第748話 夜

「………そろそろか」


 

 アナズムでの、誰もかれもが寝静まっている深夜。

 シヴァはアリム・ナリウェイの屋敷の中で、丁寧におすわりをしたまま、何かを待っていた。



「私自身はアナズムに戻って来てから数日程度しか待ってないが……」



 シヴァの隣に音もなく現れる影。

 その影がはっきりするころには、美しいと言える女性の姿が見えていた。

 シヴァはそちらの方を振り向く。



「お前はどのくらい待ったんだ? ディース」

「ホッ……何百年じゃよ。久方ぶりですじゃの」

「ああ、久方ぶりだな」



 ディースと呼ばれた女性は、シヴァがいる部屋の全体を見回した。地蔵に、こけしが二つあるだけの部屋。



「3つしか物がない部屋じゃが……全てが興味深いですの」

「ああ、あそこにある二つの置物。地球ではこけしと言うのだが……あの中にスルトルとサマイエイルが封印されている」

「ほぅ……」



 ディースはこけしに手を伸ばそうとしたが、シヴァはそれを止めさせるよう、彼女の足を叩いた。



「今のレベルメーカーは……見た目と普段の性格に反して用心深いヤツだ。触れた途端、すっ飛んでくるぞ」

「あー、たしかに少し今のは軽率じゃったな。もう既に魔神を全柱封印し直してしまった、過去類を見ない化け物じゃものな……。顔はただの少女にしか見えぬのに」

「男だがな」

「知っておりますわい」



 ディースは先ほどまで立っていた場所に戻り、その場に腰をかけた。シヴァもそれに合わせて座り直す。

 


「で、そのレベルメーカーは今、どうしておるのですかな?」

「お前は過去と未来を見通せるんだろ」

「たしかに見通せるが、今日が侵入して安全な日ってことくらいしか調べとらんのじゃよ」

「……幼馴染と互いの性別を変えて乳繰り合って、ちょっと前くらいに寝落ちしたと思うぞ」

「うわぁ……」



 ディースは話を聞いて顔を歪ませる。

 シヴァは慌ててフォローを入れることにした。



「た、たしかに性別を入れ替えるのはどうかと思うがな、あの二人はずっと思い合っていたのに一度引き裂かれているんだ。盛ってしまうくらいは許してやってほしい。引いてやるな」

「まあ、年頃の男女じゃし仕方ないがな……。それにしても妙に肩入れしますの」

「……あの二人は…いや、この屋敷に住んでる者は皆、私にとって孫くらいの思い入れはある」

「ほぉう……」



 シヴァは横目で見てくるディースを見上げた。

 そして、話を続ける。



「だから、手出しをしたら許さない」

「いや、手出しすら無理じゃろうて」

「……ああ、わかってて言った」



 しばらくの長い間。

 ディースはもう一度部屋を見渡した。シヴァに尋ねる。



「地球は…我々の標的はどうだったんじゃの? アリムという存在がある今、目的を果たすのは無理じゃろうが」

「アリムがいなくても無理だ。我々は魔法とスキルにあぐらをかき、地球の発展力と科学力を舐めていた」

「……仮に魔神三柱を全て一度に解き放ったとしたら?」

「せいぜい、地球の人口の半分を減らすのが関の山だ。いや、最悪1割も難しいかもしれない」



 ディースはその言葉を聞いて顔をしかめる。

 シヴァはその様子を見て、さらにこう続けた。



「私が五百年前の導者に負け、封印されて地球送りにされることになった時、私は視察してくると言ったな」

「ええ、そもそも視察するために封印されたんのを覚えておりまする」

「五百年近く、みっちり見続けた結果がこれだ。ははは、聞け、地球での100年の発展は、アナズムの500年…いや、1900年から2000年にかけてならば、700年に相当するぞ!」



 なぜか嬉しそうにそう言うシヴァ。

 ディースは人間への愛情といい、技術の進歩への喜びといい、すっかり地球に感化されている元上司を内心は軽蔑したが、そもそも自由人だったことを思い出し、ため息をついた。



「せめてスルトル様、サマイエイル様と話ができれば良かったんじゃが」

「昨日、私は少しだけ話したぞ。アリムの監視が入っていたから、他愛のない世間話をするように見せかけ、メッセージで会話したがな。だが何か新しい話を聞いたわけじゃない。私がいま、お前にしたような報告をしただけだ」



 ディースはそれを聞くなり、再びため息をつきつつ立ち上がった。



「なるほど。シヴァ様がお話しできたなら、そう焦らなくても良いじゃろうな。……今夜は試しに侵入し、少しだけしか話をするつもりはなかったし……そろそろ帰るかの」

「次は数日のうちに来ることができそうだな」

「そうですの……では」



 転移しようと構えるディース。

 しかし、それを取りやめ、シヴァの方を振り向いた。



「少し聞きたいことがあるんじゃが」

「なんだ?」

「カナタとサクラは元気かの?」

「……自分の力で見てみればいいだろう。まあ、教えてやる。すごく元気だ」

「……そうですか」


 

 ディースは再び構え直し、煙のようにその場から消えた。シヴァはそれを見届けると、意識を遮断。

 ……人でいう、眠りについた。

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