閑話 天才の所業

「……んー」

「どうしたの、桜」

「叶と生まれた時から一緒の私としては、叶が天才でI.Qも人離れしてるっていうのはわかるんだけど、世間の評価にうまく乗れないのよね」

「俺はそうすごくないよ」

「いや、それだけはないわよ」



 叶の部屋で桜が、本人の顔をじーっと見つめながらそう言った。あまりに食い入るように見てくるので叶もそれに付き合うように目を合わせた。何をするでもなく見つめあって話しているだけのその様子は中学生のカップルとして慎ましくある光景ともいえた。



「叶が世間の評価通りなら、私はもっと批判されててもおかしくないと思うのよ」

「またそれいうの。みてこれ」

「……ネット?」

「ほら、俺たちって二人揃ってそれなりに有名人でしょ?」

「あるんだ、ネットに私たちの話題……」



 評判を呼んだがため多少は仕方ないとはいえ、自分の個人情報がすでにネットでいくらか公になっていることは桜を軽く身震いさせた。

 叶が見せたネット記事のコメントには主に、桜の評判について書かれており、少し頭のおかしそうな人が的外れな暴言を吐いている以外はどれも『可愛い』『社長令嬢』『全国模試上位』などという言葉で褒め讃えられていた。



「と、いうわけだよ」

「そ、そうなんだ。ならいいんだけど……」

「いやはや、俺も桜も世間から注目されてるねー」

「むしろ大丈夫なのこれ、犯罪に巻き込まれたりしない……?」

「だいじょうぶ。俺がなんとかしてるから。いや、正確には……あ、ちょっとごめん」



 叶は電話がかかってきたスマホを手に取った。電話の向こうの相手と流暢な英語で何かを話している。もちろん、桜にも全て聞き取り意味も理解することができたが、電話相手の声は聞こえず、叶自身は主に受け答えばかりだったので内容は分からなかった。

 十分ほどして、話が終わったのか、叶は電話を切った。



「ふぅ。今のが大丈夫って言った理由」

「……?」

「まあ、みてよこれ」



 再び叶は桜に画面見せる。そこには角膜以外の眼球の移植手術の方法が記された研究報告書があった。その研究の第一人者は、なんと叶。



「いやぁ、やっと身を結んだよー」

「ちょ、それって……」

「実は桜のために研究してたんだけどね、もう必要なくなったからやめようかなーとも思ったんだけど、アナズムのアイテムで成功させた結果だけだしてから逆算するように実験したら成功方法が見つかってさ。もったいないから続けてたの。んで、本来ならあと十年はかかるはずだったんだけど、超大幅短縮してつい先々月、完成したんだよねー」

「そ、それで今の電話は……?」

「ああ、他の大学でラットによる追試が大成功したって報告。俺個人で何回やっても成功したし当然だよね」

「えぇ……」



 桜は冷や汗をかいた。平然とすごい研究を知らぬ間に成功させていた自分の恋人にむしろ恐怖心を抱きそうになっていた。



「でね、まあ一応世界的に見てもすごい研究だから、俺、お父さんと同じように世界的に護られることに決まったんだよ」

「えっと、おじさんと同じようにってことは……」

「俺になんかあったらSPが飛んでくるし、俺の個人情報が暴かれそうになったらすぐ揉み消されるからね。つまり俺と一緒にいれば桜も大丈夫ってこと! どっちみちアナズムの力があればどうとでもなる話だけどさ。この力が使いにく場合もあるから」

「スケール大きすぎてよくわかんない」

「まあ、いいんだよそれで」



 ニコニコしながら叶はそう言った。桜はふと考える。目が見えるようになる眼球の移植方法がわかり、それが自分のためだというのなら、その自分に移植する予定だった目は誰のものなのかと。一般的に考えて亡くなったすぐの人の眼球などだが、叶の思考からしてまた別の答えが返ってきそうだと考えた桜はそれを訊いてみることにした。



「この……目の手術の方法、私のためって言ってたけど、目はどこから調達するつもりだったの?」

「え? ああ、それはもちろん俺の片目だよ」

「やっぱり……そういうのって亡くなった方のじゃダメなの?」

「あー、実は血液と同じでタイプが分かれてるみたいなんだよね、目も。俺と桜は合致したってわけ」

「なるほど……。でももし、私、叶に片目までもらってたら……」

「もらってたら?」

「対等な関係でいられなくなった気がする」

「そうなの?」

「そうなの」



 桜は叶が自分の目を治そうと躍起になってくれていたのに心底感謝していた。その感謝の上にさらに自己犠牲まで重ねられると、叶がどんな無茶を言っても自分は拒否できなくなると考えていた。

 実際、桜は目が治ってから叶にたいして随分甘くなり、全てのことに寛容的になっている。もし仮に叶の性格が豹変し、桜に無茶な命令をしたとしても軽く口答えしつつ、それに答えようとするのであった。

 ……要するに、叶が何かするたび桜は彼に心酔してしまう。その心酔の仕方が狂信的になることを本能で危惧しているのだった。



「……まあどうであれ、この研究結果は桜にはあまり関係ないのが現実だから。そんな気にすることはないよ」

「……私と叶って釣り合う?」

「またその話に戻るの?」

「……まあ、叶が私のこと好きならいいのよ」

「そりゃ世界一好きだよ」

「……っ!」



 桜は赤面した。





####


この世界は地球側もSFでできてます。割と初期からそうでした。

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