17

「早見……」


「鑑君、今日は。久しぶりね。元気だったかしら――とは言わないわ。おそらく大変だったんでしょうね。さっきも死にかけてたし」


「……全くだ。死んだと思ったよ。一瞬、諦めた」


「なら間に合って良かったわ。鑑君に死んでもらったら困るもの」


「……」


「どうしたの?」


「……あのさ、早見。訊きたいことがあるんだけれど、いいかな」


「改まってどうしたの? 何かしら?」


「なんで、なんで早見は俺を助けるんだ? 西条先輩の時もさっきの窒息死の時も俺を一旦助けなきゃ早見は勝てないから仕方ないとしてもその後は何もしてこなかった。むしろ殺されたっていいと言っていた。理解できない。死神に成りたくないのか? なんで俺を助けるんだ。こんな、くそったれな状況で、なんで――」


「……待って、鑑君」


 早見が平手をこちらに向けて会話を制した。片方の手は頭を抱えて何かを考えているようだ。


「ねえ、鑑君、貴方。もしかしてまだ兄に会ってないの?」


「はあ?」


 兄? 早見に兄がいたのか? 俺にはいないぞ?


「……その顔を見る限りまだ話を聞いてないみたいね。鑑君、こちらからも質問していいかしら。鑑君、このゲームが始まってから、寝た? 熟睡した? 長い間意識を落とした?」


「寝る? いや、寝ては――いない。そういえば、ゲームが始まった初日しか寝てない。あとは、少しの間巳尺治に意識を持っていかれたくらいで、そんなに時間は経ってない」


「……あー、」


 早見は何かに納得したようだったが、少し困ったようだった。何が関係あるのだろう。


「成程、どうりで。ズレを感じるわけだわ」


「???」


「鑑君、どうやってここまで生きてこれたか、説明してもらっても構わないかしら。もしかしたら巳尺治という方の認識も違っているかもしれないわ」


「? 別にいいけれど」


 早見に訊かれたので俺は話した。早見に西条先輩を殺されてからのこと、巳尺治に助けられて共に戦うと決めたこと、圧死変死毒死を殺したこと、そして――巳尺治に騙されていたこと。全て、できるだけわかりやすく全部、話した。


「……成程。概ね流れは理解できたわ。巳尺治さんは安楽死の司者だったのね。変死ではなくて。そして、鑑君は巳尺治さんに騙されていた。ふむ、私がいない間に随分とまあ面倒なことになっていたものね」


「面倒って……まあそうかもしれないけどさ」


「ところで話を聞いていて気になったことなのだけれど、鑑君は死神ゲームのルールは巳尺治さんに聞いたのよね?」


「……うん、それが、どうかしたのか?」


「いや、その……死神ゲームに参加している以上ルールはゲーム開始時に知っていないとおかしいのよ。標的も司者と同じく基本的なルールは知っている筈。なんで鑑君は知らなかったのかしら」


「ああ、そうか。確かにそうじゃないと釣り合い取れないもんなあ。結局補佐役なんていなかったわけだし、それだと標的がルールもわからずゲームに巻き込まれていることも知らず一方的に殺されるだけになっちゃうな」


「……もしかして、巳尺治さんは安楽死の能力を使ってないのかしら。鑑君は巳尺治さんが能力を使っているところを見た?」


「いや、アナウンスが鳴るまで安楽死だって気付かなかったし、銃とか体術ばっかでそんな素振りは一度も。強いて言うなら最後俺に打とうとした注射くらいだけれどあれも能力だったのかははっきりと言えない」


「そうね、なら多分、巳尺治さんはおそらく自分の安楽死としての能力はほぼ全て放棄していたんじゃないかしら。本来能力に割かれるソースを銃や隠れ家という名の施設、そして、鑑君に死神ゲームの知識をインストールすることの妨害に使ったのかもしれないわね。巳尺治さんは司者として最低限の身体能力しか持っていなかったのかも」


「そう言われれば確かにあの隠れ家の規模も銃の多さも納得できるけれど、知識の妨害、ってそんなことができるのだろうか」


「できなくもないわよ。でも、これはとてもリスキーね。だって、今回のように自分が標的を騙せるとしても、その前に別の司者が接触してしまったら計画がおじゃんになる。自分がわざわざ割いたリソースが無駄になってしまうもの。常人ならとてもやろうとは思えない。巳尺治さんは自信家なのかもしれないわね。それとも、そうするしかないと追いつめられていたのか」


