第231話 肉 (翔)
「ど…どうしたんだい? なんで涙を御主人が流しているのかな…?」
俺はその言葉で、ハッと我にかえり、リルから離れた。
「わ、わるい」
「謝ることはないんだよ? 私は…御主人の奴隷なんだから」
「あ、ああ…そうか?」
リルは俺のことをキョトンとした顔で見つめている。
この子のどこが欠陥品だというんだろう、よく見てみろよ、めっちゃ可愛いじゃねーか。
「ところで御主人、訊きたい事があるんだが」
「ん、なんだ」
何を質問してくるというのだろうか。なんにせよ、答えた方が良いが……。
「なんで私を買ったの?」
「ん?」
そういうのは答えづらい。
こう言うのって、君を助けるためだとか、可哀想に思ったからだとか、正直に言った方がいいのか?
「あー、なんでそんなことを訊くんだ?」
よし、まずは理由だな。
しかし、リルはジト目でこちらをみる。
「質問に質問を返すのは良くないぞ、御主人。昔、私はそれで殴られた事がある。あれは3日腫れたな」
本当にこの子はどんな環境に置かれてたんだよ。
いたたまれねーよ。
「あ……ああ、わり」
「いや、いいんだ。ただ、不良品である私をなんで買った…いや、確か無料だと言っていたような気がするから、引き取った…か。暴力的欲求や性欲を満たすわけでなく……なら、家事手伝い雑用かと言えばそれも違う。ここは宿らしいしね。……まったくわからないんだ」
確かにそうだ。
俺はこの子を助ける事しか考えてなくて…それは正しかったと信じてるが…。
ただ、ここに居ろというだけもおかしいもんな。そのうち考えなきゃな、それも。
だが、引き取った理由は明確にしとかなきゃな。
「なあ、不良品と判定された若い女の奴隷がどうなるか、知ってるか?」
「まぁ少し。…詳しくは知らないけど」
「俺は商人からその内容を訊いたんだ……。聞いてるだけで途中で気分が悪くなって、半分聞いてなかったが…」
「……まさか、それが理由かい?」
「ああ」
「わた…私に同情して私を引き取った…それが理由なんだねっ?」
気づけば、リルは大粒の涙を流していた。
また泣いてる。俺は何かいけない事でも言ったのだろうか? しかし、そういう風には見えないねーが…。
少し様子を見てみるか。
「…ああ…助けたくて助けただけだ。なんなら、ここで奴隷契約を解除してもいい。どうする?」
俺は契約書を取り出し、それに手をかけてみる。
リルは首を振る。
「いや、その…元奴隷で…耳が欠けてて、尻尾が千切れてる私はどっちにしろ生きていけない。もし…もし、私が邪魔になったら契約を解除してよ。どこかに1人で居なくなるさ」
「わかった、これはしまっておく。解除して欲しくなったら言ってくれ」
「……そんなことはないと思うけど……わかった」
リルがそういうのなら…。
俺は契約書をしまった。
「………なんで泣いてるんだ?」
俺は訊いてみる。やっぱり、それがわからねーから。
「その…私はそういう優しい言葉とか…慣れてなくてな。嬉しくてつい……あ、あ、気に障ったなら、ごめんなさいっ」
「いや、別に」
大体の事はこれでわかったな。……さて、これからどうしたものか。結局好きな食べ物は訊けなかったしな。
でも何か食べさせないといけねー。
「で……だ、リル」
「は…はい。なんだい?」
「やっぱり、食事をしなきゃ、なんも始まんねーよ。好きなものがないんだったら、これが食べたい、食べてみたい…ってのはあるか?」
「あ、ある。それはあるよ、私」
「そうか、何がいいんだ?」
リルは何かを思い出すように目を閉じ、しばらく考え込んだ。
しばらくして、彼女は目を再び開けた。
「……昔、私の父と母が生きてた時に…3人で食べた……ステーキというのをまた、食べてみたいんだ。もう、6年くらい前だけどね」
「…………わかった」
ステーキか…。
というか、父と母が生きてた頃…って、この子を虐待していたのは親じゃなかったんだな。
とにかくそういう事はおいおい聞くとして、今はリルの望みをきかなきゃな。
「わかった、買ってくる。ここで待っていてくれ」
「……わかったよ」
俺は宿から出て、肉屋を探した。
大体10分くらい探しちまったが、割と宿の近くにあった。
訳わかんねー肉が沢山ある。魔物の肉とやらだろーが…。俺の今の所持金、560ベル以内でで買える分の肉じゃねーとな。
俺は一枚の肉が目に付いた。
チャイルドラゴンの肉、一切れ550ストン。
ドラゴンって美味いのか……?
俺は肉屋の店主に聞いてみた。
「すいません」
「あいよっ!」
「この…チャイルドラゴンの肉って美味しいのですか?」
「なに、しらねぇのかぁ!? 高級肉だぜ、うまいにきまってんだろぉ!」
「そ、そうですか……じ、じゃあそれを」
「あいよっ」
しまった、勢いでめっちゃ高いもの買ってしまった。
宿屋は朝夕の飯つきだから食事は大丈夫だが……。
いやいや、これはあの子を助けるためだ。こういうのは多少は仕方ないと考えなくっちゃな。
俺は宿に戻ると、宿のおじさんに訊いてみた。
「すいません、台所と食器と…それと少量の調味料をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「台所ですか? うーん…まぁ、よろしいでしょう。そのかわり、綺麗に使って下さいね?」
「ありがとうございます!」
宿屋のおっさんに台所まで案内された。
この世界はフライパンはあるみたいだ。あと、塩と胡椒か。
オニオンソースあたりを作りたいところだが、俺はあいにく、焼いて塩胡椒以外の作り方がわからねー。
焼いてる最中に、料理とかいうスキルが増えた。
つーわけで、俺はステーキを少し手こずりながらもなんとか無事に焼き上げ、リルの元へと持って行った。
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