18
「さて、方向性が決まったところで、作戦の話をしよう。早見、俺は残りの司者のことを知らない。早見なら残りの司者について何か知っているんじゃないか?」
森の中を歩きながら俺は早見に問いかける。とりあえず頭から被った血を流したいから公園か何か水道があるところを俺達は目指していた。
「……そうね、大方どんなものかは掴んでいるわ。それを話す前に、私から作戦について意見があるのだけれど」
「? なんだ?」
「もう一人、仲間を増やしましょう」
「……」
「……鑑君は反対?」
「いや、反対ってほどのことではないけれど。毒死がさ、俺が巳尺治と一緒に戦っていた時にどうやって司者を仲間にしたのか気になっていたんだ。実際は騙されてただけだったんだけれど、よくよく考えてみれば、勝者は一人しかいないんだから普通は協力できないよなあと思ったんだよ。裏切られた時のダメージが大きすぎるし、仮に協力する者同士腹を探り合いながら共に戦えたとしても、司者って身体能力やら個々の特殊な能力やらが強すぎて協力の線引きがかなり難しいと思うんだ。だから、俺はあまり良いとは思えない」
「そうね、リスクはそれなりにあるわ。でもそうは言ってられないのよ。実は、即死が爆死と手を組んでいる」
「――! その二人が」
「ええ、中々やっかいな二人がね。理由まではわからなかったわ。でも、二人ともかなり余裕たっぷりな感じで、一時的な協力関係というようには見えなかった。おそらく私達と同じで生前に関係があったようね。あれだと仲間割れを狙えない。だから仲間を増やしたいと思ったのよ」
「そうなのか。俺達と同じ……俺達と同じ?」
「――! 鑑君、それで、私が仲間にしたいと思う司者なのだけれど」
「う、うん」
あれ、話が流された?
「私は焼死がいいと思うのよ」
「焼死? 焼死――うわ、あいつか」
死神ゲーム初日に俺の腕を焼き落とした奴か。あいつ? あいつを仲間に? 気が乗らないなあ……。
「会ったことがあるのね」
「会った、というか、殺されかけたことが、あるなあ。あいつ、大丈夫なのか? 初対面は殺意マックスみたいな感じで、ぶっちゃけ苦手意識がすごいあるんだけれど」
「ああ、そうね……そうかもしれないわ。でも大丈夫。今は大丈夫よ――きっと」
「きっと?」
「絶対……殆ど、おそらく、考える限り、多分」
「自信失ってる……」
「他の司者を仲間にしようとするよりかはハードル低いから大丈夫」
「やっぱり危険なんじゃないか⁉」
そりゃ命をかけてるんだから危険なのは当たり前だけれど!
痛いのは嫌だぞ⁉
「もうアポイントメントはとってあるの。会って話をするだけでも――駄目かしら」
「早見がそう言うなら……」
「ほら、騙されたと思って」
「その文句は中々笑えないぞ⁉」
「ふふっ」
手を口に当てて笑う早見。――なんだ。ちゃんと早見だって笑うんじゃないか。今までずっと無表情だったから気付かなかった。当たり前、なんだよな。早見だって、生きていたんだから。
「……早見」
「なに?」
「……」
「?」
「……なんでもない」
「どうしたの?」
「いや、今はいいや。焼死に会おう。焼死はどこにいるんだ?」
「ああ、それは――」
森の中を二人で歩いていた。話をしながら。不思議だ。早見とちゃんと会話するのは初めての筈なのにどこか懐かしい。昔に別れた友人と話をしているかのような、そんな気の安らぎを感じる。――俺ってチョロい男なのかもしれない。まあでも男なら女性と会話する時に少しくらい気が抜けたっていいよな。愛敬だよ愛敬。
「――確かに協力してやるとは言ったが、これは一体どういうことだ?」
森を抜け、近くの公園で頭を洗った後、俺達はある大通りまで来ていた。
そして、その大通りの中心で胡坐をかいていた焼死に不機嫌そうにそう言われた。
「どういうこと……? ああ、そういえば言ってなかったわね。彼こそが私達が勝たせる司者、鑑境谷君よ」
「司者っつうか、標的じゃねえか――おい、そいつと協力しろって、嬢ちゃんは言うのか?」
「ええ」
「……」
焼死が不機嫌そうに顔をしかめながら黙ってしまった。
「(お、おい早見。なんか歓迎ムードじゃないんだけれど。これ大丈夫なのか? まさか戦闘にはならないよな?)」
焼死に聞こえないように小声で早見にそう訊く。
「……これは、予想外の展開ね」
「(早見サン⁉)」
早見の顔が明らかに曇っていた。おいおいおい。大丈夫って言ったのは早見だぞ⁉
「――あのなあ、」
焼死が立ち上がった。
「お前の話を聞いて、まあ、あり得るなとは思ったよ。作り話にしては上出来だ。だから協力してやるとは言ったが、これはなんだ? 標的に勝たせる? ああん? それは、あれか。俺に死神に成るのを完全に諦めろって言ってんのか」
