第232話 食 (翔)

「リル、ステーキを焼いてきたぞ」

「ええっ!? 本当かい?」



 俺は部屋に備え付けられている小テーブルを、リルの近くまで運び、その上にステーキなどを置いた。



「ああ、俺が焼いたんだ。あんまり、料理は得意じゃなが…なんとか上手くいった」

「いや、それは気にしないよ。それよりも、お肉…高くなかったかい?」



 それを訊かれるとこまるぜ。

 高かったのは本当だし…かと言って、本当のことを言うとこの子は謙遜したり自分を責めたりするかもしれねー。



「あっ…あー、大丈夫だ。大丈夫。うん」

「そうなの…? でも、本当に私が食べてもいいのかな?

私は君の奴隷なんだろう?」

「いや、いいさ。食べてくれ」



 リルはテーブルの上に乗っている、チャイルドラゴンの肉をマジマジと見つめている。



「なんだろうね、今まで食べ物を前にしても、食欲なんて湧かなかったのに…。私はこれを食べたい、そう感じるんだ」

「食べてもいいんだぜ? つーか、食べないと冷める。あ、でもガッツくのはダメだぞ」

「おや、なんでだい?」

「飯をガッツくのに慣れると、今度は過食症になっちまう。一口一口、ゆっくり食べな」

「ん……」



 リルはベットに腰掛けたまま、テーブルの上のステーキを細かく切り分けた。

 そして、それを震えている手で持ったフォークで刺し、口に運ぼうとしたが、何故かやめてしまった。



「おいおい、なんでやめるんだ? 不味かったか?」

「いや…違うんだ。私なんかが、こんに良いものを食べてもいいかなって。御主人を置いといてさ。それに、私は怖いんだ」

「何が?」

「御主人が私のために折角作ってくれたこのステーキを、私は…ダメな私は吐いてしまうんじゃないかって」



 なかなかに重症だな、やっぱ。

 こうなりゃ、俺が無理矢理食わせるしかなくなっちまうぞ? 

 どっちにしろ、食べてもらうしかないんだよな。



「吐くのはお前のせいじゃねーよ。病気のせいだ。それに、俺が食わないことが気になるんだったら……ほれ」



 俺はチャイルドラゴンのステーキの一切れを手でつまみ、口の中に放り込んだ。

 うめーっ!? めっちゃうめーな、ドラゴンの肉!

 ……金を稼げるようになったら個人的に買おう。


 

「ほい、食ったぞ」

「あ、ああ、食べたね」

「だから遠慮なんてするな」

「で、でも…」



 なかなかに手強いな。

 だが、ここまで断られると少し傷つくというか…。そうか、この子の性格上だとそれを逆手に取ればいい。



「しってるか? 善意を断るのは、逆に失礼なんだぜ?」

「あ、ああ…! ご、ごめんなさいっ」



 これで良かったのか? リルはフォーク持ち直し、また、ステーキを口に運び、今度こそ口の中に入れた。



「うっ…うぇっ」

「おい、大丈夫か?」



 やっぱダメだったか? まあ、そんなすぐに治るもんじゃねーしな。

 俺は桶を取り出し、リルの口側に構えつつ、背中をさすってやった。

 

 しかしリルは中々吐こうとしない。



「おい…無理せず吐いても……」



 黙って横に首を振られた。

 そして、口の中でもぐもぐし、しばらくして肉を飲み込んだ。吐きそうな様子はない。震えているように見えるが…?



「ど、どうした?」

「……しぃ……」

「ん?」

「おい…しっ」

「おい…?」

「美味しい……美味しいんだ、すごくっ!!」



 彼女は大声で、すごく嬉しそうにそう言った。

 気のせいか、さっきよりも顔が生き生きしているように見える。



「そうか…吐かなくて大丈夫か?」

「ああ、大丈夫みたいだ。美味しいっ…食べるってこんなに素晴らしいことなんだな!」

「そりゃ良かった」

「ああ、なあ、御主人! もう切れ…もう一切れ食べていいかな?」

「いや…これ全部、リルのだぜ?」



 この反応…….いままで、本当に美味しいものを長期間にわたって食べてなかったんじゃねーのか?

