閑話 雪国出身にとっての夏 (翔)

 とある日の夏休み。

 外の気温は35℃を超えていた。もろに真夏というやつだろう。俺にとっては上半身半裸になって外で横になり、身体をいい色に焼けさせ筋肉を喜ばせる絶好の機会なのだが、リルにとっては厄介以外の何物でもないようだ。



「わぶ~~、あづぃぅ……」

「エアコンつけてるだろ。その上お前は扇風機の前に陣取っているわけだし」

「それでもなんだよぅ……」



 まあ仕方ないわな。リルはずっと寒い地域に住んでいたんだ。日本の夏はきつすぎるかもしれない。夜眠る時も布団もなにもかけないでお腹丸出しにしているようだしな。夏風邪ひかないか少し心配だぜ。



「しかし今俺たち地球にいるからいいけどよ、もしこの暑さがアナズムでもそのままだったらどうするんだ? 耳とか尻尾とか毛がふさふさだしもっと堪え難いだろ?」

「メフィラド王国あたりじゃ30℃超えることなんて滅多にないよ……ブフーラ王国にいる獣人も暑さに耐えられるような体に作られてるしね」

「なるほどな。じゃあリルがブフーラ王国に対策せずに行ったら」

「死んじゃうかもね?」



 それは大変だな。やはり人間にはわからない獣人特有の悩みというのはかなりあるようだ。まあ地球なら関係ないが。

 しかしだな、こうしてタンクトップだけ着ていて全身汗まみれのリルというのは……。とにかく俺の前だからとはいえ無防備すぎないだろうか。



「わふぇ……」

「リ、リル。とりあえずなにか羽織ったらどうだ?」

「え? なんで? 自殺行為だよ」

「いやぁ、でも……」

「うー、胸の間が蒸れる……。日本は湿気が多すぎなんだよ、蒸し器にいる気分だよ」



 リルはタオルを取りだし、身体を拭き始めた。汗がめちゃくちゃ吹き出しているというわけではないようだが、やはり気になるくらいには出ているんだろう。タンクトップの中にも手を突っ込んで全身くまなく拭いている最中に、リルと俺の目が合ってしまった。

 リルは俺の目と自分の体を交互に見比べると、ニヤリと笑った。あの顔は自分が優位に立てそうな時にする顔だ。



「わふぇー、やっぱりあついなー。もう中の下着全部脱いじゃおうかな?」

「……おい、リル」

「あー、背中とか届かないなぁ。ショーに汗拭いてもらおうかなぁ」

「背中ふつうに届くだろ、リルは」

「お腹とかも汗掻いてるし……」

「…………はぁ」



 着ていたものをめくり始めたので俺はリルがいない方を向いた。それと同時に「わふっ!?」という少し悲痛のこもった声が聞こえた。



「ショー! ごめんよ、こっち向いてよ」

「おー? 俺はこっち向きたいから向いてるんだぞ」

「わふぇー、意地悪したこと謝るからさ!」

「そうか?」



 まあ俺の意地悪返しはこの程度にしよう。リルからやられたのは意地悪とはいえないかもしれないがな。本人はそのつもりらしいし。

 俺がリルの方を向くとものすごく嬉しそうな顔をした。



「わふー!」

「どうする? かき氷でも食うか」

「いいね。でも先にシャワー浴びたいよ」

「おう、シャワーなら俺も浴びるわ。出たら教えてくれ」

「それなら一緒に入ろうよ、あそこなら汗だくになってもすぐさっぱりできるし、お触りし放題だよ?」

「いや……今の時間帯はいいわ」

「わふー、チラチラ見てたのにー。我慢しなくても私はショーの全てを受け入れるよ」

「今は、だぞ」

「おーわふわふ、そっかそっか! じゃあお先に」



 これでひとまずはリルもわざとセクシーなことをするのはやめてくれるだろ。おかげで夜は付き合うことになったが。ま、どっちみちリルは毎晩あの手この手で侵略してくるし。

 リルが浴室出てきた後、すぐに俺もシャワーを浴びてさっぱりした。だがリルが許してくれるならやっぱりあとで日焼けするために日光を浴びよう。筋肉が物足りないと言っているぜ。

 そうこうして、やがて大盛りのかき氷を用意した。受け取ったリルはまじまじとかき氷を眺めている。



「わふー……」

「どうした、溶けるぞ」

「こういうのって、暑い地域だからこそ生まれるものだよね。私の故郷にはなかったもの」

「まあ、あの村じゃ氷を砕いて食べるなんて考えつかねーだろうな」



 一度あいつらにかき氷を食べさせてやりたいものだ。……もしかしたらなんでこんなの食ってるんだといわれる可能性もあるな。まあそこは文化の違いってやつだろ。

 そういやリルは結局、夏が好きなのだろうか、嫌いなのだろうか。こうやって暑がってはいるものの祭りを楽しんだり、水着を喜んで見せてきたりするしな……。



「なあリル、リルは夏は好きか?」

「わふぇ? うーーーーーん……」



 お、腕を抱えて悩み始めてしまった。かなり迷う質問だったみてーだな。しばらくしてリルは答えを出してきた。一分くらい待ったか。



「夏はねぇ……暑いし、胸やお尻や足が蒸れるし、肌が白い私にはかなり日焼けが怖いし、目が青いからサングラスかけたくなるし……好きではないかな。狼族には合ってないんだよ」

「そうか……」

「でも、薄着してショーの目線を奪える時間が多くなるし、ショーも薄着して筋肉が見えるし、水着をきても不自然じゃないからそこは好きかな。水着なんてショーにしか見せないけど。結果的には普通だよ、普通」



 普通な理由はほぼ俺が関連してるじゃねーか。……照れるぜ。リル以外の狼族がこの夏を体験したら嫌いといってしまう確率は相当高いだろうな。日焼けや日光がきついってのは、鍛えた俺にはあまり感覚がつかめないけど、日焼けに悩む人は身近にいるしな。有夢や美花も日焼け止め欠かさないし。



「わふー、まあショーと一緒ならなんでも楽し……ひゃう!!」

「どうした?」

「ボケーッとしててかき氷食べるの失敗したよ! 中に入り込んだよ、取るの手伝って、冷たいよ!!」

「そ、そこに手を突っ込むのか? い、いいの?」

「ショーなら問題ないから! わふー! とってー!」



 まあ俺も、リルと一緒ならなんでも楽しめそうだな。こんな状況だって。

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