「……? だって、貴方、死神に成るつもりはないって――」
「ああ、わざわざ能動的に成るつもりねえよ。そんな労力を払うくらいなら協力してやるさ。だがな。これはなんだ。わざわざ標的が俺の目の前に現れた。こんなチャンスを――俺に与えるのか」
「――チャンス」
「ああ、俺だってわざわざ進んで死神に成るつもりはないさ。だが、向こうから来るなら話は別だ。諦めようと思っていたのに、こんなチャンスができたら――挑戦せずにはいられない」
「……っ」
殺気。思わず足を一歩引いてしまうくらいの圧力。焼死から尋常じゃない程の殺気が漂ってくる。目に見えない筈なのに、禍々しい濃紫の混沌としたオーラが焼死から溢れているのが見える。
「……話が違うわ」
「それは俺の言葉だ。話が違う。ここに標的が来なければ、お前が標的を連れてこなければ、俺達は戦うことはなかった。俺だって自分の願いくらい、自分の過ちくらい、自分でケリをつけたいさ。でも、そこにチャンスが転がっているってんなら飛びついてしまうもんだ。だって、それは、自分の力ではどうしようもないかもしれないものを一発で片付けてしまう可能性のある――希望なんだから」
「……希、望」
焼死のその言葉を聞いて俺の胸の内から何かが込み上げてくる。自分でもわからない、何か。
焼死は気にせずそのままの調子で言葉を連ねる。
「嫌でも、縋りたくなるもんだ。誰だって溺れていたら水面を流れる藁を掴む。その藁がはるか向こうで漂っているなら諦めがついたかもしれない。でも、目の前にあるってんなら、しがみ付きたくなるもんだ」
「……っ」
俺は拳を握りしめた。体が、震える。なんだ、この感覚は。
「嬢ちゃんの言う通り、このゲームに勝ったところでどうにもならないかもしれねえ。結局は死神達のお遊戯の一つなのかもしれねえ。でも、例えそうであったとしても、そこに可能性が少しでもあるってんなら、縋りたくなるもんだ。希望に、頼りたくなるもんだ」
「希望、だって?」
そうだ。この感覚は。
「ああ、願いを叶えてもらえんならそれは――」
「ふざけるんじゃねぇ!」
怒り。
怒鳴り声を俺はあげていた。
「……え?」
隣の早見が驚いたようにこちらを見る。
でもそれもお構いなしに俺は、叫ぶ。
「希望だって⁉ こんなものがか! 初めて会った人を、何の恨みもない人を、罪のない人を殺すこの狂ったものが⁉ 希望だって⁉ ふざけるな! こんなものが希望であってたまるか! 自分の願いの為に他者を殺し、騙し、裏切り、傷つくこんなものが! こんな、こんなものが希望なんだって……そんなことがあってたまるか!」
焼死に向かって叫んだ。叫びつくした。だって、これを希望と言ってしまったら、西条先輩も、圧死も、変死毒死も、――巳尺治も。他者の希望の為に殺されたのだと認めてしまうから。そんなことはできない。希望の為だからと言って彼らの死を正当化するなんて――絶対にできない。
「こんなものが、希望であってはならないんだ。こんなものが、こんなものが――」
「じゃあ、なんだってんだ」
焼死は言う。
「じゃあなんだって言うんだ⁉ アァン⁉ 俺らは既に死んじまっていて、でもその中の未練を解決する方法があるって言われて、俺らは今ここにいるんだろうが! 取り返せない筈のものを一つ抱えて消えることができるチャンスがあるんだって! 零を一にできるんだって! それを望んで俺らはここにいるんだろうが!」
「……なんで、なんで零を一にするためにそれだけのために皆がマイナスを背負わなきゃならないんだ! 誰かの零を一にするためにその他の誰かが零をマイナスにしなきゃならないんだよ! 気付けよ! なんで気付かないんだよ! 俺達はもう死んでるんだ! もう取り返せないんだ! なんで死んでもなお苦しんでまで他人を傷つけなきゃならないんだよ!」
「それが、それが……希望だからだろうがぁよォ!」
「っ⁉ わっかんねー奴だな! だからなんでそこで止まってしまうんだよ!」
「……」
「……」
暫くの静寂。
焼死と俺。お互い息を荒げながら、肩を上下に揺らしながら、相手の顔を睨み続ける。
「……」
早見は何も言わない。目を閉じて静かに黙っている。
誰も何も言わない。
でも、この後どうなるかはこの場の全員がわかっていた。
「……嬢ちゃん、悪ぃな」
「……早見、ごめん」
「「こいつは、俺が倒す」」
焼死と俺。両方が同時に走り出した。
「鑑君!」
早見が俺に言う。
「なに⁉」
「できれば焼死は殺さないで! おそらく彼は今正気を失っている!」
「そうだと思いたいね! でも、手加減できるほど俺は強くない!」
「これを使って!」
早見が刀身の長い例の刀を俺に向かって投げた。やり投げの様に。刀は真っ直ぐ飛び、向かってくる。危なっ!
