19
「よし、じゃあボーっとしてらんねえ。ちゃっちゃと即死と爆死を見つけてボコってやりてえところだが……」
「居場所がわからないな」
「そうなんだよな。こっちに標的がいるから向こうから来るとは思うんだが、それだと先手を取られかねない。いつ背中を取られるかわからなねえのはキツイぜ」
「それなら大丈夫よ」
自信ありげに早見が言う。
「ゲームが始まって暫くは仲間になれるかどうか各司者のあとをつけていたの。あの二人の拠点は把握できているわ」
「マジかよ。じゃあ乗り込めんじゃねえか?」
「でも、怪しいわね。拠点の特定も比較的簡単にできたし、なにより彼らは今まで積極的に鑑君を狙いに来ていない。何かのタイミングを狙っているようにみえるわ」
「確かに怪しいよなあ。即死は一瞬だけ見たことあるけど爆死は一度もないし、何か意図があるのかもしれない」
「っつてもよ、結局全員殺さなきゃなんねえんだろ? じゃあ行くしかねえんじゃねえのか」
「……そうだよな。結局のところ俺達は全員殺さないといけなんだし、場所がわかってるなら行った方がいいと思う」
「……そうね、わかったわ。じゃあ案内す――」
早見の言葉がそこで止まった。? どうしたのだろう。
「――息が」
早見が言う。早見の口から白いもやみたいなのが漏れていた。吐いた息が白くなっている。
「逃げろ!」
次に異変に気付いたのは焼死だった。俺と早見は慌ててビルの陰に身を潜めた。直後、雪崩の様に白い何かを纏った強風が吹き荒れて、視界が一気に霞んで見えなくなった。もう焼死を視認することができない。焼死は白い暴風に呑まれてしまっていた。俺達はビルのおかげで直撃は避けられたけれど、強烈な寒波で体が動かなくなっていた。
「……っ」
指に霜が張り付いている。肌からは血の気が引き、小刻みに震えている。なんだ? さっきまではここまで寒くなかったのに、いきなりこんな――
「凍死ね。最悪のタイミングだわ。ここで出くわすなんて」
「凍死? これが? こんなとんでもないのが能力――」
「狂化のおかげね。でもここまで来ると理性なんて微塵も残ってないんじゃないかしら」
「……焼死」
「これだけのものが直撃したなら彼は、もう」
「なめんじゃねえ!」
「⁉」
一瞬で視界が晴れた。寒波が熱風へ。体に張り付いた霜は溶け、今まで視界を遮っていた凍てつく風はドライヤーが吹く温風のような、暖かい風に変化していた。
「……焼死⁉」
焼死が立っていた。全身に炎を纏い堂々と立つその姿は荒ぶる神か何かのような、そんなものに見えた。
「こっちに来るんじゃねえぞ」
焼死は言う。
「以前遭った時よりも強くなってやがる。これは俺じゃないと正面切って立ち向かえねえ。お前らが来ても巻き添えになるだけだ」
「でもっ、」
身を乗り出そうとした俺を早見が手で制止する。
「……大丈夫なの? 貴方はもう狂ってはいない」
「はっ、狂っているさ。こんなことをしている時点でな。そしてそれはあいつも同じ」
焼死は正面を見据えている。
「最後に相手してやろうと思ったが逃げる余裕もねえ。悪いが先にやらせてもらう」
焼死が走り出した。俺はビルの陰から顔だけを乗り出して行く先を見守る。ここまで来て見守るしかできないのか、俺は。
「大丈夫よ。きっと。彼は鑑君が思うより弱くないわ」
早見が俺の肩に手を置いた。
「そうだろうけれど、でも」
一緒に戦うと言ったのに――
「おらァアアアアアァァアアァァァァァァアアアアアアァァアアア‼」
焼死が向かう先に人がいた。女性。白いワンピースを着た長い黒髪の女性。この寒さにもかかわらずそれだけの服装だった。靴さえ履いていない。顔は黒髪に覆われていて様子が見えず、全身に雪の結晶がいくつもくっついている所為か所々が白く輝いていた。
そんな彼女を爆心地として、例の寒波がこっちに向かって吹き荒れていた。勢いがすごい。まさに爆風。目を開けていられない。ビルの陰から顔を出すのも危険。その爆風の中を焼死は突っ切っていく。炎の熱で寒波の中和でもしているのだろうか。彼の足は澱むことなく凍死へ向かっていった。
「……寒イ。さむいサムイ寒い寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イ寒イッッッ‼」
