第217話 奴隷商 (翔)

「グホホホホ、ところでスヴァジルファジの横にいる男は何者だね、フレッド。何やら変わった格好をしておるが……」



 スヴァジルファジがこの馬の名前なのか。

 …それよりも、商人が俺の事を御者に訊いているな。



「いやぁ、道中で出会った旅人でですね、実は_____」



 俺を拾った事やゴブリンと遭遇した事など、御者はキチンと何があったか正確に商人に伝えた。


 

「グホ…そう、初級魔法でDランクの魔物を一撃で……か」



 そう呟くと彼は、御者に不良品と呼ばれていた子や他の子をみているように言うと、手を擦り揉みしながら満面の笑みでこちらにすり寄ってきた。



「グホホホホ! どうですか、大魔法使い様。奴隷はお要りになりませんか? グホホホホ!」



 なるほど、商売の標的にされた訳だ。

 しかし、俺は無一文。あの子達を、酷い主のところに買われるよりは俺が買ってやりたいところだが、そうはいかない。



「いえ、俺は無一文なので……」

「グホホホホ! いえいえ、大魔法使い様はどうやら奴隷を飼うのが初めてだとお見受けします。我々の商品を守って頂いたということもありますし、今回に限り、無・料・で! 一人、差し上げますよ? その渡す奴隷はこちらで選ばせて頂きますが」



 あー、違った。そっちか。

 あの子を俺に渡そうとしてるな? ……どうする?

 俺はどうするのが最善なんだ?

 …………とりあえず……奴隷がどういうものか訊いてみるか。



「その、奴隷…とはどういった…」

「グホホホホ、奴隷はですね。家事や雑用をさせるのが主ですがね。殺す以外の事はお買い上げになされた方の自由! 性処理に使ったり、暴力的欲求を満たしたりと用途はたぁくさんあるのですよ」



 性処理や暴力的欲求という言葉に俺は顔には出さなかったが、かなりの不快感を覚えた。

 やべー、殴りてー、コイツ……。でも、この世界では俺が異常でコイツが正常なんだよな。

 


「その…渡すというのは、そこの娘のことですか?」

「グホホ…。そうでございますね」

「それよりも。もし、俺がその子を引き取らなかったらどうなりますか?」


 

 俺はそう訊いた。

 先程までニヤニヤと笑っていた商人の顔はかなり真面目なものとなった。



「それは__________」



 俺は息を飲んだ。


 そんなことが…本当に許されるのだろうか?

 とても俺の口からは発することができない。

 ただ、ただ……一つ言えるのは、ここで俺があの、狼族の獣人だという子を引き取らなかったら、一生後悔するし、一生自分を許せないだろうということ。

 選択肢なんてない。



「………………………ください、その子を」

「グホホホホ! ありがとうございます! グホホホホ! では契約書にサインを」



 俺は渡された紙に、渡されたペンで、『ショー』とサインをした。



「グホホホホ! これであのフリョ……ともかくあの奴隷は貴方の物ですよ。煮るなり焼くなり、解放するなりお好きになさい。ちなみに、解放するのでしたらこの契約書を破れば良いのですよ。フレッド、鍵を」



 御者は袋の中から二つの鍵を取り出し、商人に渡した。



「これはあの奴隷の、首枷と手枷の鍵です。ちなみに、肩にある奴隷の刻印は解放するまで消えませんので」



 商人は契約書と共にその二つの鍵を俺に手渡すと、その子の元まで行き、無理矢理手を引っ張って俺の前まで連れてきた。



「はい、どうぞ」



 はい、どうぞと言われても困る。

 どうすればいいんだ? 俺は……。とりあえず解放……いや、それはマズイだろうな、どう考えても。

 だとすると……。



「ぅぁぅ……」



 考えを張り巡らせてる時、唐突に、その子は俺らの目の前で力なくパタリと倒れた。



「お、おい、大丈夫か!?」



 俺はすぐにその子の身体を少しだけ揺さぶっている。反応はない。

 次に脈を測ってみると、脈はちゃんとあった。良かった…生きている。

 とすると…呼吸は? 今度は手をその子の口前に当ててみるが、呼吸も問題無いみたいだ。

 つまり、今は気絶しているだけだろう。

 