「っ!」
目で追える速さだから刀を受け取ることは難しくなかった。飛んでくる刀の刀身を避け、過ぎ去ろうとする刀の柄を掴んで無理矢理引き留める。司者でもないとできない芸当だなこれは。
「右手よ! 彼の右手を切り落とすか撃ち落とすか、それで大丈夫!」
「右手ぇ⁉」
早見にそう言われて改めて焼死を見る。焼死は炎を打ち出す準備をしていた。右手に炎を纏い、目はしっかりとこちらを捉えている。
(確かに。攻撃の始点は右手のように見える。あれを切り落とせば攻撃が止まるかもしれない。でも、切り落としたところで死亡判定が出なかったらすぐに再生するからやっても無駄のような――っておっと⁉)
焼死が打ち出した炎を躱す。焼死はまるで炎を投げるかのように放っていた。
「お前を殺せば……お前さえ燃やしてしまえばッ!」
焼死はそれから途切れることなく炎の弾をこちらに飛ばし続けてきた。今度は右手からマシンガンのように連続的に次々と小さな火炎弾が発射されている。
「ひいぃっ!」
慌てて避け続ける。攻撃する暇がない。どころか近づくことすらできない。こんな無茶苦茶な攻撃してガス欠とか燃料切れとかしないのかよ司者ってやつは!
(はっ、そうだ。近づかなくてもいいじゃないか。俺の得意技は射撃なんだ。わざわざ早見の刀なんか借りなくたって――)
腰に差さったハンドガンを引き抜き焼死に向かって発砲した。勿論軌道は焼死の眉間――あ、やばい。このままだと焼死を殺してしまう。
と、思ったが、杞憂だった。
「……そんな能力でも何でもないへぼ弾が当たるかよ」
弾丸は焼死の炎に焼き尽くされた。
「――っ! 嘘だろ⁉」
弾丸って焼けるものか⁉ というかそもそも焼けたところで焼死には届くはず。形も残らず焼き尽くすなんて何度あるっていうんだよあの炎!
「能力補正、ってやつか」
巳尺治からある程度司者は物理法則を無視してくるってことは教えられている。実際今まで戦ってきた司者達がそんな奴らばっかりだった。これくらい驚いている場合じゃない。驚いている場合じゃない、が。
(じゃあどうしろっていうんだ――)
「鑑君、刀を!」
早見の声が聞こえる。そういえば、この刀は早見が愛用している刀だ。これは出血多量死の能力で作られた可能性が高い。そうか。だから早見はこの刀を。能力には、能力をってことか。
「やるしかないな――」
刀を構えながら焼死に向かって突っ込む。
「向かってくるか! いいぜ! おらァ!」
焼死は怯むことなく炎を打ち出し続ける。俺はその炎を刀で切り裂いた。
「! 炎が!」
刀で斬った炎は二つに分かれるとすぐに空気に溶けるかのように消えていった。これが出血多量死の能力? 切れ味を最大限引き出しているとか体に傷をつける特性をそのまま概念として昇華しているとかそんな感じの――
(すごい。何がすごいってこの切れ味もそうだけれどそれよりもこの刀の軽さ。爪楊枝のようだ。軽いなんてもんじゃない。まるで形を持った空気を握っているかのよう。長い刀身の所為で本来かかるはずの負荷もない。デメリットが大きいはずの長い刀身を全てメリットに変えてしまっている)
「これなら――」
「っ!」
焼死の表情が変わった。流石にこの刀の性能には肝を冷やしたようだ。よし! 詰めるぞ!
