22

「何を言っている。私も、一対一だ」


 雑多遠間がそう言った刹那のことだった。


 鑑境谷の体が棺の中に呑み込まれた。


 その棺が何処から現れたのか、鑑の隣にいた早見透華には分からない。ただ、突然、鑑が棺に収納された事実だけを知った。


「なっ――」


 唖然と棺を見つめる早見。まるでそこにあるのが当たり前のように、最初からあったかのように棺桶は何も物言わず立っていた。


「殺してはいない」


 雑多は言った。


「殺してはいない――だが、いたずらに君がそれに触れると中の鑑境谷はうっかり死んでしまうかもしれないな。手を触れずにそのままにしておくといい」


「貴方、一体なにを……っ」


「二対一で戦いを挑めるほど私は強くない。だから、一人にさせてもらった」


「違う、そんなことが訊きたいんじゃない。貴方、鑑君に何をしたの?」


 棺を指差しながら早見が雑多に問うた。棺は以前沈黙を守っている。まるで、中に何も入っていないかのように。


「……ああ、そのことか。失礼。仕組みは簡単だ。アイアンメイデンに似たものだと考えてくれればいい。中には無数の小型の針で埋め尽くされていて、それが彼の筋肉を突き刺し、運動を阻害することによって身動きを封じている。いくら力があるとはいえ、その元を絶ってしまえば無いにも等しい。私の死因が即死故に殺さずに棺に仕舞うことには困難を極めるものだったが、やっと実用段階に至ったものでね」


 雑多が自信ありげにそう言うものの、何処か安堵した雰囲気だった。これの前に何回か試したような物言いだった。


「そんなことができるの?」


「実際にはできたが……現実には無理だろうな。様々な医学書を読み、殺さずに身動きを封じられるポイントを探したのもあるが、司者の能力故といったところもあるのだろう。これだけの精度のものを一瞬でこなすのは能力なしには行えまい」


 冷静に雑多はそう言った。その様はまるで医者のようで、早見には不自然に見えた。


「わざわざ殺さないように……? どういうこと? 何故こんなことを」


「? うん? 言わなかったか? 私も一対一で戦うと」


「――」


 早見の背に悪寒が走る。何を言っているんだこの男は。早見には理解できなかった。何故一対一で私と戦う必要があるのだろう。今の速度で攻撃できるのなら鑑を殺して勝者に成れた筈だ。それに、一対一で戦うにしてもあの速度で私を殺して鑑と戦うことも選べた筈。なのに何故私なのか――早見は理解に苦しんだ。


 困惑する早見の様子を察してか、雑多が述べる。


「私が彼を殺せば、私個人が勝ってしまうだろう? それは契約に違反する。それもまた勝利だが、。私は私が好む勝ち方で勝つのだ。だから早見君、君と戦う。一対一で。私は対局中に水を差されるのが苦手でね。まあ、それが得意な奴なんていなかっただろうが――」


「契約。成程。貴方が爆死と手を組んでいられるのはそういうことなのね。爆死に勝利を譲る、そういうことなのかしら」


 合点がいったように早見が言う。ようやく見えた雑多の合理性に頷けたが、


「勝利を譲るわけではない」


 雑多はそう言い切った。


「……? 私を殺した後で爆死と戦うということ?」


 早見がそう訊くが、雑多からの返事はない。眉をしかめ、不愉快そうに早見を睨みつけた。


「……まあ、いい。説明してやろう。個人での勝利は確かに大事だ。リーダー性を発揮するには個人での力を伸ばすことが大事だろう。だが、既に世は民主主義の時代だ。個ではなく集団が尊重される。つまり優秀な個人よりも優秀な団体が必要なのだ。個人成果よりも集団成果が求められる今、個人勝利よりもチームでの勝利を目指した方が合理的だ。現に死神ゲームも俯瞰で見ればただの多数決に過ぎない。より大きな武力集団を作り上げた方が勝利する。一見チーム作りが不可能なゼロサムゲームにおいてこそ数の力が響く」


