第2話 『僕の名前は』


 ってな訳で目の前のイケメン君にこう聞いてみた訳だ。「君、誰よ?」と。

 気持ちよく寝ていたはずなのに目が覚めたら目の前に知らない男の顔があった、なんていう非常事態にしては、まともな対応が出来たんじゃないだろうか。まあ数分の硬直時間無しにこれが出来ていたらもっとよかったんだけどね。次は頑張りたい。

 っていうかさ、さっきの俺よ。

 相手の素性を聞く前に「どいてくれ」って言うべきだったんじゃないのか?

 なにが礼節ってものを弁えているだよ、礼節を弁える余裕があったら隠すものをまず隠せよ。あのクソ鎧ですらそこはしっかり鎧で隠してたぞ。

「…………」

 ほら、目の前のイケメンフェイスも固まったままだし!

 なんとかして会話を成立させねえと。

 よし、さっきの失敗をやり直そう。

「あの……取り敢えず退いてもらっていいかな」

「……あ、あぁ……そうだね、これは失敬」

 ほら、ようやくイケメンの顔に感情が表れたよ、これぞコミュニケーションってやつだよ。やっぱりこうするべきだったんだよさっきの俺!! スッっと目の前からイケメンフェイスが離れて、これでようやく起き上がれるようになった。あぁ、それにしても夕焼けの色はとても美しい。この素晴らしい世界に喝采を贈りたい。

 いつまでも寝転がって空を眺めていたいんだが、そうもいかない。

 俺はあのクソ鎧とは違うので、爽やかなイケメン君とまともなコミュニケーションをしようじゃないか。このままでは話しにくいしとっとと体を起こそう。

「どうも……っていうか、俺の体土まみれだな」

 起き上がってはじめて気がついたが、素っ裸で寝ていた俺の体には相当な量の土と草がこびりついていた。

 そりゃそうか。汗もかいてたし。いあそれにしても、汚れすぎだな。肌が完全に焦げ茶色になってるぞ。さっきまで全く気にならなかったのに意識した瞬間汚れをおとしたくなってきた。

 イケメンくんも顔をしかめている。いや、よく考えると彼はさっきから微妙に眉を潜めていたな。そういうことか。

 さて、どうするか。さっきの水溜まりじゃ洗うどころか逆に泥がつきそうだしなぁ……

 頭を抱えている俺を見かねたのか、イケメン君が口を開いた。

「……さすがにそこまで汚れてると洗った方がいいんじゃないかな?」

「いや、俺も同じこと考えてたんだけどさ、綺麗な水がねぇからなぁ……」

「あぁ、水なら僕が用意してあげるよ」

「お、マジで? そりゃありがてぇな。宜しく頼むわ」

 なんと、イケメン君が水を用意してくれるらしい。どっかのクソと違って中身までイケメンじゃないか!

 だが、少し離れたところに立っているイケメン君の全身を確認してもどこにも水が入っているとおぼしき容器は見当たらない。

 身に付けてるものはたいしたポケットもなさそうだが見るからにいい生地を使っている高そうな黒い服と靴、細い……あれは剣だろうか、それ を腰に下げているだけで、特に荷物は持っていない。

 周囲を見渡しても、俺が眠りについた頃と変わっているのは空の色ぐらいだ。あと地面だな。俺が寝転がったあとが残ってる。

 いや、一つ大きく違う点があるな。少し離れたところにデカいトカゲがいる。紺、群青、いや藍色か……? 光の加減で微妙に色合いが変わる海のような色合いの鱗を身に纏い、二本の立派な角があって後ろ足だけで力強く立っている……いやあれ絶対トカゲじゃないな。ドラゴンとかそっち系だろ、でもドラゴンにしては翼がないしなぁ。それにしても、なんであんなのがいるのにさっきまで気がつかなかったんだ。

 このーーもうトカゲでいいかトカゲは、イケメン君の服と同じマークがついた荷物を背中にのせていた。恐らくイケメン君が乗ってきたのだろう。ただ、その荷物も水が入っているという感じではなかった。

 っていうか、こんなのが近くに来たら絶対うるさいじゃん。それでも起きないほど熟睡してたのかよ俺……


 そんなことをつらつらと考えていると、水を用意してくれる筈のイケメン君が歩いて離れていっている。もしかして何処かに取りにいってくれるのだろうか。だとしたら申し訳ないな。

「おーい、どこに行くんだよ? なにか手伝えることあるか?」

「手伝い? いや、君はそこで動かないでくれるだけでいよ。離れたのは……僕まで水浸しになる必要はないからね」

「どういうことだー?」

「すぐわかるさ」

 イケメン君め、どうするつもりだ?

 水浸しになると言ってるが、どこにそんな水があるんだろうか。

 何一つ理解していない俺のことは放置して、イケメン君は何か呟き始めた。

 やっぱあいつもクソ鎧と同類なのかもしれない。過大評価していたか。

 遠い上に小声でいっているから、内容も分からないしな。

 お、口の動きが止まった。

 俺は何をやっているのかチンプンカンプンだが、イケメン君の表情は真剣そのものだ。

 っていうか、彼の周囲によくわからん青い光りが見えるんだが……気のせいか?

 いや違う。気のせいじゃない。

 それどころか光は少しずつ強くなっていっている。嫌な予感がしてきた。

 それは彼の回りで渦を巻くように表れては俺に向かって飛び出し、俺の頭の上に集まっていく。

 そして俺の頭上の光だったものの集まりは、少しずつ光ではなくそこに存在する物質として形を持っていっている。

 これは……いったい……なんだ?


「……さて、先程の君の問いに答えよう」


 目の前で繰り広げられる事象を理解出来ずにいる俺に、彼は告げた。


「僕の名前は『グレイディア・グリア・ブライトロード』。ブライトロードの名を持って生まれながら、余りの無才故に帝都から放り出された男だよ」


 少しばかり自嘲的な笑いと共に紡がれたその言葉が俺の耳に届いた瞬間。

 俺の頭上に集っていた『ナニカ』が変化した水塊は、濁流となって俺を飲み込んだ。


















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