「――ふっ!」
襲い掛かる炎を全て切り捨て、刀の間合いに入る。
「ぐっ」
焼死の表情が歪む。焼死は刀に向かって新たに炎を打ち出した。それは今までの火炎弾とはまるで違い、勢いがとても強く、鍛え抜かれた一筋の刃のような火炎の一閃だった。
「これならどうだ! ああん⁉」
自信ありげに焼死はそう言った。確かに。その炎をくらえば例え炎を切り裂く早見の刀であっても無事では済まないだろう。だから。
ぽいっと。
俺は刀を放り投げた。
「――っ⁉」
焼死は驚いた様子だった。視線が刀へと大きくブレる。
そう、今だ。
勢い良く踏み込み、そして、焼死の懐へ飛び込む。焼死の頼みの右手は刀へと炎の一閃を飛ばし続けている。こちらへ向けている余裕はないだろう。
それは一瞬の出来事だった。
焼死の視線が俺から刀へと向けられたその一瞬、俺が焼死の懐に飛び込み、焼死の視線が俺に追いついた時には既に俺は焼死の右手首にマシンピストルを突き付けていた。右手の照準を俺に合わせようとしてももう遅い。完全に懐に入り切っていた。
「てめえ――」
銃声が響く。マシンピストルの銃口は焼死の右手首に張り付いたように狙いを定め、弾が乱射された。発射された弾丸は手首を撃ち抜き続け、ついにはその手首を腕から引き千切った。
「ああああッ!」
焼死の悲痛な叫びが耳に響く。飛び込んだ勢いで俺は焼死を押し倒していた。ものすごい勢いで衝突したため、焼死は仰け反るように後ろに倒れた。俺も反動でかなりの衝撃を受けた。
「……あいたたた。肩が外れちゃったぜ」
右肩を回しながら立ち上がる。そして。倒れている焼死を確認した。気絶したようで、全く動かない。死んではいないと、思う。
「これで、よかったのかな」
「鑑君」
背後から早見の声がして、振り返った。すると、
「げえっ……」
俺が放り投げた刀を大事そうに片膝ついて拾う早見が見えた。
「まさか鑑君が刀を放り投げるとは思っていなかったわ。微塵も。これっぽっちも」
「いや、あの、それは、ですね……その刀がとても強いことがわかったので、それで焼死の注意をひこうと思って……」
「確かに私の刀は強いわ。すごいわ。それは私も思う。けれども、もっと良い使い方があったんじゃないかしら」
「……」
うわー、絶対怒ってるよこれ。鉄仮面だもん。鋼鉄だもん。表情全く動かないもん。
「ごめん、必死だったもので」
「……それは見てたらわかるわ。だから、気にしてない。ちゃんと、焼死の右手を落としてくれたみたいだし」
早見は立ち上がって俺の後方を見る。そうか、そういえば仲間にするって話をしていたんだった。
「うう……」
「っ!」
焼死が体を起こした。銃を構える。
「……構えなくていい。俺の負けだ。お前らと戦う意志はない」
焼死が両腕を上げる。……? さっきまでと雰囲気が違うような。目つきは相変わらず悪いんだけれど、さっきまでとは違ってオーラがない。殺気がない。
「正気に戻ったようね」
早見が焼死に向かって言う。
「ああ、なんとか。悪いな。自分で制御するつもりだったんだが、どうにも上手くいかなかったみたいだ」
焼死が早見にそう返す。??? あれ? どういうこと?
