第225話 目覚め (翔)
俺は部屋の鍵を開け、中に入る。
あの子はまだ目を開けていなかった。
この子が目を開けるまで今の所できる事はないな。ステータスの割り振りでもするか。
そう考えでステータスを開こうとした時、あの子の上半身は起き上がった。
「起きたのか…おはよう」
俺がそう声をかけるも反応がない。
つーか、目が虚ろだな、寝ぼけてるのか? 俺はこの子の目の前で手を振ってみる。
すると、目がハッと覚醒し、途端にキョロキョロと辺りを見回し出した。
「こ……こ……は?」
「城下町っつーところの宿屋だぜ」
俺がそう答えると、彼女はしばらく俺を見つめた後、ベッドに寝ていた事に気付いたからかはわからないが、慌てだした。
「あっ…あっ…その、その…ベッド使ってごめんなさい、ごめんなさい! だから殴らないでください、お願いします。殴らないで………殴らないで……痛いのはイヤなんだ……」
そう、土下座をしながら彼女は言う。
ここまで追い込まれてるなんて知らなかった。一体この子に何があったというんだろう。
「いや、そこに寝かせたのは俺だ。謝る事はねーよ」
「私を……ここに? ……って事はそういう事かな…? その…私は初めてだから……その、趣向にもよるが…優しくしてくれると…。私は耳と尻尾が欠けてるし、ご飯が喉を通らないから、痩せてて骨ばってて…きっと抱きごごちも悪いと思うが……」
ぷるぷると震え、涙目になりながらそう言った。
また何か勘違いしているみたいだ。
「いやいや、そのつもりもねーよ」
「じゃあ…なんなんだい? …って、ごめなさい、私は奴隷なんですから敬語ですよね、敬語。な…殴らないで……」
……かなりの重症だな、こりゃー……。
「だから殴らないって。それに、喋りやすい話し方があるんだったらそれでいいぜ」
「ほ…本当?」
「ああ」
本当に思ったより酷いな。
御者は奴隷は調教所とかいう場所で一旦、厳しい教育をしてから商人の元に届けられると言っていた。
その調教所がこの子にここまで……? いや、それは考えられない。
耳や尻尾が欠けてたら価値が下がるみたいな事を、商人は言っていたような気がする。
だとすると……奴隷となる以前に何かあったのか?
「じ…じゃあそうさせてもらうよ…」
「おう。あ、そうだ。まだ俺の名前を言ってなかったな。俺はショーだ。君は?」
「……私はリル…」
「そうか、よろしくな、リル」
俺は手を差し伸べてみる。
リルは恐る恐る俺の手に手を伸ばし、掴んだ。
細く冷たく、弱々しい感じがする。
それに、なんだか少し震えているみたいだ。
「なんでここに居るかはわかるか?」
俺はそう訊いてみる。
わからないんだったら、説明しないとな。
「ああ、御主人が不良品である私を…あの商人から買ったんだろう?」
「なんだ、聞いてたのか」
「まぁ…少しだけ。どうやってここまで来たのかはわかんないよ。どうやって私はここまで来たんだい? まさか御主人が担いできたとか……?」
「まあ…おぶってきたな」
そう言うと、またリルは土下座をして謝り始めた。
それはもう、泣き止み始めていた目に、また涙を浮かべて、許して、許してと謝った。
「いやいや、あのな、別に謝らなくていいっての…」
「でっ……でも! 私は奴隷なのにっ…御主人に迷惑かけて…ごべんなざいっ…ゆるじでくだざいっ…」
こういう時ってどうすればいいんだろう。
優しくする…てのは大前提だとして…。頭でも撫でてみるか? いや…でもおそらく見た目的に同年代であろう女の子の頭を撫でるのはなー…抵抗あるな。
さっきみたいに手でも握ってみるか。
「ちょっと落ち着けよ……俺は怒ってない。お前には何もしねーよ」
俺はそう言いながら、なだめるように手を握ってみる。
これで女子であるリルにキモイとか言われたら、今度は俺が泣いてやる。
「……ご…ごめんなさい、私…その…怖くて…」
「お…俺がか!?」
やっぱりそうなのか!? やっぱり泣いてやる。なにかの見返りを求めていたわけじゃねーけど、慰めて、怖いとか言われたら流石に傷つくぜ。
「いや、違うんだ。なんというか…その…」
「言いにくいなら、今は言わなくていいぞ」
「…うん」
なんだ、違ったのか。
つまり、怖いというのは…自分がなにかして、誰かしらに何かされるのが怖い……といった感じか?
奴隷調教のせいではなさそうだという結論はさっき出てるから……やはり、その奴隷になる以前に何かあったみたいだな。
心の傷はかなり深いとみた。俺に何かできるといいんだがな。
………と、そうだった、俺がこの部屋に戻ってきた理由はこの子に好きな食べ物やその他諸々を訊くためだったな。
「なあ、リル。少しお前の事について質問していいか?」
「いいよ。私も御主人に訊きたいことあるしさ。それに私は御主人の奴隷だよ」
「…わかった。じゃあまず…歳はいくつだ?」
「歳はね…16だよ。今年の16月に17になるね」
まじか、16月はこの世界の暦なのだろうけれど…それってつまり、俺と同学年っつーことか。
うわー、いきなり扱いが難しくなった気がするぞ。
「そういう御主人は幾つなんだい?」
リルが俺に訊いてくる。
「俺? 俺は17だ。8月くらいに17になった」
「そうなのか…私と御主人って、歳はほとんど同じなんだね」
「ああ、そうなるな。ところでその御主人ってなんだ?」
「御主人は御主人さ。私の買主だからね…。ダメだったかい?」
「いや……呼びやすい呼び方で良いよ」
「助かるよ」
御主人って呼ばれるのはなんだか、いかにも奴隷と主人みたいであまり気に入らなかったんだが…。本人がそれでいいと言うのなら仕方がないな。
他の質問に移ろう。
「じ、じゃあ好きな食べ物はなんだ?」
「好きな食べ物……? 私は、食事がちゃんと喉を通らずに吐いてしまう病気なんだ。でも食べないと死んでしまうから、調教所では調教師に頼んで無理矢理にねじ込んで貰ってた。それでも大半は吐いてしまっていたけどね。だから私は、食べ物自体が嫌いさ」
おっと、これは困ったぞ。
やはり調教所がこの子がこうなってしまった原因ではないということしかわからなかったな。
じ、じゃあましな食べ物を訊こう。
「わかった…じゃあマシなのはなんだ?」
「マシなのか…虫や魔物・家畜の糞や、土じゃなかったら良いよ。……あ、泥水もやだな。野菜の皮は全然ましさ。あと、調教所で食べたパンやスープは、味は美味しかったかな」
「……っ!」
俺は気がついていたら、リルを抱きしめていて、さっきまで慰めていた側だったはずなんだが、いつの間にか片目から涙を流していた。
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