 そういや、さっき、動物の糞とか言ってたよな。それが普段の食事だとしたら……。


 そういえば聞いたことがある。

 子供の嫌いな食べ物を作るには、その食材を使った料理を、あまりよく知らない状態で、不味く作ればいいと。

 それを何回も。


 つまりこの子は、いままで食べ物自体が嫌いだったんじゃないのか? そんな気がしてならねー。



「本当に私の?」

「ああ。だが、あんまりガッツくなよ? 他の病気になったり、胃がびっくりするかもしれねーから」

「あ、ああ。気をつけるよ」



 その後、リルは俺の焼いたステーキを美味しそうに、嬉しそうに、涙を流しながら食べた。

 俺が抑えさせなければ、このまま暴飲暴食に走ってたんじゃないかと思える。


 と、俺が気をつけさせてたにも関わらず、ペロリと平らげてしまった。



「おいしかった……。こんなにちゃんと食べたの私、何年ぶりだろ」

「そいつは良かった」



 その時、トントンと、俺らの部屋の戸を叩く音がした。

 部屋の戸を開けると、1人の少年というべき歳の子が立っていた。制服をきてオボンとかを持っている。

 ただ、その子の耳はなんだか、魚のエラが生えてるように見えるが…。ま、そんなことはいい。



「お食事ができましたが…お部屋と食堂、どちらでお召し上がりになりますか?」

「あ、じゃあ部屋で」

「承知しました」



 なるほど、食事のことを訊きたかったんだな。

 

 頭をペコリと下げて、その少年は去っていった。

 ここで、俺はあることに気づく。そう、リルの分の食事を頼んでいないと。



「リル…悪りー。今日の分のお前の夕食……」

「あれ、これじゃなかったのかい?」

「いや、それは俺がリルに食事を慣れさせるためのものだ」

「そうかい……。でも、やっぱり私は食べたからいいよ」

「……悪いな」



 後でご飯の追加もしねーとな。できるかな?

 しばらくして、あの少年が台を引いて料理を運んできた。

 


「本日の御夕飯です」



 メニューは、サラダとパンとスープと魚のムニエルとデザートと、あとなんかよくわかんないやつ一品か。

 


「お食事が終わりましたら、食器は部屋の前においてくださいませ」



 そう言うと、少年は去っていった。


 ……半分、リルに食べさせるか? ステーキだけ食べられても意味ねーからな。



「なあ、リル」

「なんだい?」

「やっぱ、半分、食べね?」

「えっ…いや、流石にそう言うわけにはいかないよ」

「や、だってよ、ステーキだけ食べられても意味ないだろ? それに俺、昼飯食い過ぎて腹いっぱいなんだ」

「ほ…本当かい?」

「ああ、本当だ」



 実は昼飯食ってないことは内緒な。

 スープにパンにサラダ……これらをもし食べられれば、今後は心配ない。



「……ど、どうしよ…」

「ステーキ以外にも食べられるかどうかだけ、やってみればいいじゃねーか」

「う、うん」



 俺がそう言うと納得したのか、リルはスプーンでスープをすくって口に含んだ。

 あれ…スプーンってあれ一つしかなくね?

 まあいい、俺はスプーンを使わずに飲もう。



「どうだ、食べられるか」

「だ、大丈夫…大丈夫だよ!」

「そうか、なら、他のものも食べてみ」

「うん!」



 パン、サラダ、魚とリルは食べたが、吐くことはなかった。

 俺の前だから無理してるのか? と、ふと思ったがそう言うわけでもなさそうだ。

 この病気ってこんなすぐに治るものだったか?

 ……どっちにしろ、治ったことは喜ばしいことだな。



「全部…食べられるっ」

「良かったな」



 結局、リルは俺の夕飯を半分食べた。

 さっきまで全くご飯を食べられなかったのが、こんなに食べられるようになるなんてな。


 俺はその夕飯を食べ終わると、ステーキの食器を片付けるついでに夕飯の食器も持っていった。

 置いといてと言われだが、俺は台所に用事があったんだから仕方がない。

 途中であのおじさんと少年に会い、今後、もう一人分、朝夕飯を追加してくれないかとおじさんに訊ねたところ、50ベル追加で良いらしい。

 俺はその場で明日からの分、200ベルを支払った。


 ちなみに少年は奴隷らしいな。紋様が付いてたし。

 

 この宿の主人であろうおっさんと親しげに話してたところを見ると、この子はちゃんと扱われてるみたいだった。


 俺は部屋に戻った。

 さて、風呂でも入るかな。

 

 


 

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