閑話 叶のお楽しみの時間 (叶)

 今日はいい日だ。

 外はまだ寒いが日光は差し、暖かめの風が吹いている。

 そして俺の株取引も、今日は大きな動きがなく、やってもあまり儲けはないと予想がついている。


 愛しの桜とのデートの予定もなく、しかしにいちゃんと美花ネェは二人でラブラブに出かけている。


 こんな日には……我が世界に浸るに限る。


 さぁ、準備はいいだろうか? 

 カーテンは閉めた、故に部屋は薄暗い。片目に我が愛しのフィアンセが作成した魔が秘められし眼帯を装着済みだ。

 コンセプトは……そうだ、今日の我は魔界の王。

 強大な力を保持する、魔の世界の王者なり。


 ふふ……さぁ、今宵も魔の侵食を広げるため、人間どもに恐怖と絶望を与えてやろうではないか……!

 まずは……。



「カーテン閉めてるってことは、今日はこの日かぁ」

「ぐわああああ、日光があああああ! 閉めろ、窓とカーテンを閉めるのだ!」

「はいはい」



 むむ、桜が乗り込んできたか。まあいつものこと。デートはないと言っても、すぐ近くにはいるからね、仕方ないさ。



「久しぶりねー……これ、最近やってなかったんじゃない?」

「ふっ……商いが忙しくてな。魔界の王も金がなくては生きにくいのだ」

「今回は魔界の王ね。そんな生きづらい魔界の王ってなんか現実的すぎて……」

「ただ傲慢で暴れるだけの王など無能もいいところだ。俺たちは反面教師となる輩を知っているだろう?」

「うん」



 さて、訪れてきたとっても可愛くて麗しい絶世の美少女に、魔界流のもてなしというのをしてやろう。

 取り出したるはワイングラス。そこに入れるのは赤黒い液体だ。それを差し出してやる……コースター付きで。



「お、これは?」

「純潔な少女の生き血だ」

「純潔って、そういう経験がない人のことよね? 叶が手っ取り早く手に入れられる純潔の血……私か。寝てる間に採ったわね?」

「ご名答。自らの血を飲むが良い。できなければ食ってやる」

「……いいよっ」



 暗がりでもわかる、我がフィアンセは頬を赤らめてそう言ったのだ。付き合う前は大体、食ってやると言うとしらっとしたことを言われたのだが……。

 ならば、ここは本当に食ってやろうではないか。

 物理的でも性的でもなく、彼氏として。



「ならばつまみ食いだ。飲むのだったら……んっ、この程度で抑えてやろう」

「えへへぇ」



 軽い口づけ。桜の柔らかい唇の感触が、俺の……いや、^我が唇に伝わる。すぐに放してしまったのが惜しい。



「仕方ないから飲もうかな……真面目な話、これなぁに?」

「トマトベースの野菜ジュースにハチミツをブレンドした我オリジナルの飲料だ」

「つまり私好みにしてくれたってわけだね。なに、最初から来ること想定してくれてたの?」

「うん、だって俺がこれやってる時8割型無理やり侵入してくるじゃん。目悪いかったのに昔っからさ」

「だって面白いんだもん」



 そう……昔はただ単に、我一人で楽しむだけの儀式だったのだ。黙々と綺麗な魔法陣描いたり、全身に包帯巻きつけてみたり、果物ナイフを魔剣と仮定して研ぎ澄ましてみたり。

 しかしいつからか……小学校低学年くらいからか、それに桜が無理やりやってきてメタ発言したりからかってきたりするようになった。

 自分の好きなことをしている時間に、自分の好きな人が侵入してくるのは、なかなかに至福。



「くぅ……やすやすと人間の血を飲むだと!? なかなかの胆力だ……。しかし、これはどうだ!!」

「これは?」

「人間の脳を溶かし、体液などと一緒に混ぜ合わせたものだ!」

「って、これ超高級店のプリンじゃない! いいの?」

「もちろん、我がフィアンセのために用意したものだからな」

「えへへ……フィアンセぇ。と、とにかくありがとうっ!」



 婚約者と呼んだことにも、準備しておいたプリンにも喜んでくれたみたいだ。

 ちょっと一人で出かける機会があった時に買っておいたやつ。いつ渡そうか迷ってたけど、今渡して良かったと思う。

 あー、にやけながら食べてるとこ超可愛い。過去最強と謳われる当代の魔界の王であるこの我でも、心の底から浄化させられてしまいそうだ。いや、もうされている。



「くっ……これも簡単に食してしまうだと!?」

「ごちそうさまでした!」

「また今度機会があったら買ってくるね」

「いいの?」

「いいよ!」

「やった!」



 さて……癒されたところで本番と移ろうではないか。



「ふはははは! そ、そこまでの胆力。見惚れたぞ、貴様を我が妻に迎えよう!」

「うんっ!」

「さあ、こい!」

「お姫様抱っこするの?」

「やだ?」

「ううん、してっ」


. 

 桜をお姫様抱っこするのはこれで何回目だろうか。少し軽くなった気がする。まあ、それもそのはず。

 この魔王、ここ数ヶ月鍛えているのだ。

 スリム体型の少女の一人くらい、軽々と持ち上げられる。



「ちょっと前まで重そうにしてたのに。本当に王子様みたいに軽々持ち上げるなんて。さすが鍛えてるだけあるね」

「まあ、桜が軽いってのもあるけどね。ふはははは、このままハネムーンでも行くか!?」

「もうちょっとこうしてて……」

「うん、いいよ」



 ふむ……そういえばお姫様抱っこって、何気に様々な箇所を触れられているのではないだろうか。そう考えるといつのまにか変な場所触っちゃってたり……あ、今は二つだね。



「えへへ、すきぃ」

「我も、心の底から愛しているぞ、フィアンセよ」

「えへへへ」



 あー、可愛い。

 マジで食べちゃいたいくらい。

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