「早見、正気って?」
「! 鑑君、気付いてなかったの?」
「えっ、何が?」
「……巳尺治さんに教えてもらってないこと、けっこうあるのね」
マジかよ。まだあったのか。
「鑑君、狂化状態の説明はまだされてないのね?」
「強化状態? 能力が上がりでもするのか?」
「あー、「狂う」に「化ける」で「狂化」なんだけれど、その様子じゃやはり聞いてなかったみたいね」
「……?」
「狂化状態っつうのは、思考が限定される代わりに司者特有の能力の上限値を大幅に上げている状態のことで、まあ、なんつうか、要はキレてて前が見えねえみてえな状態のことだ」
焼死がそう言った。戦闘中とは違ってとても冷静な人物に見える。
「ほら、司者って、元は死人じゃない? 人が死ぬ時って大抵極限状態だからその状態に引き摺られたまま司者になる人っているのよ。そして、そういう人は司者になった時――自我が消える」
「自我が、消える……?」
「我を忘れて標的を追い回す機械みてえになるっつうことだ。俺の場合は狂化が右手だけだったから右手さえ取っちまえば元に戻る」
焼死が右腕をこちらに向けながらそう言った。右腕の先に右手はない。直っていないようだ。
「右手が、再生していない」
「それが狂化の二つ目のデメリットよ。狂化した体の部分は傷を負っても直らない。だからあの時右手を狙ってって言ったの」
「だからか……。じゃあ、その狂化した部分がなくなると正気に戻るということなのか」
「まあ、概ね――そうよ」
早見が視線を逸らした。
「?」
「……狂化状態が体の一部分だけっていうのは珍しいんだとよ。大概一度狂化が決まれば、全身が狂化状態だ。だから、多くの奴は正気に戻る前に死ぬ」
言葉を濁した早見に俺が疑問を持ったのを察したのか、焼死が後にこう続けた。
「そう、なのか」
「ああ、そしてそういう奴は今回の死神ゲームにもいる。凍死だな。間違いなく凍死は全身狂化状態だ。能力の規模が違う。いるだけで災厄をまき散らす。あそこまでいけば自然災害だな。意志を持たねえ怪物――」
「狂化状態はかなりの能力補正が付くのよ。焼死の右手だけならまだしも、全身ときたら大変な差がつくわ。正面突破はまず無理ね」
「そうか……。じゃあ凍死は」
「最後にした方がいいな。息切れはまずしないだろうが、それでも能力は無駄使いさせた方がいい。保有量を削っておくに越したことはねえだろ」
「……え、保有量?」
「……おい、嬢ちゃん、こいつ本当に大丈夫なのか?」
呆れたように俺に指を指しながら早見にそう問う焼死。だ、大丈夫だよ。多分。保証はできないけれど。
「鑑君、司者の能力は無限に使えるわけじゃないの。例えるなら、そうね、ロールプレイングゲームのマジックポイントみたいに考えるのが分かりやすいわ。能力を使えばそれ相応のマジックポイントが減る。そしてそれが尽きたら何もできなくなる、みたいな」
「は、はあ……なるほど」
「狂化状態はそのマジックポイント?が異常にあるんだよ。俺の場合は右手だけだったからそんなに多くもねえしそれに今は右手がなくなっちまったから他の司者と大して変わらねえが、戦力の上で大きな差がつくもんなんだ」
「例えるならラスボス手前の大ボスね。体力も多くて火力も高い。でもAIは単純だからそれを攻略の軸にして戦う感じかしら」
「へ、へえ。なんとなくわかった。ところで、早見ってゲーム、好きなんだな」
「えっ? ま、まあ……少し。少しね?」
早見が顔を背ける。早見がゲーム好きなのは意外だったけれどそんなに恥ずかしがるものだろうか。
「とりあえず、やべえ奴だから後回しにしようってことだ。……さて、方向性が決まったところで一つ嬢ちゃんに質問があるんだが、いいか?」
「なにかしら」
「標的を勝たせて死神にし、それでテロを起こすのはわかったが、なんで死神に成るのがこいつなんだ?」
焼死が再び俺を指さす。……確かに、言われてみればそうだ。わざわざ俺が死神にならなくてもいい。焼死であってもいい。それこそ早見であっても。
「俺は手を貸すだけだから死神に成るつもりはねえが、嬢ちゃんは違うだろう? 嬢ちゃんが標的と手を組めるならそもそも標的を勝たせるなんて面倒臭いことをしなくても嬢ちゃんがそいつを殺して死神に成ればいいじゃねえか。わざわざ俺の手を借りるまでもねえ。今すぐにでもできる」
「確かに、そうだよ早見。気付かなかったけれど、早見が死神に成る方が手っ取り早い。まあ、早見が嫌だから俺がやるっていうなら俺がやるけれど――」
「違うの」
「え?」
