「えっへん!」



 そのあとどっちが先に湯船から上がるか競った。お互い一時間ぐらい粘っただろうか。有夢の精神的な耐久力は化け物レベルなので

俺は今回も負けてしまった。我慢比べは大体俺が負ける。体を使うことで唯一、俺がこいつに勝てない項目だ。フルーツ牛乳を奢ることになった。

 ちなみに、途中で混浴風呂に男性はそれなりに入ってきたが、みんな有夢を見るなり鼻を抑えて出て行ってしまっている。ほんと、なんで俺は幼馴染ってだけでこいつの魅惑ってやつに耐えられてるんだろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る