「……でも、チームでの勝利に固執するあまり、こんなことに能力を使うことになるなら本末転倒ではないかしら」


 棺を横目に見ながら早見はそう言った。雑多も頷く。しかし、雑多はこう答えた。


「確かに。これでは採算が取れない。しかしだ。それはチーム作りの考え方が悪かったのではなく、私がもう一人チームメイトを勧誘できなかったのが原因だ。窒息死が適正かと思ったが彼は個人勝利に執心していたのでね。残念ながら取り逃した」


 雑多は溜息を吐く。残念そうに語る雑多の様子にどうしても早見は違和感を覚えてならなかった。


「余程、強い拘りがあるのね。それだけは分かったわ。だからもう訊かない」


「……それだけでも理解してもらえればもうよい。結局のところ私達は殺し合わねばならんのだ。お互いの価値観のすり合わせを測るだけ無駄だろう」


 早見が刀を構える。雑多もそれに合わせてか、刀を構える。いつの間にか出現していた刀に早見は何も思わない。何もない空間から武器を生み出すことくらい早見にだって可能だ。それに、あの棺の一件を見れば刀の出現程度、想像の範囲内に過ぎない。


「そういえば、まだ名乗っていなかったな。私の名は雑多遠間。そのままの『雑多』に『遠い間』で雑多遠間だ。知っているとは思うが即死の司者をしている」


「……律義ね。それも拘りの一つかしら。いいわ。私も名乗りましょう。私の名前は早見透華。期間内での『早く見る』に形容的な意味での『透明な華』で早見透華よ。出血多量死の司者をやっているわ」


「早見透華、か。綺麗な名だ。私とは大違いだな」


「……」


 早見は何も言わなかった。ただまっすぐに雑多を捉えている。


 直後、爆音が鳴り響いた。


「……!」


 方角は先程焼死が爆死を招いた方だった。


「あちらは、始まったみたいだな」


 雑多が音のする方へ顔を向ける。爆発音は断続的に聞こえていた。おそらく決着がつくまでやまないだろう。


「長話が過ぎたようだ。私達も、始めるとしよう」


 そう言って雑多も黙り、早見へと視線を向ける。刀を構える姿勢に一切ブレがない。その時、早見は気付いた。


(この男、剣を扱いなれている――)


 早見は剣道の段位を有していた。その慣れから刀という得物を選んでいる。故に、分かる。雑多の構えは美しかった。ブレのない筋の通った中段の構え。剣道において最も基本的でありながら最も隙のない剣の構えだった。


「……っ」


 早くも早見は雑多の気迫に気圧されそうになっていた。構えを見て、対面して、一瞬で理解した。


 格上だ。


 まず間違いなく腕前では勝てない。早見は剣道の段位を持っているものの、人より棒の扱いが少し上手いという程度に過ぎない。だから、刀身の長い目立つ刀を使用している。


 実際はその刀で相手を斬り伏せるのではなく、相手の視線を奪いその隙に背中に差している小型機関銃をお見舞いするという作戦でいるため、刀はただの子供だましでしかなかった。


 そもそも剣捌きに自信があるのであれば、構えが乱れる刀身の長い得物なんて使うわけがない。


「……」


 それを知ってか、雑多の刀は刀身が普通のものと同じ、オーソドックスな得物だった。早見の様にあえて振りにくい長身にはしない。


「……」


 じりじりと雑多が間合いを詰める。詰める間にも隙はない。まるで地面が勝手に動いて雑多を近づけているかのような感覚だった。体が上下左右どちらにも動かない。ただ真っ直ぐ前へ。


「……っ」


 早見は静かに後ずさりをする。なるべく構えは崩さないように。少しでも隙を見せた瞬間にやられる。それだけのプレッシャーが雑多から放たれていた。


「……さっきまでの気迫はどこに行ったんだ?」


 表情を変えずに雑多が言った。雑多も実力の差を感じたのだろう。表情は以前真剣なままだが、言葉には余裕があった。


「……」


 早見は答えなかった。答えている余裕すらなかった。いやな汗が額から頬まで駆けていく。


 雑多が一歩間合いを詰める毎に早見が一歩下がって間合いを離す。その繰り返し。リーチの長い得物は間合いを詰められた状況ではデメリットにしかならない。それを理解していた早見は距離を取ろうと必死になっていた。


