21
「威勢よく誘ったわりには臆病だな? えェ?」
爆死の司者、安藤誉の声が静かな工場内に響く。間宮と安藤が工場に入ってから数分が経っていた。
「……」
間宮は機材の陰に身を潜めながら爆死の様子を伺う。能力の保有量がもう底を尽き始めていることを自覚した間宮は爆死に勝つのではなく、いかに時間を稼ぐのかを考えていた。
(今の俺で勝てる相手じゃない。なら俺がとるべき行動は、あいつらが即死を殺すまで爆死を引き付けていることだ。……しっかし、どうするかねえ、距離を離すには見えるように逃げるのが一番なんだろうが、攻撃も喰らいやすい。かといってこのまま隠れたままというのも危険だ。バランスよく注意を引くなら――)
「おーい、焼死さんよ、聞こえるか? 聞こえてるよな? 聞こえてることにするぞ? 俺の名前は安藤誉という。爆死の司者だ。これからお前を殺す男の名だ。覚えておけよー」
大声を上げて安藤が名乗った。わざわざ名乗るなんて律義な奴だなと間宮は一瞬思ったが、それにしてはおざなりな自己紹介に間宮は眉をひそめた。
「よし、これでもういいだろ。まったく、即死の奴も面倒な性格だぜ。まあ、別にこれくらいなんともないが。さて、ちゃんと名乗ったことだし、始めちまうか」
その声を聞き、焼死の額に汗が浮かぶ。ゆっくり考えている暇はない。行動を起こさないと。
「っ!」
間宮は機材の陰から走り出した。
「そこかァ!」
安藤が音のした方を向き、その方向へテニスボール位の大きさの球体を幾つか放り投げた。
そして、地面に接触するなりその球は爆発する。その爆発はあまり大きいものではなく、当たったとしても精々焼死の足を止めるくらいのものだった。自分の能力に巻きこまれるのを危惧しているのかもしれない、次の陰に身を潜めながら間宮はそう思った。
(そうか、爆死は焼死と違って能力を体から引き離せるから、自分の能力に対しての耐性がねえのか。成程、これは良いことを知ったかもしれねえぜ)
しかし、先程のボール爆弾には当たらなかったとはいえ、依然間宮が不利だ。安藤が賭けに出て工場を丸ごと吹っ飛ばしに来るかもしれない。そうされたら間宮にはどうしようもない。さらにはその衝撃で標的たちに悪影響が出ないとも限らない。やはり少しは距離を稼いだ方が良さそうだった。
「へっ、隠れたってもう場所は見えてんだ。次はそこを吹き飛ばしゃいいんだろ!」
安藤がそう言うのと同時、間宮はまた駆け出した。機材から機材へ。陰から陰へ。隠れながら少しずつ安藤との距離を離していく。
しかし、安藤も中々それを簡単には許さない。間宮が隠れた陰、隠れそうな物陰を掃うかのように爆弾で一掃していく。
「逃げてばっかりじゃ勝てないぞ! ほらほら! どんどん逃げ場がなくなっちまうなァ!」
間宮だってそれは分かっている。しかし思うように能力が使えない今、彼はとにかく逃げ続けて安藤を引き付けるしかなかった。
「くそっ!」
ついに隠れる場所のなくなった工場から出て、また新たな建物の中に入る。安藤もそれに付いてきて、間宮の隠れる場所の悉くを吹っ飛ばしていった。
「……面倒臭ェな」
渡り続けて三戸目の建物の時だった。安藤はついに痺れを切らしたのか、爆弾の勢いが徐々に増していった。最初は触れても足を止める程度のものだったものがどんどん威力を増し、ついには柱一本くらいならば軽く弾け飛ばせるであろう火力の爆弾に変化した。
爆発の勢いで粉塵が舞い、視界が悪くなる。それは間宮の視野も奪ったが、安藤に至っても同様で、ついには砂嵐でも起こったかのように舞い始めた煙幕に二人とも身動きが取れなくなっていた。
「ごほっ、ごほっ、っべー。やり過ぎた。これだから爆死ってやつは……しかたねえな」
「……」
居場所がばれないように口を手で覆いながら間宮は物陰に息をひそめる。
(爆死の声がしなくなった。気配までない。煙が引くまで離れた? こっちからじゃ様子が見えない。……? 待て、奴がここから離れたのだとしたらまさか――)
間宮が思いついた瞬間だった。上空の方で巨大な轟音がすると共に瓦礫が間宮に降り注いだ。
「――っ!」
間宮がいた横長の建物は倒壊した。天井が爆発によって崩落し、その勢いでひしゃげるように建物は崩れ去った。
「俺自身あんまりこういう勝ち方はしたくねえし、即死の旦那もいい顔はしないだろうが、負ければそこまでだ。俺は勝ちに行くぜ」
そう言いながらもそこかしこに注意を払って警戒しながら、倒壊した建物の中を安藤は歩く。アナウンスはまだ鳴っていない。爆発が起こしたものとはいえ、瓦礫の衝突では死亡判定は出ない。あくまでも爆発の衝撃そのもので殺さないといけなかった。それに、可能性は低いだろうが、建物の倒壊から間宮が無事逃げおおせた可能性もあった。
