第1081話 黒 (美花)

「だめっ………! はぁ……はぁ……」



 私は自分の声で目を覚ました。時計を見てみるとまだ夜中の三時。こんな時間に夢を見て起きちゃうなんて普段はないんだけどな。それにしても酷い夢だった。目の前でわけわかんない人の手によって有夢が消えて、ついでに私まで消されるなんて。そう、ちょうど今みたいな夜更け……。

 ……有夢がいない。隣に、隣に有夢がいない! いつもならこうして真夜中に目が覚めても絶対有夢が隣にいるのに、いない……! どこに行ったっていうの? 

 私はベッドから降りて部屋の電気をつけた。有夢の気配がどこにもない。この感じ、アナズムに来る前、有夢のお葬式が終わって家に帰ってきてすぐに近い。すごく嫌なことを思い出す。もう隣の家に有夢はいないんだって自覚させられたあの時のこと。

 しばらく探し回ってみたけれど、有夢のお気に入りのマジックポーチとトズマホは枕元にあるし、本当に忽然と消えたとしか思えなかった。玄関を見るまでは。

 玄関には有夢の靴が一足なかった。数ある靴の中でも、このお屋敷の庭に出るときとか、近所に顔を出すときのための軽い物。こんな時間に誰か訪ねてきて、有夢はそれを迎えに行ったのかもしれない。ていうかそれしかない。

 こんな時間にやってくるお客さんなんて、王様のところか、有夢の力を知っている急病人を抱えてる人くらいしかいないもの。それくらいだったらわざわざ私も様子を見に行かなくてもいい。

 でも、ものすごく胸騒ぎがする。どのくらいかといえば、そう、ちょうど二代目アナザレベルが有夢に嫌がらせを始める時期の少し前に感じたものに近い。だから私はとりあえず屋敷の外まで出て有夢の様子を見ることにした。……もちろん服はちゃんと着て。私と有夢は寝るとき、色々な都合上、裸のまま寝るから……うっかりしてそのまま外に出たら大変なことになる。

 お屋敷をでて玄関へ。玄関の前に立つと有夢が近くにいる感覚が戻ってきた。まだこの敷地内にはいるみたい。私は急いでドアを開け、外に出た。

 玄関口から入り口にはそれなりの距離がある。でも、有夢が誰かと話し込んでいるのはバッチリと見えた。その誰かがわからないけど。『アリム』よりは確実に背が高い。思うに『有夢』と同じかそれより少し上程度の身長の男性。頭はまるで地球の、日本からやってきたかのように黒い。なんだかその人に酷く違和感を覚えた。とりあえず私は有夢に声をかけてみることにした。



「あゅ……アリムーっ!」

「……ミカっ!? 来ちゃダメ!」

「おや、あれが美花ちゃんかのぅ」



 ……アナズムの言葉じゃない。今喋ったの、確実に日本語だ。私たちはアナズムの言葉が脳内で自動的に、対象の声ごと翻訳されてるけど、リルちゃんの言っている通り、地球の言葉とは英語と日本語を聞いてるときくらい違いがある。

 つまり、今有夢が迎えているお客さんは髪の色の通り日本人。それに有夢は私に来ちゃダメと言った。今の有夢が危険だと判断して私に来るなと言うほどの人物。……日本人だったかどうかは定かじゃないけど、こんなアナズムの常識から見て突飛な存在、一人しかいない。あれは二代目アナザレベルだ。



「ついでだから、消えるとこ、目の前で見てもらいましょう。有夢くん」

「……!」

「……次の世界でその精神がポッキリと折れてくれること、僕は期待しているよ」



 アリムの姿の有夢を本名で呼んだ。その次の瞬間、アナザレベルは有夢のことを人差し指で突くような動作をすると、有夢の背後にブラックホールのようなものが現れ、飲み込んでしまった。

 ブラックホールのようなものが消えた跡には、有夢の姿はなかった。



「あ……」

「やぁ、美花ちゃん」



 見知らぬ日本人。アナザレベルが一瞬で目の前までやってきた印象はそれだった。特に変哲な容姿じゃない、日本人としてみれば。叶くんや翔みたいに特別にイケメンというわけでもない。

 そんなことより、有夢の気配がどこにもない。あの変なのに飲み込まれてから、有夢がいることが感じられない。……さっきまで見てた夢、有夢と私が消える夢。私の勘はよくあたる。つまり、あの夢は……予知夢?



「あー、我の心ここにあらずという顔をしておるのぉ」

「あゆ……あゆむ……」

「……どうしたものだろうね。悪いけど、君を有夢くんと同じ場所に送るわけにはいかないんだ。君をアナズムに送ってきたのは失敗だった。正直、八割くらいは君のせいで僕の計画がおじゃんになったんだよ」

「……有夢になにしたの?」

「お主があの子を精神的に満足させてしまったが故、こうなったのじゃ。有夢殿は新しく創造した別世界に送った。精神的に、永遠に苦しんでもらう世界じゃ。あの者がいなければ新しい神具級の道具も作れまい。アムリタも無意味じゃ。生きてはおるからのぉ」

「……あ、ああ……」

「じゃあ、有夢くんのいない僕の世界で余生を楽しんで」

「あああああああああああっっ!!」



 私は気がついたら魔法を唱えてた。目の前の人を殺すつもりで魔法を唱えてた。魔法を唱えたはずなのに、なにも発動しない。



「神さまに魔法が効くと思ってるの? まあいいや。とにかく彼が死んだ後の2週間は僕も観察していたよ。君は彼に依存しきっている。この機会に有夢くん離れとか考え……ん?」



 アナザレベルが急に私の手を取った。そして、指の間をまじまじと見つめ始める。その瞬間、私の体は黄金色に輝きだした。



「……やれやれ、困ったものじゃのう。こんな予定はなかったんじゃが……やはり神具級はワシからしても強力じゃからいかん」

「え?」

「まあ……こうなったら有夢くんと一緒にあの世界で絶望を味わうといいよ」



 私の視界は光に覆われた。そして、なにか、浮遊感というか……そう、ちょうど、日本からアナズムに連れてこられた時のような_________。

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