「……!」


 早見の気が自分から間合いへと変化したのを察知し、雑多が動いた。


「なっ⁉」


 早見の手から刀がすっぽ抜ける。雑多が一瞬で早見の刀を払いのけ、その勢いで早見から得物をもぎ取った。


 早見の視線が奪われた刀にいくことはなかった。正確に雑多を捉え、両手で防御の姿勢を取り、雑多が繰り出した突きに反応する。


「……っ」


なんとか左腕で刀の弾道を変えて喉元は守ったものの、左腕に刀の刃が擦れてすっぱりと斬られることになった。だがそんなことを気にかけている場合ではない。早見は瞬時に右手で背中の機関銃を抜き、雑多に向かって乱射した。


「……ふん」


 雑多が後ろに下がりながら弾を切り伏せる。一発も当たることはなかったが、雑多と距離を取ることには成功した。


「刀身の長い刀を使うものだから余程自信があるのだろうと思っていたが、騙し討ち狙いとは。なめられたものだ」


 雑多が血振りをしながら苦々しくそう言うが、語調は強いものの表情は変わっていない。計算の内ではあるが、それを実際にされたことが気に食わないようだった。


「それはこちらも言えるようね。即死なら色んな技が使える筈。それこそさっき鑑君にやったような芸当が。それをせずにわざわざ一騎討ちを選ぶなんて、そちらこそなめてるんじゃないの?」


 早見が強気に反論した。しかし彼女の左腕からは今も血が滴っている。死因の強さ故、回復速度が早くない。雑多は早見の腕を一瞥してこう言いのけた。


「……なめているわけではないよ。単に一騎射ちが好きなだけだ、私が。それに、君の得意分野であろう剣術勝負で正々堂々勝つことで、私の完全な勝利と言えるだろう。だから君の土俵に乗り、勝負を受けた。それだけのことだ。……しかし、今の反応を見る限り君はどうも剣術というよりは銃の扱いに長けているようだが、君が良ければそちらの勝負でも私は構わないぞ? ここにはこれといった障害物はないから銃撃戦というより早撃ち勝負になってしまうが。どうだ? 今からでも勝負内容を変更するか? 君が多くの司者にちょっかいをかけているのは知っている。仲間を増やすため仕方のないことだろう。しかしそれでは能力の消費が激しいだろう。もうほんの少ししか残っていまい。そんな状態で、維持するだけで能力が摩耗するというのに武器を持ち続けるのは、君にとってもあまり良いことではないだろう? 先程の様に武器を奪われたらもう一度作り直すしかないしな。我々死因の強い司者は武器を遠隔操作するのは難しい。精々手元に引き寄せるくらいが限度だ。何度も武器を取られて作り直してを繰り返していては能力が保たない。早撃ちなら一瞬で済むぞ?」


 まるで真剣勝負なら早見に微塵も勝ち目がないと言っているかのようだ。実際そうであったので早見は気にしない。それに、例え早撃ち勝負になったとしてもおそらく雑多は勝つだろう。雑多にはそう思わせるだけの余裕があった。本来武器を遠隔操作できない筈の即死という強い死因が、今まさに標的鑑境谷を遠隔操作で棺の中に捕らえている。作成と維持に大量の能力を割いているだろうが、それでも雑多が早見との格の違いを見せつけるには十分だった。


「……遠慮するわ。私が使うのは、これよ」


 そう言って早見が左腕を前に出す。その手には既に例の大刀が握られていた。早撃ち勝負になったところで早見に勝ち目はない。そもそも早見は今まで機関銃で出鱈目に撃ってでも当てる戦法を取ってきた。射撃の正確さ、速さなんて最初から気にしていない。だから、早見にとっては相手にタネが割れていても、真剣勝負に見せかけながらの不意打ち機関銃の戦法の方がマシだった。


