第570話 付き合いの方法 (翔)

 土曜日となった。

 インターハイが近いから仕方なく部活に出ているぜ。まあ日曜日は休みだしな。

 普段は主婦として家にいる母さんは、日曜日の朝からと月曜日の午後まで珍しく仕事でいない。

 月に何回かはこんなことあるんだぜ。…まあ、女性用護身術の講師なんだが。


 親父はいつも通り仕事だし、日曜日、デートから帰ってきたら二人きりとなる。その時に……俺から色事を誘わなければならない。よく考えたら俺から直接誘ったことはなかった。

 だいたい、リルが扇情的な格好をしてくるか、お風呂に誘うか、直接言ってくるかだ。

 そして俺はそれらをだいたい断ってきた。気分じゃないからという理由で。

 地球でももうすでに1回断っている。

 

 どう考えても不満がリルにはあるはずだ。その不満、何もかも俺に自由に言っていいと言ってあるにも関わらず、全く言うそぶりがない。

 やっぱりまだ遠慮してるんだろう。リルの控えめな性格をわかっていながら気づけなかった俺はバカだ。

 これはヘタレと言われても仕方ないだろ。まだ有夢からしか言われてねーけどな。


 ……緊張しなきゃいいんだが。

 かっこよく、否、さり気なく誘わなければな。


 ああ、あと有夢からデートのダメ出しもされたぜ。

 『なんでゲームセンターなの? 日曜に誘うんでしょ? ならもっと遊園地とか動物園とかさぁ、あるじゃない!』と言われちまった。


 確かにそうだ。

 いくらリルがゲーセンを楽しんでいたとはいえ、あまりにもデートとしてはチープ過ぎる。

 ……有夢に男子会で相談したりしたんだ。ダメダメな彼氏からは脱出しなければならねー。もう無計画なデートもやめよう。

 リルは俺が何をしても喜ぶ…らしいから、普通の娘が喜ぶようなことをしてやれば、リルはとんでもなく喜ぶんじゃねーだろうか。

 他人から見ても良い彼氏になる、これが俺の課題としよう。

 あー、あと来週の土曜日は6人でサーカス行くんだったな。この日は部活休むって言っておかないとな。



「ああああああ!」



 身体がふわりと少しだけ浮いた。リルの可愛らしい掛け声と共に俺の身体が。…そうか、投げ飛ばされるのか。

 そういや今部活中だったな。



「残念だったな」



 俺は即座に痛くない程度に強く足払いをかけた。

 それだけでリルはバランスを崩し、俺は態勢を立て直し、んで、かるーく投げ飛ばすんだ。



「やっとショーから一本取れると思ったのに…」

「いや、良かってぜ。よく俺を持ち上げられたな」

「………ま、まあね」



 本当にそう思う。腕は健全な程度に肉はついたが、それでもやはり華奢なままだ。

 なのに俺みたいな大男を投げとばそうとできるもんだと思う。



「フエンさんすごいな」

「あ、ゴリセン! ありがとうございます!」



 ゴリセンがリルを褒める。今のを一部始終見ていたのだろう。



「対して翔、お前、なんか他のこと考えていただろ?」

「げ…バレちまいましたか」



 いや、ほんとよく気がつくな。ゴリセン。

 一本取れそうだと思ってたが失敗し、さらにそれがただの俺の不注意だと知ったリルは悔しがっている。

 可愛いから頭に軽く手を置いてやると、にこりと笑って喜んだぞ。

 

 ……抱きしめたりしたいとこだが、ここにいる若干数名から嫉妬の視線を浴びてるからやめておこうとおもう。



「それで本当にインターハイ大丈夫なのか? …と言いたいところだが翔に関しては何も心配していない。フエンさんについても来年に挑戦してもらうつもりだしな」

「マジすか?」

 


 副部長の剛田が驚いたようにそう言った。まあ俺が地球でリルとイチャイチャしてるのを、隣のクラスだから結構知ってるこいつは俺が自主練してないとでも思ってるんだろう。



「ならやってみるか?」

「い…いや、いい」

「うむ、それにな、前も言ったがやはり動きのキレが全然違くなったよな、翔は。強いていえば…まるで人間じゃないもの…戦車だとか相手にしようとしてるみたいな」



 戦車ねぇ…それよりも強いものと結構戦ってきたからな。ゴリセンはつまり、なんか実戦経験積んでるように見えると言いたいんだろ。

 それは確かにそうかもしれねぇ。



「まあなぁ…元々敵わなかった火野がさらに高みに行った感じはあるよな。ゴリセンの言う通り、インターハイは大丈夫そうか」



 ああ、インターハイで手を抜くつもりはないからな。

 全力で行かせてもらう。人外相手に…まあ規範的には魔法だけど、渡り合ってきた経験を活かさせてもらおう。



「それよりお前は羨まし過ぎるんだよ」

「ん? そうなのか?」

「ああ。天は二物も三物も与えてると今実感している。柔道の実力がまた上がったのもそうたが、リルさんみたいな可愛くて頭のいい彼女がいて……」

「あ、ありがと…」

「……それだけじゃねえ。成績が学年トップレベルになってるだとか、美術や音楽、柔道以外の体育でも異常に発達してるだとかめっちゃ聞くぞ。何があったんだハーレム大魔王め」



 あー、側から見たらこんなのなのか。

 確かに恐ろしいわな。しかし理由を話すわけにはいかないんだぜ。



「さ、さあ…なんでだろうな」

「ふん…まあいいさ。練習続けるぞ」



 俺たちは練習を再開した。

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