第20話
翌日、僕達はおじいさんと別れを告げて家を出た。おじいさんは僕達が見えなくなるまでずっと手を振り続けてくれた。僕も何回も振り向きおじいさんに手を振った。今回はユタからの妨害は無かった。
「おじいさん、いい人だったな」
途中、ユタがぽつりと呟いた。
「うん、だって僕のおじいさんだもん!」
僕は少し誇らしげに言った。
「ああ、そうだな」
ユタは笑いながら返した。その笑顔に嫌味はなかった。ユタはやはりいい奴だ。
樹の場所は、今の場所からだと地球儀の裏側あたりに位置していた。そこに行くには、列車に3回乗りついで最寄の飛行場に行く。そして飛行機も2回乗り継ぐ。そこからは公共の交通機関が無いので、ヒッチハイクで車で近くまで向かい、最後はひたすら歩くしかないらしい。
飛行場まで向かう道のりはなかなか快適だった。人前ではただの人形の振りを続けないといけないので少し窮屈だったけど、高速で走る列車の旅はわくわくするし、車窓からの景色も新鮮だ。だけど少し疲れることもあった。
道中で気がついたのは、ユタは女の人からもてるということだ。多くの女の人たちはユタとすれ違うと色目を使ってきた。僕にはそれがびしびしと伝わってきたけど、ユタは全然気がついてないようだった。
その空気を感じるだけでも面倒だったけど、中にはかなり積極的な女性がいた。その女の人とは列車の中で遭遇した。
「あの、隣空いてますか?」
話しかけてきたのはユタと同じくらいの若い女の子だと思う。だけど化粧が何層にも渡って施されているのではっきりは分からなかった。他にもっと空いている席があるのだから、僕としてはそっちに行ってほしかった。隣に座られたら、車窓の景色を楽しむこともできない。
「ああ、構いませんよ」
ユタは爽やかな笑顔で言った。まあこれは断る理由も見つからないし仕方無い。隣の席に座ったその子からは濃い香水の香りがした。鼻の利く僕にとってはかなりきつかったけど、ユタも同じのようで、鼻をひくつかせてしかめっ面をしていた。
その子は、ユタにいろいろと他愛の無い会話をしてきた。ユタも最初は愛想良く付き合っていたけど、途中から疲れてきたみたいでほとんど生返事になっていた。
「その人形とても可愛いいですね。少し見せてもらっていいですか?」
突然話題が僕のほうに振りかかってきた。
「いやっ、見せる程の人形では無いですよ!」
「迷惑ですよね、すみません……私ったら子供じゃ無いのに人形に目が無くて、みんなからも幼いって笑われるんです。迷惑だったらいいですので、さっきの事は忘れてください」
その子は上目遣いでユタに謝った。
「まあ迷惑では無いんでよかったらどうぞ」
ユタは僕の迷惑を顧みず、その女の人に僕を手渡した。
「きゃあっ、可愛い!思わず抱き締めたくなっちゃいますっ」
その子は僕をぎゅっと抱き締めた。香水の香りを押し付けられて辛かったけど、それよりうんざりしたのがその子の気持ちだった。この子は内心、僕のことをこれっぽちも可愛いなんて思っていなかった。恐らく人形を可愛がる自分に陶酔するタイプなのだろう。
「大事な人形なんで、そろそろいいですか?」
僕の気持ちを察してか、ユタがやっと助けの声を入れてくれた。
「やだ、私ったら……あまりにも可愛かったんでつい……ごめんなさい」
その子は恥ずかしそうに頬を紅らめながら僕をユタに返した。頬の色を自在に変えるなんて、なんて芸達者なんだろう。僕の頭の中では、この女の人に対し、一周回って畏敬の念すら覚えた。
結局その子は目的地の駅で降りるまで、ずっとユタに話しかけてきた。そして列車を降りるときには、ユタに連絡先を記載したメモを手渡して席を離れていった。
「もてもてだったね、やるじゃん!」
女の子が見えなくなったのを確認し、僕はユタにからかい半分で言った。
「……勘弁してくれよ」
ユタはうんざりした声で呟いた。ユタの顔には明らかな疲労の色が浮かんでいる。
「だけど少しは嬉しかったんじゃない?」
「……最初はほんの少しな。ノエルも女の子に抱き締められて嬉しかったんじゃないか?」
見当はずれも甚だしかった。
「冗談じゃない、あんな香水臭くて性格も変な人なんて!」
「おっおう、そうか……」
ユタが少したじろいだ。
「サラとおんなじ女の子だとは到底思えない。サラは石鹸の匂いがしてもっとたくさん嗅ぎたくなる。だけどあの子のは、もう二度と嗅ぎたくない嫌な臭いだ」
「ああっ確かにサラはいい匂いがするよな!」
ユタは腕を組み、無駄に大きく頷いた。
「それにサラは優しくて素直で、性格に裏表なんて無い。あんな腹黒くて計算高い女の人とは全然違う!」
「えっ、あの子そんなに裏表あったのか?」
「それにサラのほうがずっと可愛い。笑ったときの表情とか、嬉しい時や照れている時の仕草はあの作り物とは全然違う!」
「ノエル、お前とはたくさん語りあえる気がする。肌の潤いとか弾力性も大違いだよな!」
ユタは同意を求めるように僕に言った。確かにサラの方があの子より少し若そうだ。だけどそれは重要なことだろか。僕はルネが好きだ。ルネはサラと違って年老いていたけど、僕はルネの笑う顔が好きだった。ルネは笑うとき、口元の皺が目立ったけど、それは何だか優しい感じがした。おばさんだってそうだ。おばさんはサラのためにいつも頑張って少し疲れた感じがするけど、僕はそんなおばさんも好きだ。
「ユタ、それは違うよ。若くなくても別の魅力があるんだ。もっと女の人のいろんな面を見るべきだよ」
想定外の返事だったのか、最初ユタは途惑った様子で黙りこんだ。そして少し経ってからひと言僕に呟いた。
「ノエル、おまえって深いな。男として尊敬するよ」
ユタが言った事は良く分からなかったけど、互いのサラに対する気持ちを改めて確認できたのは嬉しかった。
そして、そうこうしているうちに僕達は目的の飛行場にたどり着いた。
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