第7話『ウゼぇんだよ、クソ野郎が』

 いきなりで悪いんだが、生理的に無理な奴っているよな。こう、初めて会って少し話しただけで「無理だわ」ってなる感じの。というか、全力でぶちのめしたくなる感じの。

 いや、記憶喪失の俺が知っている比較対象はトカ……ブリティエグさんとグレイ、あとはあのクソ鎧野郎だけなんだが、こんなにもファーストインプレッションが最悪な奴ってのはなかなかいないんじゃないだろうか。なんでグレイ先生の長々としたお話が終わったと思った瞬間、今度はこんなクソ野郎とご対面しないといけないんだよ。安心はどうした、安心は。

 ああ、さっきから言ってる生理的に無理な奴ってのは目の前にいるクソ野郎、グレイが紹介してくれなかったところの実技担当講師様のことなんだがな。

 目の前のこいつと比べりゃあクソ鎧もぜんぜんかわいいもんだ。クソよわばりするのもやめてやることにしよう。かといって、白いのに戻すのも味気ねえしな……ああそうだ、間を取って白鎧って呼ぶことにしよう。

 そんなどうでもいいことが俺の頭の中をぐるぐると回っている間も、目の前でグレイがクソ野郎と戦っている。いや、どうにか凌いでいると言うべきだろう、とても対等な戦いとは呼べない。グレイとは会ってからは実質二時間くらいしか経っていない間柄だが、それでの手荒に体を洗って貰った恩も色々と教えて貰った恩もある、何よりあいつは俺の好きなタイプの人間だ。だが助けにはるにも、体が震えて言うことを聞かねえ。だいたい、俺なんかが助けに入っても邪魔になるだけだ。便りにしたいブリティエグさんはブリティエグさんで深手の傷を負って、俺から少し離れたところに倒れている。なんなら俺よりも動けねえだろう。


 あぁ……クソったれ、どうしてこうなった……


 全身の痛みから気を逸らそうとしているかのように、俺の意識はすこし前へと巻き戻っていった。






 そいつは、空から現れた。


 一応言っておくと、そいつに羽はついてねえし、況してやヘリコプターに乗ってきたわけでもない。何もない空をあたかも大地を駆けるかのごとく、夜空を切り裂いて飛んできたそいつは、轟音と共に俺たちの目の前に落下、いや着地した。大地には亀裂が走り、砂と岩が飛び散る。

 思わず俺が後退るほどの衝撃波を放つほどの衝突を起こし、草花ごと大地が捲れ砂ぼこりが舞うその中心にいながら、そいつの顔には一切の苦痛は感じられなくその代わりに嫌な、そう、嫌な笑みが浮かんでいた。

「よおよお、久しぶりだなァ、グレイ? もうこの国にお前の居場所なんざ一ミリも残ってねえが、ノコノコとオレ様に殺されに来たってワケかァ、お う じ さ まァ?」

開口一番で、不快な奴だと感じた。黒い髪に焦茶の眼、身体にはグレイのそれよりさらに高価そうな深紅の鎧を纏ったその男は、なんとも言えない嫌な雰囲気を纏っていた。俺が想定を遥かに越えたいけすかない先生に面食らっているあいだにも、グレイは全身全霊の敵意がのった言葉を返していた。

「誰が皇子だよ、僕をその座から追い落としたのは君じゃないか」

 そしてこのグレイの発言で、俺の中で二つのことが繋がった。グレイの名前と帝国の名前がおなじだったこと、そしてこいつが来る前のグレイの表情の理由の一端が見えた。いけすかない雰囲気の男だとの印象にたがわず、中身もクソ野郎なのだろう。

「あァ~そうだったそうだった。まァ、今は代わりにオレが楽しくやらせてもらってるよ。クルーシアのお手製のお菓子も久しく食ってないんだろう? あんなに旨いのになァ、グレイが可哀想でしょうがねえよ。あぁ、それからーー」

 このクソ野郎が二言目を発した時点で、俺はこいつとは仲良くなれないと確信していた。クルーシアというのが誰なのかは正確には分からないが、話の流れからしてグレイに近しい、近しかった女性なのだろう。

 初対面の相手を前に押し黙っていた俺だったが、このクソ野郎のあまりの不愉快さに気が付いたときには俺の口は勝手に動いていた。

「今すぐペラペラとうるせえ口を閉じろ。ニヤニヤしてる顔といい、ウゼぇんだよ、クソ野郎が」

「ア゛ァ? なんだァ、テメェ。折角このオレ様が同じ日本人のよしみで、使いもんにならねえとほっぽりだされたと噂のお前を助けに来てやったってのに。だいたいテメェ、眼の色が銀色じゃねえか。ほんとに日本人なのかァ?」

「ワケわかんねぇことほざきやがって。俺はお前に口を閉じろと言ったんだ。聞こえなかったのか?」

 だいたいグレイもグレイだ。なにを言われっぱなしになってやがる、さっきの決意に満ちた顔はどこへいったんだ。そう思い横を見ると、グレイの顔には笑みが浮かんでいた。

「ショウタ、君の隙の多さには呆れるよ」

 そしてその時になって、俺は漸くクソ野郎ーショウタというらしいーの後ろに、ブリティエグさんが回り込んでいることに気がついたのだ。砂煙のなかを気配を消して動いていたらしい。流石はブリティエグさん。


「ショウタ、今ここで、君を倒す!!」

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