 俺はその子を、なるべく刺激しないように抱き起こし、背負うことにした。

 背中や手に柔らかい感触…耳元に吐息が……っなんて考えてる暇は無い。馬鹿か、俺は……いや、馬鹿だな。



「…………すみせんね、いきなり主人に迷惑をかけるなんて……」



 商人が実に申し訳なさそうにそう言った。

 だが俺は、その後に言った『やっぱり不良品だな』という一言を聞き逃さなかった。

 俺はイラッときた……つっても、女の子を一人背負っているわけだし、何かできるわけじゃねーけどな。



「そうだ! イレド商人殿、買い取って欲しいものがあるのですが…」



 話がひと段落したと踏んだのか、御者が商人に提案をし始めた。



「グホホ…なんだねフレッド」

「いえね、さっきこの男が魔物を倒してくれたって言いましたよね? そいつらの死体を買い取って欲しいのです」

「グホホホホ! 構わんよ。ワシの所属している商人組会は、奴隷商だけが商売じゃないからね。どれ、ここで見てあげよう」

「ありがとうございます」



 御者は袋から、ゴブリン8体とドンゴブリン1体の死体、そして、何やら玉のような物を8つ取り出した。玉は1つだけ色が違う。

 


「魔核も売るのかね?」

「ええ、お願いします。いいよな? お前さん」



 話を振られたがよくわかんね。とりあえずいいんじゃないのか? 俺は頷いた。

 俺が頷くと同時に商人は、そのゴブリンらの死体や魔核とかいう玉を一つ一つ眺めていった。

 そして、しばらくしてこういいだした。



「グホホ、焼き跡とかが残っているが……そうだな、こいつら全部で9500ベルだな」

「おおっ、ありがとうございます! あ、硬貨は細かくしてもらえます? あの男と分けるので」

「グホ、構わんよ」


 

 御者は商人から硬貨をジャラジャラと受け取っている。

 9500ベルってどのくらいだ?

 よくわかんねーが……御者のあの喜び方からすると、恐らく数千円とかいう規模では無いはずなんだ。


 御者は商人から渡された硬貨を握りしめながらこちらにやってきた。



「ほらよ、これがお前さんの分だぜ!」



 そう言って、彼は銀貨7枚と、その銀貨より一回り大きな銀貨を5枚を差し出してきた。

 俺は片手で女の子を支えつつ、もう片方の手でそれを受け取った。

 仕方ない、変に思われるかもしれないがこのお金がどのくらいなのかきかないとな。



「えーっと…あれ、これでリンゴっていくつ買えましたっけ?」



 御者がこの城下町までの道中で、リンゴをかじってるのを見た。リンゴを一個100円だと考えて計算すれば、この貨幣の価値もわかるはずだ。



「あっ…? あれ…いくらだっけな、リンゴ一個、10ベルの大銅貨一枚だから……んーと…」



 リンゴ一個、10ベル。10ベルで100円か。

 だとすると、御者が受け取ったのは9万5000円となるわけだ。そりゃ、喜ぶわな。

 んで、俺が受け取ったのは小さな銀貨と大きな銀貨……。この大きい方が仮に大銀貨だとして、考えられるのは……銀貨1枚1000円、大銀貨1枚1万円。


 だとすると、俺が御者から貰ったのは7万5000円か!

 おお、これなら最悪でも3日間はなんとかなるだろうな。となると、今日はもう、そこそこ遅い時間なはずだから…どこかの宿で1泊させてもらって…明日、仕事を探そう。

 俺が今背負っている、この子のためにもな。



「……フレッド、750個だとワシは思うぞ?」

「ああ、そうだ、そうだ! お前さん、750個だぜ!」

「あ、ありがとうございます」



 さて、これで色々と準備はできた。

 まさか、女の子を抱えることになるとは思わなかったがな。



「それじゃあ、俺はそろそろ」

「ああ、行くのか。じゃあな」

「グホホホ、またの御利用をお待ちしておりますよ」


 

 俺は二人に別れを言うと、街の中心へと歩んだ。

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