「私は逃げない」


 早見が言う。


「例え、相手が格上だとしても、正々堂々勝てないのだとしても、私は逃げない。相手を裏切ってでも私は勝つ」


 早見の目は、死んではいなかった。


「いいだろう。気に入った。盤外戦術、イカサマ、何でもするといい。私はその上で――勝つ」


 雑多が刀を構えた。早見も銃を背中に戻し、刀を構え直す。出血はやっと止まったようだった。


「……獲物はそれでいいのか? 君なら普通の刀の方が扱いやすいだろうに」


 その言葉に嫌味はなく、ただの雑多の感想のように聞こえた。他意はなく、それでは刀が振りにくかろうと純粋に早見を心配している。


「……」


 その言葉を聞いて、早見も思った。なんで、自分はこんな使いにくい刀を振っているのだろう。いくら軽量化されているとはいえ、剣先が相手に到達するまで時間がかかるというのに、なんで自分はわざわざこんなものを? 早見も疑問に思い始める。


 しかし、


『なんで、剣道って竹刀の長さが殆ど同じなんだろう。もっとこう、長―いやつがあってもいいのに』


 早見の脳裏にある光景が過った。


『それは……サイズが決められているというのもあるでしょうけど、何より振りにくいからでしょうね。大きすぎるのも問題なのよ』


 それはいつかの、過去の記憶。


『へー、そっか。残念だなあ』


『? どうして?』


『だってさ、剣が大きい方が目を引くし――格好いいじゃん』


 そうか、その頃にはもう既に、


 私は。




「……だって、刀が大きい方が、格好いいじゃない?」




 ニヤリ、と。


 早見は言ってみせた。


「そうか、じゃあよい」


 それに対しての雑多の返事は淡白なもので、それ以上追及はしてこなかった。早見の言葉にそれ以上の何かを感じて納得したのかもしれない。


「……」


 沈黙が流れる。


 いつの間にか、遠くから聞こえていた爆発音も鳴りを潜めていた。


「……」


 両者の剣先が触れる。


「……」


 お互い、相手の動きは瞬き一つすら逃さなかった。


 剣先で牽制し合う二人。


 ただ、刃と刃が擦れ合う音だけが、響いていた。


 その時、


 耳を劈く爆音が、静かに闘志をぶつける二人を発破するかのように鳴り響いた。


((――っ))


 思わぬ轟音に、後方へ飛び下がる二人。


 ここで前に出ていればその勢いで相手を追い込めたのに――二人はそう考え始めるが、すぐにその考えは消え去った。




《爆死の司者、安藤誉。

 爆死自身の手により、爆死――》




《焼死の司者、間宮大貴。

 爆死により、爆死――》



 乾いたアナウンスが鳴った。それは、二人が死んだことを表すだけの、ただの伝達だった。


「「……」」


 しかし、その伝達に二人とも何かしら思うところがあったようで、早見はやり切りれないといった表情をしながら顔を下げ、雑多は煙の上がる方に顔を向けて目を細めながら煙幕の先を眺めていた。


「――死んだか」


 雑多が口を開く。


「……中々、惜しい奴を亡くした。気が短いのが難点だが、見所のある奴だった。そうか、相討ちか。焼死はまみやだいき、といったか。そいつはさぞ強かったのだろう。あんな状態で爆死と相討ちを取れるなど、よっぽどのことがないとあり得ん」


「……そうね」


 早見は簡素にそれだけを言った。雑多が早見へ顔を向ける。早見のチームメンバーである男を褒めたつもりだったのに、早見が返した言葉は簡潔で、ただ同意しただけの様に雑多には聞こえた。しかし、早見の何とも言えぬ表情を見て、雑多は思い直した。


