第484話 リルの過去 (翔)
「…うん!」
リルは俺の手を握る。
ひんやりして細くて弱々しい、女の子らしい手だ。
「じゃあ、家の中でも紹介しますかね」
一段落ついと、母さん立ち上がろうとした時、
「いや、まだだ」
さっきまで微笑んでいた親父がそれを止めた。
まさか俺のさっきの答えじゃやっぱり不安だったか?
「な、なんだよ父さん。俺、ちゃんとリルのことずっと大切にしてみせるって!」
「や、違うお前じゃない。リル、何か言いたいことがあるんじゃないかね?」
優しく問いかける親父。
リルは俺の手を握りながら頷いた。
「な、なんだよ、どうした?」
「わ、私…まだショーにも話してないことがあるんだよ。それがちょっと後ろめたくてさ。それを見抜いちゃうなんて、パパさんはすごいね」
リルが俺にまだ話してないこと……!
あ、そうだ。あれだ。
「まさか、俺とリルが出会う前のことか?」
「そうそう。こっちの世界にきたら話すって言ってたよね。あれだよ。……本当はもっと後に話そうって思ったんだけど、ショーの告白聞いて…さ。なんだか…ね」
リルはしょんぼりしながらそう言っているが、俺から手は離さない。離させるつもりもないけどな。
「やっぱり…私なんかがショーに好かれてもいいのかなーって」
「どういうことだ?」
母さんと親父はあえて黙ってるのか何も言ってこない。
その空気を察したのか、リルも唾をのみこんでから話を続けた。
「私の昔の話をしたら、嫌われるんじゃないかって思うんだ。でもその話はしとかなきゃいけない、言っておきたいんだ! 特にショーとパパさんママさんには」
不安そうな、まさに捨てられた子犬のような目でリルは俺のことをみる。
俺は思い立ち、もう一方のリルの手を開いてる方の手で取り、しっかりと握ってやった。
「いくらでも吐き出せ、辛いことは。それで俺がリルを嫌いになるなんてことはない。絶対にない。ありえない。今そう誓ったばかりだ、誓わなくてもそうだっただろ。辛いなら…言ってくれ」
リルの目から垂れるひとしずく。
それが口元までたどり着くころに、リルは少しだけ微笑んだ。
「じ、じゃあもう少しお時間をもらうよ。私の…ショーに会うまでの話をしよう」
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リル・フエン。
彼女はエグドラシル神樹国の城下町・首都から極北部までの真ん中にあった、獣人・狼族のみで形成された集落で、美しいと評判の母親と、集落内ではこれといって特に目立っては居なかったが木こり兼狩猟家として仕事をしていた父親の間に産まれた。
0歳の時は、母親に似て美人であると赤ん坊の頃から言われもてはやされ、普通の赤ん坊と同じように、泣き、笑い、触り、獣人として何も差し支えがなく順調にすくすくと育って行く。
1歳の時も変わらず、言葉や文字を覚え、そのボキャブラリーがその年齢にしてはかなり多めだったこと以外は特に普通であった。
2歳の時、リルは子供用の本を読むようになる。
子供用だとしても本を読めるのは少数であり、集落の中でもリルは頭が良いのではないかと噂になり始められていた。
さらに、リルは父親の仕事をよく見学するようになっていた。父親がリルを背負って森へゆき、危険でないところで待たせて木を切る。その様子をリルはとても好んだ。
何より好きであったのが、父親が余分な木材でうまく木彫りをし、それを見せてくれること。
本を読むか、木を切るところを見るか、木彫りをしてもらう、それがリルの毎日の過ごし方となっていた。
3歳。
リルはだいぶ言葉が喋れ、また軽い童話程度ならなんなく読めるようになっていた。
書くより読む方が好きなため文字の練習はあまりしてはいなかったがそれでも辺鄙な集落で過ごしているにもかかわらず、都会の裕福な同年代の子供並みには本が読めたのだった。
この歳になるとリルは父親の仕事だけでなく、母親の仕事も1日おきで見学するようになっていた。
母親が洗濯するところ、料理をするところ、掃除をするところ。
3歳にもかかわらず自分の記憶力が良い方であることを心のどこかで確信していたリルは、それらや、両親が話してくれる話、人との関わり方などをどんどん頭に詰め込んで行く。
4歳。
リルはそれなりの運動を開始した。
戦闘民族である狼族に大切なのは鍛錬であるとして、父親の仕事を手伝ったり(本当はまったく足しにならないのだが)し始めたのである。
父親とともに薪を拾い、それを数本だけ担いでもってゆくリルのその姿は両親にとってとても愛くるしかった。
無論、3歳の頃同様にリルは独学も続けていた。
そして5歳。
この歳が翔に会うまでのリルの人生のピークであった。
リルは相変わらずとくに何も問題なく、いや、普通の子供よりかなり優秀に育っていっていた。
母に愛され、父に愛され、集落の皆もリルを愛するようになっていた。一部の者を除いては。
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