凍死の悲痛な叫びが聞こえる。喉が擦り切れそうな痛々しい叫び。聞いているだけでこちらも辛い。そう、彼女だって人を殺したくてこんなことをやっているわけじゃないんだ。
「そりゃこんなところでそんな恰好してたら寒いだろうよ。どれ、俺が暖めてやろうか?」
焼死の左手には剣の形をした炎が握られていた。焼死はその剣で寒波を切り開いていく。
「あァ……寒いッッッッ‼」
そして、焼死が凍死の目の前まで来た時だった。凍死の中から解き放たれるかのように雪崩が噴き出した。それはまるで雪の津波。それは一瞬で焼死を呑み込み、その後、俺達の方へ流れてくる。
「やばっ、間に合わな」
「鑑君! 下がって!」
早見に引っ張られ、後方に下げられる。そして、早見はビルの陰を守るように壁を生成して雪崩から俺達を守った。
「……早見、そんなこともできたのか」
「MPを喰うからあんまりやりたくなかったけれどね。なんとかなったわ。怪我はない?」
「大丈夫。……でも焼死が」
「…………。まさかあんな切り札があるとは思っていなかったわ。あんなのに直に呑まれたら、難しいでしょうね。でも、まだアナウンスは流れていない。もしかしたら」
「まだ生きてる……? じゃあ、行こう。凍死だってあんなのを使えば保有量が減っているはずだ。チャンスはまだある」
「……そうね。行きましょう」
早見が刀を振って壁を切り崩した。壁と共に雪が少し雪崩れてくる。あの一瞬のうちに五十センチ程積雪していた。膝上はとうに越えている。こんなものが、流れてきたのか。
「うわあ……」
ビルの陰から出て辺りを見回すと、一面雪景色だった。通路に面した建物の側面に雪がべったりと貼りついている。空気まで白い。まるで氷河期でも訪れたかのようだ。
「……あれは」
凍死がいる方を向くと、視線の先に一つの雪の彫像があった。その彫像は人型をしており、太ももから先は雪に埋まっているようだった。その彫像にうっすらと服が見える。雪で覆われていてわかりにくいけれど髪も見える。
「焼死……」
「アァ……ア、アァ……」
彫像の前にいる凍死は首を傾け、虫を掃うかのように彫像に触れた。ぺちぺちと。何度も確かめるように叩いている。
「今、撃てば当たるか……?」
「待って。なにか様子がおかしいわ」
「?」
俺が彫像を注視した瞬間だった。彫像が突然勢いよく燃え上がった。
「ア、アァ……ッ⁉」
その炎に凍死も巻き込まれ、体に火が点く。
「……寒いんだろ。俺が、暖めてやるぜ」
焼死の声が聞こえる。
「本当に、寒そうだな。寒かったんだな、お前。ずっとそうやって震えて、嘆いてたんだな」
「アアアアアァァアアァァァァァァアアアアアアァァアアア‼」
火に包まれて悶える凍死。
「でも、安心しろ。それも、ここまでだ。俺が暖めてやるよ。もう二度と寒さなんて感じねえように。二度と、嘆くことがねえように」
「ア、熱イ! 熱イ! アァ、アァアアアァァアアァ、熱イィィィイイイ‼」
全身に火が回り、凍死は倒れた。積もった雪を溶かしながら、空気中にある何かを掴もうとするようにばたばたと手を振り回して暴れる。
「でもな――俺に触れると火傷じゃ済まねえぜ」
「ア、アァ……熱イ」
暫くすると、凍死は身を焼き続ける炎に体を委ねるように暴れるのを諦めた。
「どうだ、俺の炎は。寒くねえだろ。火加減がわからねえのは悪いな。俺にはどうもこうすることしかできねえ」
「ア、アァ、アアァ……」
「……あばよ、凍死。次会う機会があれば飲みにでもいこうぜ」
「アァ、あ、ああ……あ、…………寒く、ない」
《凍死の司者、安室(あむろ)桜(さくら)。
焼死を司る者により、焼死――》
「……ふー、死ぬかと思った」
「焼死! 生きてたのか!」
「ギリギリな。直前に防御に回ってなかったら即死んでたな。まあ、それでも死にかけたが。能力の保有量ももうほとんど残ってねえ。大分使っちまった」
「でも、なんとか勝ったわね。これで――あと二人」
「ああ、順番がごっちゃになっちまったが、これでリーチだ」
焼死と目が合う。
「もう少しだぜ」
「もう少しだな」
お互い拳を突き出した。
「やってやろうぜ。じゃあ嬢ちゃん、案内頼むわ」
「ええ、任せて」
顔を見合わせて頷いた後、三人は歩き始める。焼死のおかげで凍死にも勝った。残るは二人、爆死と即死。最後の戦いが、始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます