第24話
「ねえ、サラ」
ノエルの私を呼ぶ声が聞こえる。
眠っていたのだろうか、気がつくと目の前にノエルの姿があった。ここはどこだろう。明るくて穏やかな場所だけど、周囲を見渡しても、そこには何も無い。ただノエルだけが
私の前に立っている。
「あれ、ノエル、ここはどこ?」
「ここはサラの夢の中だよ。少しだけ、僕がサラの夢の中に入らせてもらってるんだ」
「えっ……ノエルそんな事もできるの?すごい!」
驚く私を前に、ノエルはただにこにこ笑っている。
「あのねサラ。サラに伝えたいことがあるんだ。ずっと言いたくて、でもなかなか言えなかったこと。今なら言えると思って」
「ノエルったらどうしちゃったの?旅は終わったんだし、いくらでも話す時間はあるのに」
ノエルからの返事は無かった。さっきと同じく、ただ笑顔だけを返す。
「サラ、僕は人間になりたかったんだ。サラが成長して、どんどん僕から離れていってしまう気がして寂しかったんだ。僕が人間にさえなれれば、サラとずっと一緒にいられると思ったんだ」
悩みを打ち明けているのに、ノエルの口調はとても穏やかだ。
私は、ノエルがずっと悩んでいたことを気付いてあげられなかったのが悲しかった。
「ごめんね、ノエル。ノエルが何を悩んでいるのか、ずっと気付いてあげられなくて」
「ううん、サラは何も悪くないよ」
ノエルは笑って首を横に振った。
「サラ、僕は真実の実を探すために旅に出たんだ。それは、どんな願いでも叶えてくれるという魔法の実。もちろん信じてはいなかった。だけど信じたい気持ちもあった。それに、これ以上サラと一緒にいると、僕の中の黒い気持ちがサラを傷つけてしまう気がして怖かったんだ。そしてそれは今も変わらない。たとえ今は大丈夫でも、これから先僕は君を傷つけてしまうことがあるかもしれない」
「そんなこと無いよ!ノエルは私を傷つけたりなんてしない!」
私は大声でノエルの言葉を否定した。だけどノエルは否定も肯定もせず、話しを続けた。
「結局、真実の実は存在しなかった。だけどこの旅で、僕はもっと大切な物に気づく事ができたんだ」
何だろう、周りは優しい光に包まれているのに、私は不安な気持に駆り立てられた。ノエルがどこか遠くへ行ってしまいそうな、そんな予感。
「サラ、サラが朝に目が覚めたとき、僕の変わった姿を見て驚くかもしれない。だけど悲しまないでほしいんだ。それは僕が望んだ姿だから。僕はいつだってサラの側にいる。サラが悲しい時、嬉しい時、幸せに包まれる時、どんな時だって僕はサラを見守っている。だからサラには、振り向かないで前に向かって歩いてほしいんだ」
「何言ってるの、ノエル!私達これからもずっと一緒だよね?」
私はノエルの肩を掴んで叫んでいた。
「サラ、僕分かったんだ。世界に真実は存在しないのかもしれない。だけど、僕のこのサラに対する気持ちは真実だって。僕はサラが幸せそうに笑ってくれると、それだけでとても嬉しい気持ちになれるんだ」
嫌だ。ノエルと離れたくない。
私はノエルを引き止めようと必死に言葉を探したけど、ただ頭の中をノエルとの思い出が走馬灯のように駆け巡り、いい言葉は何も浮かんでこなかった。
「あのね、サラ……大好きだよ」
ノエルはそういうと私に顔を近付け触れると、照れくさそうに笑った。
それはキスだった。
だけど、私は最初何が起こったのか分からなかった。
ノエルの笑顔が、体が、透明な光に溶けて輪郭が薄くなっていく。手を伸ばしても、もう触れる事はできなかった。
「お願いノエル、待って!」
私は必死に叫んだ。だけどその声も空しくノエルは光の中に溶け、そしていなくなった。
眩しさで目が覚めた。陽の光が窓から射しこんでいる。
私ははっとなり、ベッドから上半身を起こすとベッドの横を見た。だけどそこにノエルの姿は無かった。
パジャマに何滴か水滴のしみが付いている。それで初めて自分が泣いている事に気付いた。あれはただの夢では無い。
「ノエル?ねえ、ノエル、どこ?」
胸が不安で高鳴る。部屋を見回し、震える声でノエルの名を何回も呼んだけど、どこからも返事は無かった。
急いでカーディガンを羽織り、ベッドから出ようとした。だけどノエルがどこにいるのか想像つかない。
気が動転していたため気付くのが遅れたけど、ふとある違和感を覚えた。
窓の外からは、葉ずれの音がさらさらとさざ波のように寄せては返している。優しいその旋律は、意識しないと気付かないくらい小さいものだけど、間違いなく今まで無かった音だった。
私は走って玄関に向かい、そして急いでドアを開けた。
それは目の前にあった。
普通だとありえないし、たとえ言われたって信じないと思う。だけどそれがノエルである事を、私は見た瞬間理解した。
「ノエル?」
問いかけたけど、返事は無かった。
私は定まらない足取りで、躓きそうになりながらそれに向かって歩いた。
見たことも無いような幹が太く、大きな、大きな樹。
陽の光に透けて、その樹の葉は美しく輝いている。
膝が震え、立っていられなかった。私は樹の幹に向かい、縋るように転んだ。
「ねえ、ノエルなんでしょう?」
やはり返事は無い。
「ノエル……ノエル……ノエル……ノエル!」
ぽろぽろと溢れ出す涙を拭わず、私は必死に叫んだ。
だけどその樹は、私に話しかけてくれることはない。優しくて悲しい旋律を奏でるだけだった。
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