第4話『聞きてェことがある』

 目の前のイケメンは、グレイというらしい。

 長ったらしいの本名は覚えられなかったが、特に問題もないだろう。

 そう呼べばグレイが自分の事を言っているのだと認識できるのならば、それで十分だ。

 ああ、相手を呼ぶと言えば俺の名前をまだ言っていなかったな。

「グレイだな、把握した。言ってなかったが、俺の名前はエクセルだ。まあ俺の事はエクセルって呼んでくれよ、他に呼び方があるとも思わねえけどさ」

「………………!?」

 礼儀としてこちらも名乗りかえしただけのはずが、ずいぶんと激しい反応が返ってきた。いや、絶句して固まってしまったから、反応は返ってきてないか。

「おーい、なに口開けて固まっているんだ? 驚くトコあったかよ?」

 流石に俺に礼儀が備わってて驚いたということはないだろう……多分。

「なんで自分の名前が分かるんだ!?」

「いや、当たり前だろ」

 俺をなんだと思っているのか。

「……いや、君は記憶喪失なんじゃないのか?」

「お……「少し考えさせてくれ」

「おい、今のは……」

「……」

 俺が口を開こうとしたのを遮ったそのままに、彼は自分の世界に入ってしまったようだ。何を考え込んでいるのか知らんが、俯いてしまって視線がまったく合わなくなった。そんなことでは困るな、一つ聞き逃せないことがあったんだよ。おい、グレイ。今、なんて言った?

 奴は、完全に俺を思考の外へ追い出して独り言を言い続けている。

「いや、そんなはずはない。実際、彼は異世界から召喚された人たちがまず驚くといわれていることになにも反応しなかった。魔法にも、自分の姿が変わっていることにも、騎龍にも……そもそも、彼は……」

 少しづつ声が小さくなっていって後ろの方は聞き取れなかったが、『召喚』という言葉は確かに聞こえた。

 そうだ。

 今、思い出した。

 なんで忘れていたんだろうか。目の前のことに夢中になりすぎていたということか。いや、それはいい。

 あのクソ鎧は、俺が『今から勇者として召喚されることになる』と言っていた。

 勇者ってのがなにかはおいておいて、召喚されるって事は召喚した誰かがいるってことだ。そして、その誰かは言いぶり的にクソ鎧ではない。

 だが、目が覚めたとき周りには誰もいなかった。

 俺が何者かによってこの世界のこことは違う場所に召喚され、そのあと何らかの理由で捨てられたというのは理屈が通る。

 幸運なことに、目の前にいるこいつはその辺の事情を多少知っているらしい。いや、あの驚きようからしてそれ込みで近付いて来たと見るべきだろう。

 だいたい、あんな手荒なやり口をしてきたやつが、なんの理由もなく全裸で寝ている俺に構おうとするだろうか。しかも、気絶している間にそれなりにいい服まで着せられていたのだ。いくらなんでも話がうますぎる。

 分からないことは依然として多いが、少なくとも俺以上に俺の現状を理解している奴が目の前にいる。

 なら、やるべきことは一つだ。そう決めて、スッと立ち上がった。

 ほんの数歩の距離を動き、敢えて足音を大きくたてて近寄っても視線すら寄越さなかったグレイの目の前に立つ。そして、頭を掴んで強引に目をあわさせた。

「なぁ、グレイ。聞きてェことがある」

 見れば見るほど整っている顔、その青い瞳には明らかな動揺が浮かんでいる。

「なっ、な、なにを、すだ!」

 思いっきり噛んだな。グレイは俺の手を強引に振り払って距離を取った。目付きを鋭くして怒っているように見せようとしているのか知らないが、なにも怖くないぞ。

「おいおい、さっきまでの調子はどうしたよ。落ち着けよ」

「落ち着くべきは君だろう!? いきなり何をするんだッ!!」

 ああ、確かに落ち着くべきは俺だったな。それはその通りだ。だがな、そいつは無理な相談だ。いきなりってことは、こいつはまだ気がついていないらしい。さっき自分が何を言ったのか思い出せ。独り言を呟きだした前の発言だよ。そこで俺の質問に答えてくれりゃあ、こんな手荒な真似をする必要はなかったんだ。

「なぜこんな真似をしたか説明しろよッ!!」

「チッ、まだ分からねえのか。なあ、お前さっき何て言った? 『君は記憶喪失なんじゃないのか?』って言ったよな。俺はな、グレイ、お前に対して自分が記憶喪失であることをまだ言ってねぇはずなんだよ」

「ぁ……」

 言われてようやく気がついたらしい。グレイが小さく声を漏らした。おせえよ。

「そのあとにも召喚だの異世界だの聞こえたが、それは後だ。グレイ、答えろよ。お前はなんで俺が記憶喪失だと決めてかかって、いや、知っていたんだ?」

「そ、それは……」

「答えろよ。それとも、さっきみたいに強引な方が好みか? これも知っているのかもしえねえが、俺はそれなりに体の動きがいいぞ。少なくともワンサイドゲームにはならねえ」

