第485話 リルの過去 -2

 リルが5歳の夏。

 集落に超多量の魔物がなだれ込んできた。

 原因はあたりに強力な魔物が出現し、それより下のランクの魔物が逃げ出してきたというもの。

 狼族はほぼ全ての人間が戦闘が可能であり、無論、リルの両親も戦闘ができたのである。


 リルの両親はリルに『大丈夫、すぐ戻る』と、一言残してゆき、魔物の駆除に参加をした。

 リルの両親は戻ってはこなかった。


 その魔物が大量出現した事態により、村の戦闘できる者は半数が死亡。

 これほどの被害が出た理由としては、その出現した強力な魔物というのがSSランクであり、Aランクの魔物も逃げ込んできたからであった。


 もちろん、子供たちはまだ戦闘が可能ではないために村に残された。

 両親どちらもが帰ってきた子供はほとんどいなかったが、逆に両親を二人同時に無くした子供はリルのみ。

 さらにリルは不運なことに祖父祖母もその戦闘で亡くなり、そのうえそれ以外の身内(叔母や叔父)ですら一人もいなかったのだった。


 リルは一瞬にして独り身となった。

 誰がリルを引き取るか、村の者たちは相談を重ねた。

 その戦闘による被害が全家庭、あまりにも大きかったために、リルやリルの家族らにはなにも恨みがなく、気持ちだけでは引き取りたいと考えているものが少なくなかったが引き取ることができなかったのだ。

 

 しかしそんな絶望的な状況の中でも、一組だけ引き取ると申し出た夫婦が居た。先の戦いで二人とも生き残った猛者である。

 その夫婦は子供がおらず、なおかつ、集落全体からの評判も悪くはない。故に集落の長はその夫婦に任せることにした。

 これがリルの10年間につづく地獄の幕開けであったのだ。


 その夫婦は良人に魅せるのが至極得意であった。

 ゆえに、誰も彼らの残虐性に気付くものは居ない。

 夫婦がリルを引き取った理由の一つに、リルを引き取ったことでリルの両親の土地を譲り受ける事が出来るかもしれないというものがあったのだ。

 

 その思惑はうまく行き、その夫婦はリルとともに土地を引き取ることに成功をする。

 ともすれば不要なのはリルである。

 子供だから、仮に不要だと感じても、独り立ちが可能な歳になるまできちんと育てる、などとそのような思考はこの夫婦は持ち合わせていなかった。


 リルを引き取ってからの1年半の間、二人はリルを比較的普通に育てた。とはいってもただ飯を食わせ、なにも喋らせず、なにも聞かせず、ただただそこで大人しくするようにさせたのだ。 あるいは身体を縛りつけ、リルの姿を見られぬよう、どこにも行かせないようにもした。

 もちろん排泄物の処理などはせず、夜中に拘束を解放し、自分で処理をさせたのだ。


 そして1年半が経ち、リルも7歳となった。

 リルは非常に頭が良く、夫婦が行う会話、外から聞こえる他の者の声、自分の両親の記憶を反復し、なにが生きてゆくうえで必要か、なにが必要でないかをしっかりと脳内で判別し自己を育ていく。無意識に。する事がないためである。


 そんなある日、夫婦は頃合いだと感じたのか、リルを集落から事実上存在を消すことに決定をした。

 夫婦はリルを外に連れ出す。

 リルにとって実に久しぶりに連れて行かれる外。

 かつて父親が仕事をしていた森の中。

 なにがこの二人を改心させたのかはわからずも、これからはまともに暮らせるであろうとリルは勘ぐっていた。

 しかし、違った。それは森の奥深くに入った時点でリルも気がついた。


 即座に気に縛りつけらるリル。

 そして、夫婦はあろうことか獣人の命である片耳と尾を抵抗できないリルから切り取りとったのだ。

 それも、わざといたぶるように、かつ、わざと痛めつけるように、かつ、魔物に本当に喰われてしまったかのように見せるために…斬れ味の悪いナイフで、ノコギリの要領で。

 無論、幼いリルは悶絶。

 獣人にとっては獣耳と尾はかなり感覚が鋭い。

 当然のことではあるが、泣きわめき、叫んだ。

 しかしそこは森の中。

 魔物と戦い生き残った猛者から連れてこられた場所、集落の者は誰も気がつかない。

 

 後日、夫婦はリルから切り取った耳と尾を丁寧に布にくるみ、『魔物に喰われて死んだ』と、愚かにもさめざめと泣くふりをしながら村長に提出したのであった。

 リルの葬式はその日のうちに行われた。

 リルは死んだことにされた。


 リルのそれからの日々は、もはや人間のものではない。

 もしかしたら…この時点で奴隷として売られていた方が、何十倍もマシであっただろう。


 リルという少女を痛めつけることに、日頃のうっぷんを晴らすという名目を見出した夫婦はそれから毎日、リルに虐待を働いた。

 最初はそれでも比較的小さなものであった。

 食うものは今まで通りとりあえず用意され、リルに家の家事全般を任した。

 掃除、洗濯、家畜の世話などが主なもの。

 家事に不備があった場合はとりあえずタバコの火を押し付けたり、殴る蹴るを繰り返す。


 しかし、それでも頭のよく器用なリルは歳を重ねるに連れてなんでもそつなくこなせるようになっていったのだったのだ。

 そんなこんなで、リルはある程度うまくやって行き、家畜に(無論)タメ口で話すこと以外ではほぼ一言も発することなく日々を過ごし、いつの間にか歳は11となっていた。


 

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