「……そうか。確かに、あの男だけでは爆死は荷が重かっただろうに」


「……」


 早見は答えなかった。雑多はもう気にしない。


「さて、これで、とうとう私達だけになってしまったな。実質、これが決勝戦というやつだ。存分に殺し合おう」


「……でも、もう爆死はいないわよ。勝たせる相手がいないんじゃない?」


「仕方のないことだ。私が勝って終わりということにしよう。死神なんてものに興味は微塵もないが、負けるよりかはマシだ」


「そう、じゃあ、仕方ないわね」


「ああ、そうだ」


 再び刀を構える二人。また牽制のしあいが始まるかと思ったが――今度は早見が積極的に動き始めた。


「ふっ!」


 雑多の剣先を無理矢理にずらし、横に移動しながら喉元目掛けて刀を突き出す。雑多もそれに対応し、早見の刀を払って軌道を変える。


「まだ!」


 軌道を変えられた刀を無理に振り下ろし、雑多の肩を削ごうとするがそれも虚しく、払い除けられてしまった。


 早見の姿勢が前のめりに大きく歪む。対して雑多は最低限の挙動で攻撃を振り払ったため、姿勢は全くブレていない。


「っ!」


 このままでは斬られると判断した早見は刀から左手を抜き、背中の機関銃に手を伸ばしたが、


「ああああああああ!」


 ぼとり、と。


 左腕が地面に落ちた。肘から手首までの丁度中間辺りを切り裂かれ、そこから血が噴き出る。


 苦痛に歪む早見の顔を見て、雑多は逃すまいとさらに刀を振ろうとし、そこで、

 雑多の体が大きく仰け反った。


「はっ……?」


 雑多の背中、腰辺りに鈍痛が走る。手頃な岩でもぶつけられたかのような感覚。思わず雑多はその正体を確認する。


「な、にっ……⁉」


 雑多の腰に勢いよくぶつかったのは、早見の刀だった。刀の柄の部分が腰にめり込んでいる。まるで雑多の腰から早見の刀が横一線に生えたかのような鋭さで、柄が雑多の姿勢を砕いていた。


(これは、一本目の刀――⁉ 飛ばされた時から消さずにずっと置いてあったのか……っ!)


 そこで、自分の発言を思い出した。


『我々死因の強い司者は武器を遠隔操作するのは難しい。精々手元に引き寄せるくらいが限度だ』


(そうか、引き寄せる時の力を利用して、それで――ッ。自分から動いたのも、落ちている刀と自分の間に私を入れるために――っ‼)


 そこまで考えが至った時にはもう遅かった。


「おおおおおおお‼」


 早見の突きが雑多の腹部を貫く。すぐに命を奪うには不十分だったが、出血多量死の死因から見れば十分致命傷だった。


「はぁ……っ、あっ……」


 からん、と。刀が落ちる。雑多の手にはもう何も握られておらず、また、腰にぶつけられた方の獲物も勢いを失って地面に落ちていた。


「私の腕を斬らずに素直に首を狙っていれば貴方はそのまま私を殺せたのに」


 早見は言う。その顔はまだ苦痛に満ちている。斬られた箇所を握って出血を止めながら早見は雑多に言った。


「まだ、戦えるでしょ。私は出血多量死。死ぬまでにはブランクがある。それに対して貴方は即死で、この猶予時間に私を殺せば貴方の勝ち……」


「ははは、はっ、……」


 力なく言う早見に笑ってみせる雑多遠間。その顔に余裕はなく、笑ったのも無理矢理といった具合だった。


「私が、私がそんなことをするとでも……? それで勝って何になる。そうやって君を殺した勝利に何の意味がある? 爆死ももういない。無理をしてまで私が勝つ理由はもう何処にもない。負けた方がマシだとは言わない。しかし、自分が誇れない勝利に意味などない――」


「……じゃあ、負けを、認めるのね?」


「ああ、私の負けだ。ここで足掻いて目先の勝利を得るよりも、勝利の先を見据えた若人たちに道を譲ってやった方が、いいだろう」


 雑多は倒れた。横になって動こうとしない。


 それを見て、早見もようやく座り込んだ。肩の力が抜け、電池が切れた人形の様に項垂れる。


「――そうか」


 雑多が気付く。


(早見もまた、私を殺すチャンスがあった。貫き、私の言葉を待たずに機関銃で私の頭蓋なり心臓なりを撃ち抜けば反撃の機会を奪えた筈だ。それをせず、私が投了すると信じて私の言葉を待った。……成程、私は最期の最期にこんな小娘に理解されたわけか)


 ふふ、と雑多が微かに笑う。



「私もまだまだ青かった、ということだ――」




《即死の司者、雑多遠間。

 出血多量死により、出血多量死――》




 雑多は死んだ。しかしその時の雑多の顔は、苦しみに満ちた表情ではなく、むしろ柔らかで落ち着いた、憑き物が落ちたような、表情だった。




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