「……きっと、後者なんだろうな」


「……そう。鑑君は巳尺治さんをあまり悪く思ってないようね。――騙されていたというのに」


「なんというか、俺の頭がおかしいのかもしれないけれど、西条先輩も巳尺治も、悪いようには思えないんだ。彼女たちも彼女たちで色々あると考えたら、責められない。甘いことを言っているとはわかっているんだけれど、それでも、なんだか、悪い気はしないんだ。次に会ったら文句を言ってやりたいという気持ちはあるけどね」


「ふふっ、鑑君らしいわね」


「そう? 俺にはよくわからないけど」


「ええ、とても鑑君らしいわ。そう、だから私は信じられる」


「?」


「――さて、そっちの事情は大体わかったわ。次はこっち。鑑君はまだ兄に会ってないのよね?」


「ああ、というか早見にお兄さんがいたんだ」


「ええ、私が小学生の時に事故で亡くなったのだけれど。確かにいるわ。そして、今は死神をやっている」


「――! 早見の兄が」


「そう。今はこの死神ゲームの運営をやっているのよ。責任者を務めているわ」


「へえ、じゃあ早見のお兄さんは」


「そう、随分前の死神ゲームの勝利者。それから死神をやっているのよ。だから死神ゲームについては熟知している。死神ゲームの真実を、知っている」


「死神ゲームの真実……?」


「ええ、真実よ。私達が知っている死神ゲームはその一部分でしかない。本質を理解していない。何故死神ゲームが行われているのかを――知らない」


「何故行われているのか? 新たな死神を決めるためじゃないのか? その、世代交代の為の――」


「世代交代、ね。確かに大きな意味で捉えれば、そうなのかもしれないわね」


「……どういうことだ?」


「鑑君、死神が何人いるか知ってる?」


「一人じゃ、ないのか」


「それがね、違うのよ。死神は大勢いる。数万ってレベルじゃないわ。死神だけで社会を構築できるほど――存在する」


「――そんな」


「だから、死神ゲームというのは、たった一つの死神の座をかけて戦うものではないのよ。わかりやすく言えば『死神』という人間の魂を回収する会社の一社員として入社するための戦い、みたいな感じかしら」


「なんだって……、それじゃ、それじゃ死神になったってあまりメリットは、」


「死神になって強力な力を得る、を期待しているなら無駄ね。数多くの死神の中の一人になるだけだからわざわざ一人一人に巨大な力は与えられないわ。司者の時よりも能力は劣るらしいわよ。死神ゲームに勝つことのメリットは願いを一つ叶えてもらうだけ。それが終わったら死神という死者の魂を回収してそれを送るべきところへ送るだけの装置となる。毎日毎日回収して、送って、回収して、送ってを繰り返すだけの――存在となる」


「そんな、それじゃあ、それじゃあまるで懲役だ」


「そう言うのが正しいかもしれないわね。だって私達は他の司者を殺して自分の願いを叶えようとしているのだから。罰としてはそんなものじゃないかしら」


「……」


 そんな、それじゃあ、俺は、俺は何の為に戦っているっていうんだ。


 皆殺しておいて、何も返せないじゃないか――


「それは、本当なのか? 信じられない。信じたくない」


「残念ながら、これが真実よ。鑑君、考えてみて。死神がただ一つの存在だとするならば、何故この死神ゲームの参加者には日本人しかいないのかしら。何故移動できる範囲が日本国内だけなのかしら。答えは簡単よ。この死神ゲームは日本での死神を決めるためのゲームだからよ。中国なら中国で、アメリカならアメリカで、イギリスならイギリスで。それぞれ死神という概念が存在している国で、死神ゲームが行われている」


「……」


「……鑑君、」


「早見、じゃあなんで、じゃあなんで死神ゲームなんてやるんだ。なんでこんな殺し合いをわざわざやるんだ。適当な人物を選んで死神にさせればいいじゃないか。なんで、争う必要があるんだよ――」


「鑑君、ねえ鑑君。落ち着いて、落ち着いて聞いてね。死神ゲームをわざわざ行う理由。それは、死神の為なのよ。死神はさっき言った通り魂を送る装置よ。ただの装置。でも心はある。だって元々は人間だもの。魂だもの。だから心は消えない。毎日退屈な作業を繰り返しながら心は死んでいく。死神ゲームはそんな死神たちの為の、娯楽として機能しているの」


「――は」


 はは。


 ははは。


 はははは。


「馬鹿げてる。娯楽だって? 娯楽だって――そんな。こんな殺し合いのどこが面白いって言うんだ。こんな、こんな――」


「鑑君……」


 早見はしゃがみ、蹲る俺の肩に手を置いた。まだ血が乾ききっていない赤々とした俺の肩に。俺の震えを抑えるように。受け止めるように。


「鑑君、この死神ゲームは私達の為に行われているわけではない。退屈な日々を過ごす死神たちの娯楽として行われている。死神ゲームでの司者の様子は中継され、見ている死神は誰が勝つかで賭け事をする。そうやって死神ゲームは成り立っている。ちなみに私達がいるこの仮想世界は死神協会日本支部死神ゲーム運営委員会が管理する『ショーケース』と呼ばれる箱の中の二十三番目の世界らしいわ。文字通り、死神ゲームは死神の為のただのゲームというわけよ」


