第838話 本番前
「もうちょっとで時間だね」
「そうは言っても集まってって言われた時間の10分前だけどね。そろそろ行く?」
「早めに行っておくのは大事だと思う」
そんなわけで俺たち六人は3階Dスタジオの中へ。そこには普段テレビで見る、あのセットが目の前に広がっていた。たくさんの人が忙しそうにカメラなどを準備し、すでに席に座っているエキストラさんもいる。
俺たちも受付でもらった名札をつけ直し、六人で固まって席に座った。あまり目立たないように端の方に。
「テレビで見てるのが目の前にあるって、なんか不思議な感覚ね」
「だっしょー、私、エキストラ10回目くらいだけど、このワクワク感が好きなのよねー」
「わふぇ、さなちゃん。ショーはどんな感じでお話するのかな? 私、この番組のことあまり知らないんだ」
「んー、メインの八人に弄られつつトークして行くかな。柔道家としてのテレビ初出演なのにもかかわらず、こんなバラエティに出るなんて相当異例だけど。……火野がボロ出したりしないか心配?」
「ううん、ショーなら変なこと言わないと思う。でも、緊張し過ぎてまともにしゃべられなかったりしたらどうしようかな、とは思うよ」
たしか噛みまくるところは安易に想像できる。でも翔もハイスペックな人間だ。ものの20分くらいで慣れてくるんじゃないだろうか。案外ね。
「あ、あとこの番組の特徴として、よく話題をエキストラの方に向けてくることあるから気をつけてね」
「えぇ、ほんと?」
「そういえば、そうだった気がするわ」
「そんなに身構えないでも大丈夫、というかなんやかんや言ってみんなこういうのには慣れてるでしょ?」
「まあ、普通の人よりは」
でもめんどくさいなぁ。俺たちはただ単に見に来ただけなのに、話を振られたりしたら。またクラスのみんなになんか言われちゃうかも!
あ、一番なんか言ってくる佐奈田がここにいるし、あんまり気にすることないか。
「おー、来てくれたのか。ちょっと遠くなかったか?」
「ショーッ!!」
気がついたら、どこからともなく翔が現れていた。
めちゃくちゃカッコいい服と髪型をし、少し化粧もしているようだ。スタイリストさんすごい。ただでさえイケメンの翔が、2割り増しくらいさらにイケメンに見える。
「ちょっとだけ時間ができたから、雰囲気になれるためにも下見にな。いやー、本当に六人ともくるとはな」
「すごい、カッコいいわね翔! 男前さが増してる!」
「はー、これならすんなり校内イケメンランキング1位も取れたんじゃないんですかね。2位に圧倒的差をつけて」
「そ、そうか? 照れるな。ところでリルはなんでプルプル震えているんだ?」
今にも翔に飛びつきそうな格好で、その欲望に耐えるかのごとくリルちゃんは震えていた。
なぜかアナズムにいる時の尻尾と耳の幻覚がみえる。おそらく、翔に会えてちぎれそうなほど尻尾を振っていることだろう。
「今日は少ししか顔をか合わせてないから寂しかったんだってさ」
「甘えさせてあげたら?」
「おお、そうか……あー、衣装着ちまってるし、激しいことはできないが。まあ、こいよ」
「わふーーん!」
小さめに両手を広げる翔に、リルちゃんは控えめに、でも横目から見て胸が思いっきり潰れてるのがわかるくらい強く抱きついた。
あれじゃあ狼じゃなくて母犬に甘える子犬だね。
「そんなに寂しかったか?」
「わふ……私でも気がつかないうちに、ショーがいないと落ち着かない体になってたんだ! 責任はとってくれるね?」
「あ、あんまりこんな場所で変なこと言うなよ。聞かれてる可能性でかいぞ。一応声は潜めてるが。明日デート連れてってやるから、今日は我慢してくれよ、な?」
「あ、明日デート行くなんて、ショーが疲れちゃうよ。来週でいいよ。と、とにかく撮影頑張ってね!」
「おう、心の準備だけはできてるぜ」
この様子を見ると、翔はもうすでにこの環境に慣れつつあるみたいだ。さすがだね。
逆にここにたどり着くまでの数日間の方がやばかった気がする。
「んじゃ、そろそろ戻るわ。ヘマしねーよーに、気をつけるからよ! じゃあな!」
時計を確認してから、翔は舞台の方に降りて行った。後ろ姿までカッコよく見える。これがテレビに出る人間か。
「はぁ………」
「どうしたんですか? さなさん」
「あ、桜ちゃん。聞いてくれる? ……私、リルちゃんと火野のやりとりみてて、なんか寂しくなってきた。だってほら、私だけじゃん、このグループで彼氏いないの」
「あっ……でも、さなさんなら、その気になればすぐできるんじゃないですか?」
「そっかな。でも、そうだとしても、あそこまで甘えられる彼氏が欲しいものだけど……」
あれ、そういえば佐奈田にも幼馴染いなかったっけ。うちのクラスの、翔とよく話してるやつ。
それほど仲よさそうに接してるとこ見たことないから、俺と美花や叶と桜ちゃんみたいな関係には進まないのかね。
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