「う……、あ」
近くでうめき声を聞き取り、安藤がそこに向かう。すると、声がした場所には鉄骨に腹を貫かれた間宮大貴の姿があった。貫かれた腹以外大きな外傷が見て取れなかったので、瓦礫はなんとか避けたみたいだが、瓦礫に気を遣うあまりに以前の爆発で剥き出しになった鉄骨に突き刺さったらしい。鉄骨に背中からもたれかかるようにだらんと脱力した間宮の腹からは赤々とした鉄の棒が生えていた。生えていたその棒の長さが二メートルはあろうかという長さだったので、間宮から誤って刺さったのではなく崩落の衝撃で鉄骨が間宮を襲い掛かったのだと安藤は思った。
「が……あ……」
息苦しそうに間宮が唸る。当然ながら死んではいない。腹を貫く激痛に身をくねらせながらも間宮は爆死を睨みつけていた。
「わりいな。すぐに楽にしてやるよ」
安藤はそう言って、間宮から生えた鉄骨に爆弾を一つ貼り付けた。
「お前、もう能力残ってないんだろ」
安藤が呟く。
「チャンスはいくつかあった。でもその全てでお前は能力の使用を躊躇った。つまり、もうお前に能力は残ってない。凍死と正面から戦ったんだって? そりゃそうなるぜ。よくここまで逃げたって感じだな。でも残念ながら、能力なしに勝てるほどの勝負ではなかったというわけだ」
「……へっ、そりゃ……どうも」
間宮が顔を歪めながら答えた。その表情から間宮が受ける痛みは尋常ではないことが見て取れる。
「これは時限式だ。飛び切り強いので吹っ飛ばしてやるよ。すぐに楽になるだろうさ」
安藤が貼り付けた爆弾を軽く叩きながらそう言った。そしてそれじゃあなと間宮に別れを告げてその場を離れる。
「ぐっ、……んがっ……」
離れていく安藤を見ながら間宮は足に力を込めた。視界が霞む中、腹から飛び出た鉄骨の先を安藤に合わせる。そして――
ばん、と。
炸裂音がした。
「⁉」
その音に安藤が振り向く前に、間宮を貫いていた鉄骨が安藤も貫いた。
「がっ……⁉」
間宮を貫いていた鉄骨は間宮を乗せたまま飛び、安藤までも貫いて地面に突き刺さった。
「……へへ、爆発を起こせるのは、お前だけじゃ、ねえんだぜ……」
「ば、バカなっ! 能力がまだ残ってたって⁉ じゃあお前最初からこうなるように――」
「どう、だかな」
安藤の顔が青ざめる。この時、安藤は初めて間宮が最初から勝つ気がなかったことに気付いた。
「あ、ああお前、俺を、俺を騙したな――」
「……お前が、勝手に思い込んだ、だけだ。誰がお前に勝つなんて、言ったんだよ」
と、そう間宮が言ったところで安藤が気付く。
「爆弾――」
そう、鉄骨に貼り付けた爆弾は以前取り付けられたままだ。このままだと間宮もろとも吹き飛ぶことになる。
「このっ――」
安藤は爆弾になんとか手を伸ばそうとした。しかし、伸ばされた手は上から間宮に押さえつけられる。
「どう、した。ゆっくりしていけよ。慌てても良いことなんてねえぜ」
「がっ……くそっ、まさか、こんなことで、こんなことで足を掬われるなんて」
暫くもがいたが、すぐに安藤は諦めたようだった。
「なんだ、案外歯切れがいいじゃねえか」
「……負けは、負けだ。認めるほか、ない。俺にはその器がなかった、それだけのことだ」
「へえ」
「俺にはやらなければならないことがあった。殺さねばならぬ奴がいた。まだまだ。まだまだ足りない。足りない。足りない――」
安藤が壊れたように呟き始める。その言葉は間宮に向けられたものではなかった。
(俺も、こんな感じだったんだろうか)
鑑と対峙した時のことを間宮は思い出した。あの時は自分の願いを叶えるのに必死で、真に和希のことなど考えていなかった。
(和希、悪かったな。待ってろ。俺ももうそっちに行く)
間宮がそう心の中で言った後、鑑と早見の顔を思い浮かべた。死神ゲームそのものに立ち向かうと言った二人。きっとその道は困難を極め、自分の願いなどとは比にならないくらいの多くのものを背負っている。彼らの身には余るほどの多くのものを。最後に、そんな彼らの今後を憂いながら、間宮は言った。
「――あばよ」
安藤が仕掛けた爆弾が爆発した。その爆発は周囲の物を呑み込み、この世界から剥ぎ取った。
《爆死の司者、安藤誉。
爆死自身の手により、爆死――》
《焼死の司者、間宮大貴。
爆死により、爆死――》
乾いたアナウンスが鳴り響いた。しかし、アナウンスが鳴った爆心地にはもう、何も残ってはいなかった。
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