 さっきはしゃいでいたお陰で、自分の体がどの程度動くかある程度把握できている。グレイの身のこなしを見た俺の判断が間違っていないなら、それなりに戦えるはずだ。いや、正直戦うつもりはないんだが。

「な、なにを言いだすんだ! だいたい、さっき君は僕に気絶させられたばかりだろう!!」

「それなりの時間がかかる上に光るんだ。ああいうのがくるとわかってりゃあ対策もできる。しかも、自分が濡れないためにとわざわざ離れてからやったってことは、細かいコントロールは出来ねえんだろ?」

「……それはッ」

「図星か。なに、俺も好き好んで戦いたい訳じゃない。そもそもが剣をもっているお前と、まぁそうだな、今拾ったこの木の枝が武器の俺だ。しかもお前にはあのトカゲもいる。やれば俺が負ける確率のが高いんだ」

 そういって、喋りながら拾った木の枝をグレイに向けて構えた。枝とは言うが、腕ほどの長さと太さはある。それこそ人を気絶させるには十分な得物だ。枝を突き付けられたぐれいは、完全に黙りこくってしまった。

 さて、先程からのエクセル君、発言だけ見ると自信満々だが、本音を言わせてもらえばどうしてこうなったというよりない。俺の発言はその全てが、見るからに俺より動揺しているグレイが乗ってくるはずがないと踏んだ上でのハッタリ、虚勢でしかないのだ。いや、徒手空拳ならイケると思ったのは確かだ。剣を抜かれてもどうにかなる見込みはある。だが、例の謎の光に何よりあのトカゲは洒落にならない。奥の手がある可能性なんて最初から存在を無視していた。だいたい、例の光が俺が言ったよりも器用に操れる代物だったらその時点で終わっていた。そして何より、グレイはトカゲに背を向けているから気付いていないが、彼が俺の手を振りはらったちょっと後から俺はトカゲにずっと睨み付けられているのだ。マジで怖い。いや、未だに俺が噛み殺されてない辺り、そして音も漏らさずに状況を見ている辺り、あのトカゲの方がグレイより数倍冷静なんじゃないのか。

 なんにしろ、トカゲさんが目を瞑って、いや、凝視するだけでいてくれているうちに片をつけたい。

 そんなビビりまくっている内心はおくびにも出さず、俺はわざとらしく枝を地面に突き立てた。ザクッッと鋭い音が響く。

「ァ……ゥゥ……」

 グレイが気圧されているが、別に威圧したかったわけではないんだ。何時までも先端をグレイに向けていて、緊張と腕の疲れから微妙に手が震えてることに気がつかれると非常に不味いと思っただけなんだよ。なんかゴメン。

 だが、これで形勢は決まっただろう。一度深く深呼吸をする。

 スゥゥ……はぁ……

 よし、落ち着け。

「エ、エクセル……?」

「すまないグレイ、俺も少しばかり気が立っていたようだ」

「え?」

「座ってくれ、話がしたい」

「あ、あぁ……」

 そう言いながら、俺も先程まで座っていた場所に戻り腰掛ける。そして腰掛けた彼と再び視線があうやいなや、俺は頭を下げた。

「すまん、話が聞きたいという人間の態度ではなかった」

「ぃや、それは……」

「理由などの問題じゃない、俺が非礼を働いたという事実が問題なんだ。すまなかった」

 記憶喪失が関係しているのかは知らないが、我ながら情動が激しすぎる。途中からは意識したハッタリだったが、最初に頭を掴んだこと、あれは体が勝手に動いてしまったというよりない。思考を進めるうちに沸き上がってきた激情を、まったく押さえることができていなかった。自分が情けなくなる。

「エクセル、頭をあげてくれ。それは僕に問題があったからだ。君が不愉快に思ったのは当然のことだよ。申し訳ない」

 そう言って、グレイも頭を下げた。それと同時に、いつの間にか彼の後ろにいたトカゲさんも頭を下げていた。え!? トカゲさん!? いや、いつの間に移動したんだよ、まったく気がつかなかったぞ。いや、落ち着け俺。ようやく始まりそうな話の腰を折るわけにはいかねぇ。

「ああ、その話を今からしたい。異論はねぇな?」

「ああ、勿論だよ。もう一度君を怒らせて鷲掴みにされるるのはごめんだしね」

「ハハッ、そ、そうだな」

 自然に毒を吐くなって。乾いた笑いしかでねえよ。

「で、何から話したらいいんだい?」

「俺について知ってることをすべて教えてくれ、順番は任せる」

「そういうのが一番困るんだよね」

 そういってグレイは気の抜けた笑みを浮かべた。さあ、自分についてのお勉強の時間といこうか。 









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る