「私が死神に成りたくないから。そういうことじゃないの。いざとなったら死神に成る覚悟はある。でも、私が死神に成ったところで、全力を出せないというか……」
「? どういうこった? なんか俺達に差でもあるっていうのか?」
「差……そうね。あるみたい。死神っていうのは、本来男性しか成れないの。聞いた話だから正しいかどうかは知らないんだけれど、どうも死神は本来男性しか成れないものらしいのよ。今は女性も死神に成ること自体はできるらしいけれど、あちらの世界では女性も男装しないといけなかったり、能力に規制がかかるらしいのよ。昔から男性中心の社会らしくって」
「……ちっ、やな世界だな。死神の世界でも女性差別が横行かよ」
「こればっかりはどうしようもないわね。死神っていうのはあくまでも人間が生み出した概念でしかないようなの。だから死神は人間の魂しか運ばない。人間が都合の良いように生み出したシステム、それが死神の概念が生まれた時から動いている。人間が思想を持ち、争う時代から。だから男性中心の風習が抜けないようね。今は女性も成れるけれど、百年前までは男性しか成れなかったようだし、今だ敷居は高いわ」
「所詮死神も元は人間っつうこったな。まあ、こんなゲームをやるくらいだしそんなもんか」
「……よりなんとかして成功させなきゃならないな。こんなこと、二度とさせないように」
「鑑君、今更だけれど貴方だけが背負う必要はないのよ。向いてないからと言って私が死神に成れないなんてことはない。私が成ったって――」
「いや、俺が成ろう。俺じゃなきゃダメな気がする。早見じゃ駄目だと言うわけじゃない。でも、俺が、俺にできることなら、やりたいんだ。今まで俺を支えてきてくれた人達の為にも、俺がやるべきことなんだと思う」
「っ! 違うの。私が言いたいのはそう言うことじゃなくて――」
「待った」
焼死が手を上げる。
「嬢ちゃん、お前さんが言いたいことはわかる。これはそこの標的が背負うには荷が重すぎる話だ。それをただの義務感でしてほしくない。しかもこれは嬢ちゃんが持ってきた話。本来標的の坊主には関係ない話だ。標的は死線を潜り抜けてきた。それはこの坊主の力であって、嬢ちゃんが関与しているわけではねえ。いや少しは関与してるかもしれねえが。だが、全部が全部嬢ちゃんのおかげってわけじゃない筈だ。だからこの話自体坊主が請け負う義務はねえ。そういうことが言いたいんだろ? 思いつめる必要はない、そういうことなんだろ?」
「……ええ、そうよ。鑑君はあくまでも私の話を聞いてくれただけの――」
「……なあ、今更そんなことを言わないでよ、早見。今更そんな寂しいことを言わないでくれ」
「……でも、」
早見が目を逸らす。
「確かにこれは早見が持ってきただけの話で、本来は俺も焼死も関係ないかもしれない。でも、それでも俺は早見の話に乗りたい。だってこれは俺にもメリットがあるんだから。この殺し合いで勝利以外は何も為せないかもしれないと思っていたのに、その先の何かを見つけてくれた。俺に、ただ勝つために戦うだけじゃない理由をくれた。だから俺は死神に成りたいんだ。早見に言われたからなんていう義務感じゃない」
「……だそうだ。ちなみに、「俺達」な。標的だけじゃねえ、俺も一枚噛んでやろうって言ってるんだ。折角司者になったんだ。俺も何かを成し遂げてやりたい。全力でやりあって負けたからっつうのもあるが、単に人助けをしてみたいんだよ俺が。らしくねえかもしれねえが」
「! 二人とも、それでいいの?」
「言いも何も」
「ねえだろ。こっからだぜ。本当の勝負は」
「……ありがとう」
顔を俯かせてそう言う早見。
「……調子狂うなあ。坊主、よくこんなのとつるめるな」
焼死が呆れた調子でそう言ってきた。
「こういうところが早見の良いところなんだよ、きっと」
「違いねえ。お前、見た目に限らず中々言うじゃねえか」
「女性慣れしたのかな……色んな意味で」
「へえ」
焼死が立ち上がる。
「じゃあ、こっから残り三人ぶっ飛ばすだけだ。俺は精一杯暴れる。それで戦力を削ったところをお前ら二人でとどめだ。俺は死神に成るつもりはないからな。いいな?」
「勿論、俺が死神に成ろう」
「鑑君、でもいざとなったら私が死神に成るわ。だから、そこまで追いつめられないでね」
「わかってる」
「んじゃ、やってやろうぜ」
焼死が言った。とても頼もしい。先程まで俺と戦っていた人物とは思えないほど、気前の良い男だった。
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