第3話『まあ、グレイとでも呼んでくれ』
さて、目を開くとそこに広がっている空は完全に夜闇く染まっていた。
いや、あんなにも星が輝いていては夜闇に染まるという表現はおかしいな。
満天の星空というやつなのだろう、数えきれないほどの輝きの欠片が暗くなった空一杯に散らばっていた。
記憶に残っている最後の空は、上から流れ落ちてきた水越しではあったが確かに夕焼けの色だった。それが満天の星空になっているということは、それなりに時間が経っているということだ。あのクソイケメン2号によって頭から凄まじい量の冷水をぶっかけられた俺は、またもや意識を失っていたらしい。
星空を眺めていることからして地面に横たわっているはずだが、こびりついた土の感覚もまとわりついた草の感覚もない。変わりにそれらよりずっと滑らかなものが体を覆っている。どうやらいつのまにか服を着せられて、しかも地面に直接ではなく布をしいて寝かされていたようだ。肌触りもいいし窮屈とも感じないし、割りといい服だなこれ。あのイケメン、クソ鎧の同類かと思ったがやっぱ割りといいやつなのかもしれない。
これらをやってくれたであろうイケメン君は、俺が寝かされていた場所から少し離れたところで焚き火をして、そのそばの膝くらいの高さの岩に腰掛けていた。先程の場所から少し移動したのだろう、すぐ近くに森が見える。なんなら獣とおぼしき鳴き声も聞こえた。ちなみに、俺を運んでくれた可能性が高いさっきのトカゲは焚き火のすぐそばにたっている木の下で眠っている。
まあいい。彼はまだ俺が目を覚ましたことにまだ気がついていないようだし、声をかけるとしよう。近寄る足音に気がついたのか、彼も振り向いた。そのまま彼の座っている近くの手頃な岩に腰を下ろす。
「この服を着せてそこに寝かせてくれたのは、君なんだよな? 思うところがないわけではないが、とりあえずありがとうと言っておこう」
「ああ、ようやく目が覚めたんだ、思ったより遅かったね。それにしても、君は素直に礼を言うことも出来ないのかい?」
なんだこいつ、ずいぶん喧嘩腰だな。いや、俺も人のこと言えないか。まあいい、この方がものも言いやすい。
「いきなり人の頭から冷水ぶっかけといて、よくもまあそんな事が言えるな」
「合意の上だったはずだし、事実君も綺麗になっただろう? なんの落ち度もないじゃないか」
「いや、明らかに事前に説明が足りてねぇだろうが。誰があの状況からあそこまで強烈な方法で泥だけじゃなくて意識まで持ってかれるなんて分かるんだよ。怪我してたらどうしてくれてんだ」
「一応、丁寧に処置はするつもりだったし、実際にも丁寧に後処理はしたつもりだけど」
「そこについては礼を言っただろう、だがそれとこれとは話が別だ。だいたい後処理ってなんだ後処理って。俺は物じゃないんだぞ」
誰がいきなりあんな量の冷水を頭の上からぶっかけられると予想するのか。
「はぁ……面倒な人だな。わかった、説明が足りていなかった、僕が悪かった。これでいいかな? ところで、君はどうやってあの水を出したかは聞かないのか?」
「いや、それも興味なくはねぇんだけど、まあそういうもんなんだろ。その前にさ、君の名前をもう一回教えてくれねぇか?」
先程俺が水浸しになる直前、彼が名前を名乗っていることは分かったのだが、あいにく俺はそれを聞き取る余裕のある状況じゃなかった。すごく長かった気がするし、聞いていても一発で覚えられた自信はないが。
「僕の名前は、グレイディア・グリア・ブライトロード」
「ごめんもう一回」
「……まあ、グレイとでも呼んでくれ」
なんだ、グレイでいいのか。なら最初からそう言えよな。
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