第7話
その日おばさんの調子は明らかに悪かった。顔が高熱で赤くなっていて、息もぜえぜえと苦しそうに吐いている。足取りもかなり不安定で、立っているのがやっとといった感じだった。
「おばさん、大丈夫?」
「別にたいしたこと無いよ。少し風邪を引いてしまっただけさ」
「今日は仕事休んだほうがいいよ」
「そうも言ってられないのさ……一番上得意の客に品物を納めないといけないし」
僕とおばさんの会話を聞きながら、サラは相槌を打つように何度も頷いている。おばさんの事が心配なら自分で話しかければいいんだけど、サラはそれをできない。
朝食もろくにとらず、おばさんは商品を届けに外に出ようとした。だけど結局、玄関で倒れ込んでしまう。
「そんな体で行ったら危ないよ!それに相手の人にも迷惑かけちゃうよ」
僕はおばさんの体を支えながら言った。
「その通りだね……少し休んでから行く事にするよ。だけど今日中に商品を届けないと迷惑をかけちまう……こういう商売は信用が一番大事だから、それを喪うわけにはいかないのさ」
「お母さん、私が代わりに行く!」
声の方を振り向くと、サラが少し顔を上気させながら、声を振り絞っていた。サラが自分からおばさんに話しかけることは滅多に無いので僕は驚いた。
「絶対だめだ!そんなこと許さないよ!」
おばさんは、その体からは想像つかないような大きな声でサラの言葉を拒否した。サラは泣き出しそうな表情になっていた。無理も無い。勇気を振り絞って口にしたのに全否定されてしまったのだから。
「その客は、その……いろいろと特別なんだよ……あんた達は何も気にしなくていいから。分かったかい?」
さすがにまずいと思ったのだろうか。あまりフォローには聞こえなかったが、言葉を継ぎたした。
「うん……」
サラは小さく頷いた。
その後、僕はおばさんを寝室まで運び、サラはおばさんの額を冷やすために手ぬぐいを濡らして持ってきた。
「3時間経ったら……起こしてくれないかい?」
おばさんはベッドに横になりながら、僕達に言った。
「うん……」
サラは心配そうにおばさんの顔を覗きこみながら返事した。
おばさんはあっという間に眠りについた。きっととてもしんどかったんだ。だけど眠ったあとも吐く息は荒く苦しそうだった。サラはずっとおばさんの側にいて、細めに額のタオルを濡らした。
おばさんが眠ってから、もう2時間くらいは経っただろうか。だけど相変わらず苦しそうで、回復しているようにはみえなかった。
「ねえ、ノエル」
サラが僕に顔を近付けて、小声で囁いた。
「なに、サラ?」
僕はサラに合わせて小声で聞き返した。
「あのね、ノエル……今日、私がお母さんの代わりに街に行って、お客さんのお家に商品を届けようと思うの」
「えっ!でも、おばさんがさっき……」
「しーっノエル。声が大きいよ」
サラが僕の口を手で塞いだ。
「だって、お母さんこんな状態で外に出たら、風邪が悪化しちゃうもん……もしかしたら、お父さんの時みたいになっちゃうかもしれない……」
サラが少し涙ぐみながら言った。サラの気持ちは理解できる。でも、おばさんが反対したのもきっと理由があるはずだ。
「サラ、お客さんの家分かるの?それに、おばさんさっき言ってたじゃん……もしかしたら悪い人かもしれないよ!」
「大丈夫、昔街に言った時その家見たことあるから。街ではかなり目立つ大きい家だからすぐに見つけられると思う。それに、その家の旦那さんは確か優しそうなおじさんだったと思うし」
「どうしても行くの?だったら僕も一緒に行くよ。サラが心配だし」
「だめ!ノエルは家でお母さんの看病していて!お母さんを一人きりにするのは心配だし、たくさん人がいる街にノエルを連れて行くのは、私一人で行くより危険だわ」
「だけど、やっぱり……」
「もう決めたんだもん!」
サラは有無を言わせない口調で僕に言った。確かにサラは頑固だ。こういうところがおばさん似なんだろう。
「サラ、少しでも危ないと思ったらすぐ家に引き返すんだからね」
こうなったらもう黙って見送るしかなかった。だけど、どうしても不安になる。街に行くのなんて大したことじゃない。おばさんは毎日のように行っているんだから。そう自分に言い聞かせた。
サラはもう街に行く準備を始めている。バッグに品物を詰め込んで背負おうとしているけど、サラの小さな背中と比較して、明らかにバッグは大きすぎて不釣合いだった。
「ノエル、大丈夫よ。街に行って戻るだけだから、4時間もあれば戻って来るわ」
そう言うと、心配そうにしている僕を気遣うように笑いかけ、サラは家を出た。
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