「なんだ、そりゃ。無茶苦茶じゃないか。ほんと、何の為に戦ってきたんだろう、俺達は……」


「でも鑑君、これだけ聞くとただ絶望的なだけで終わるけれど、これには続きがあるの」


「続き? 続いたって何も――あ」


「そう、言ったわよね。私の兄はこの死神ゲームの運営をやっているの。そして、元司者だからこの実態を嘆いているわ。自分が味わった地獄だから。よく知っている。これが希望になる」


「でも、どうするんだ? 運営をやっているから、なんだっていうんだ?」


「私の兄、早見皐月は九年前、死神ゲームで勝利して死神になった。そして願いを叶えてもらって死神に成ったのはいいもののその実態を知ることになる。そして、兄は死神ゲームを終わらせるべく計画を立てた。その計画は、自分が死神ゲームの管理部門のトップになって死神ゲームに介入し、新たに生まれる死神に巨大な力を渡すこと。司者が死神に成る際に管理者が司者に死神の力を与えることを知っていた。だからそれを利用することにしたのよ。本来与える筈のない大量のエネルギーを司者に注ぐ。そして生まれた強い死神に死神界で暴れてもらい現状の体制を破壊する、いわばテロを起こそうという計画よ」


「物騒な計画だな。どうせ偉い立場になるのならその立場を利用して死神ゲームを中止できないのか?」


「……それも考えたらしいのだけれど、無理だったようね。何せ死神ゲームは世界各国で開かれているイベント。いくら日本のトップに立ったって変えることはできないわ。それなら死神界自体を変えた方がいいとなったそうよ」


「テロ、テロかあ……。確かに現状の絶望的な状況を変えるためにはこれしかないのかもしれない。でも、やっぱり所詮はテロだ。暴れたって色々なものが壊れるだけで根本的なことは変わらないと思う」


「そうね。それは私も思ったわ。でも兄には秘策があるようなの。なんでも各国の死神協会の死神ゲーム反対組織がそれに応じて暴動を起こすとか、現世にいる仲間たちが応援に来るだとか、色々あるようよ。全てこのテロをきっかけに動くようね」


「……。それでも、」


「それでもリスキーなことは変わらない。テロを起こすことができても何も変わらないかもしれない。むしろ死神ゲームの管理が厳しくなって手出しができなくなるかもしれない。そもそも私達がこの死神ゲームに勝たなければならない。問題は多いわ。でも、」


「成功したら変わるかもしれない。……そういうことか」


「ええ、そうよ。鑑君はもう知っている筈。この死神ゲームがどんなに恐ろしいものか。どんなに苦しいものか、悲しいものか。身に染みて理解している筈」


「……そうだな」


 俺は立ち上がった。早見もそれに合わせて体を起こす。


「……わかった。その話、乗ろう。要は俺がそれに協力すればいいんだろ? 死神ゲームで俺に勝たせて俺をそのテロリストにするって言うんだろ? やろう」


「……でも、いいの? そんなことをすれば鑑君だって無事じゃないわ。大変なことになる」


「今更何言ってるんだよ早見。既に無事じゃないし大変なことになってる。丁度死神に成る理由を無くしたところだったんだ。丁度いい理由ができた。俺が殺した人たちのせめての手向けとしよう」


「……鑑君」


「言っておくけれど。これは、誰かの為じゃない。自分の為だ。俺は人を殺した。俺は色んな人に助けてもらった。それを返すための――俺の願いだ」


「…………」


「早見?」


「いや、その、……何でもないわ」


「そっか。……本当、俺は誰かに救われてばっかりだ。誰かに道を示してもらってばっかりだ。それのお礼はしないとな」


「ところで、鑑君」


 早見が俺の服の裾を掴んだ。


「何?」


「約束」


「約束?」


「次会った時は殺すって……」


「……ああ、それか。保留だ。今早見を殺すと勝率が下がる。西条先輩の敵討ちは今してもメリットがない。だからしない。早見が俺に協力している間、俺の仲間でいる間は保留させてもらうよ。利用できる間は利用させてもらう。――これでどう?」


「ふふっ、本当、鑑君は――強くなったわね」


「皆のおかげ、だな。それもいつかお礼を言わないと」


 そうだ。俺にはまだ返しても返しきれない借りがある恩人が、二人いる。




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