十二章 賢者

第313話 谷底から上へ (翔)

「クリア…したな」

「したね、御主人」



 二人が今出てきた場所から、ダンジョンがあったはずの大穴を見てみた。

 大穴はすでにただのクレーター化とし、入り口は何処にもない。



「御主人、どうしようかこれから」

「決まってんだろ。この森から出るぞ。……今の俺らならできるだろ」

「うん…そうだね…じゃあ」



 リルから魔力を感じた次の瞬間、黒い風のようなオーラに包まれていた。

 それもただ黒いだけじゃなくて…なんかこう、派手な感じで黒いというか…とにかく、普通ではないな。


 これはリルの『嵐影の飛翔神覇気』っつースキルの効果だ。いろいろな説明は省くが…効果のひとつは空を自由に飛べるのだとか。

 これで谷の上間で行ける。



「御主人、来て!」



 と、リルは腰を俺に突き出してきた。

 つまり俺は、リルの背中に乗って空を飛ぶんだぜ。


 本当は念術で良かったんだ、念術でも空を飛べるからな…俺くらいの魔力と器用とMPがあれば。


 しかし、リルがこのスキルを手に入れた時、『私達は付き合ってるから、折角だし谷の上まで登る時は一緒に』なんて言ったんだ。

 そしてこうなった。

 ……手を繋ぐだけだと思ってたから了承したのに。



「なあ、リル。俺…まさかリルが俺を背負ってくなんて思わなかったんだが…。手を繋ぐだけじゃダメなのか?」

「わふぅ…なんでだい?」

「いや、なんか背負って貰うのはな…。ちょっとな…」



 俺がそう言うと、リルはこっちを振り向き頬を膨らませてから、こう言い直した。



「なら…私に後ろから抱きつくんだ。強くなきゃダメだけど…それなら良い?」

「…まぁ、それなら良いぞ」



 と、俺は言う。

 抱きつくのも大分恥ずかしいがな…。背負われるよりは幾分マシか。うん。

 後ろから抱きつくのと背負われるのは何が違うかと問われれば……脚を持たれないのと、気持ちの問題だぜ。

 

 俺はリルに抱きついた。

 相変わらず柔らか…いや、なんでもない。



「えへへ…御主人暖かい……。よし、じゃあ行こう」



 リルは空へ駆け出した。

 俺は腕の力と念術で落ちないように粘る。



____

__

_



「着いたよ」

「おう」



 リルの背中から降りる。

 俺の方がかなり背が高いし、リルには尻尾が生えてるから、大分変な体勢で乗っててかなりキツかったけど、こんな歳になって女子から背負われるっていう貴重な体験ができたから別にいいや。  

 

 ……あんなに苦労して遭難してたのに、空を飛べば一瞬だったぞ。



「さて…あとはどうやって街まで帰るか…だな」

「走って帰ったら良いんじゃないだろうか」



 ここから街まで数時間かかる。

 歩いたら数日…素早さの限界を引き出して、走ってもかなり時間がかかるだろう。何より疲れる。

 


「あ、そうか疲れるか。じゃあ近くの村でも探して…そこから_____」



 リルがそう言いかけた時、遠くの岩影からおっさんの声がした。



「おい、お前らここでなにしてんだ!? 誰の許可を得てここに居る!?」



 その声の主は俺らに近づいてきた。

 見た目は俺とは比にならないくらいの筋肉モリモリのビルダーレベルのゴリマッチョで、縮毛の長い金髪。

 身長も2m超えてるんじゃ無いか?


 んで肩にはでかいハンマーが背負われている。



「えっと…どなたですか?」



 とりあえずそう訊いてみた。

 しかし、リルはこのおっさんが誰か知っているようで、すぐに俺に教えてくれた。



「御主人…あの人はSSSランカーのトールって人だよ」

「まじで!?」



 SSSランカーがこんなところで一体_____ああ、あれか、普通のフレスベルクを倒しに来たのか。



「ガハハハ! その通りだ嬢ちゃん! 俺はトール…"雷帝"トール様だ! ガハハハハハハハハハッ」



 大声を出してトールとかいうおっさんは笑う。

 こういうおっさんっているよな…パワフルな感じの。



「で、どうしてここに居る? 立ち入り禁止のはずだが?」

「あ、いやその…説明したら長くなるというか…」

「んー______?」



 なんだなんだ? おっさん、俺のすぐそばまで近寄ってきて、何かを確かめるように顔を覗き込んできたぞ。

 トールとかいうおっさんから酒とタバコの臭いがする。


 

「あーっ!? お前ら…1週間近く前にここらでクエスト受けてなかったか!?」



 と、おっさん。

 もしかして俺らが居なくなってたことを知ってる…?

 だとすれば話が早い。



「ええ、確かに」

「そうかそうか…いやな、俺ぁよ、数日前に出没したフレスベルクっつー魔物を倒しにここに来たんだ。その仕事早いもう終わったんだが……で、そのフレスベルクがこの谷に出現した日に依頼をこなしていた、黒髪黒目の男と赤い頭巾をした奴隷の少女が行方不明になったってな…」



 やっぱりフレスベルクを倒しに来て…もう倒したんだな、この人。SSSランカーってのはやっぱり強えーね。伊達じゃ無い。

 それと、行方不明ってことに俺らはちゃんとなってるんだな。よかった。



「いやぁ…死んだんだともっぱらの噂だったが……まさか生きてるとはな! ガハハハハハ! お前らたくましいな、ガハハハ! ……今までどうしてたんだ?」



 俺とリルはトールのおっさん…トールさんでいいよな、もう。

 トールさんにここ数日間、遭難してたこと、森の中で魔物を倒して生き長らえていた事、その時に得た経験値によるレベルの上昇で得たポイントを割り振ったスキルの力で空を飛んで、今、ちょうど、脱出してきたところだと、少し話を歪めて説明をした。



「なーるほどな! ガハハハ! わかったわかった。俺は今から丁度帰るところだったんだが…馬車、乗ってくか?」

「あ…ありがとうございます!」

「ありがとうございます」



 おっさん親切。

 俺たちはトールさんの馬車に乗せてもらうことができた。


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