第61話 同志 03

「……」


 部屋に残されたのはアリエッタとコンテニューの二人。

 沈黙が場を支配する。


「……いやはや、困ったことになりましたね」


 先に口を開いたのはコンテニューの方だった。

 彼は苦笑いを浮かべる。


「僕はそんなに出世欲があるわけではないのですが、まさか陸軍のトップになってしまうとはね。あはは」

「……」

「うーん、やっぱり、話は持ちませんね」


 コンテニューは笑みを深くする。


「心の底から、


「……!?」


 アリエッタは目を見開く。

 コンテニューの口から甘い言葉が出るとは思ってはいなかったが、まさかそこまで辛辣な言葉が返ってくるとも思っていなかったためだった。

 アリエッタの知るコンテニューという男は、戦場では無敵を誇り、また一個小隊としても部類の強さを発揮している、最強の歩兵である。その一個小隊を軍全体レベルに展開したいと考えて出世の後押しをしたのだが、まさかここまで来るとは思ってもみなかった。

 そんな彼から「ざまあみろ」という、さげすんだ言葉が出てきたのが、にわかに信じられなかった。


「どうしました? まさか私が精神すら成熟した、元帥にふさわしい大人だとでも思っていたのですか?」

「……正直、そうだ」

「正直者ですね。では、こちらも正直に理由をお伝えしましょう」


 コンテニューは笑んだ表情のまま告げる。


「貴方がジェラス大佐を殺したからですよ」


「……」


 思い当たる節はある。

 ジェラス大佐。

 アドアニアを収めていた大佐。

 コンテニューはジェラス大佐のことを慕っていたという情報も入ってきてはいた。


「彼とお酒を飲むことがささやかな夢だったのですが、結局、叶えられなかったんですよ。他にもありますが……それがコンテニューとして、僕が貴方にざまあみろって言った理由です」

「……悪かったとは言わないわ」


 あれはアリエッタなりにその場を考えたが故の行動だ。後悔はしていない。

 例えその行動が、クロードに利用されたとしても。


「ですよね。貴方は間違っていないし、反省する道理もない。だからする気もないでしょうね」


 だからこそ、とコンテニューは顔を近付ける。


「貴方を罰すのは僕だ。僕は恨みで貴方の処分をする」

「……」


 アリエッタの瞳は変わらない。

 変わらぬ強い意志が込められている。


「さて、と」


 コンテニューは手を一つ叩くと、何やら後ろポケットから取り出す。

 それは帯状の布の束だった。

 彼はそれをアリエッタの顔に巻き付ける。


「な、何をっ……」

「甘いですよね、ブラッド元帥もヨモツ元帥も。視覚がある分、安心するじゃないですか」


 あまりにも平坦な声。

 それが逆にアリエッタに恐怖を駆り立てた。


「これから何をするか、教えてあげましょう」


 コンテニューは彼女の耳元でそっと囁く。


「貴方のこの部屋は、これから男性受刑者の憩いの場として開放します。この場で起こることについて、こちら側は何があっても一切干渉しません。ただそれだけです」

「……っ!?」

「貴方はただの罪人です。元帥としての特権は勿論、軍人としての権利はおろか、人権など既に存在しません」


 そういえば、と変えた様で全く中身を変えずに問い掛ける。


?」


「っ!」

「こういう拷問はされていないでしょう。流石に元帥にそういうことをする度胸は無かったのでしょうね。――だけど私は違います」


 恐怖。

 初めてアリエッタは苦悶の表情を浮かべた。


「いつ来るか判りませんね。数分後かもしれないし、明日かもしれないし、一か月先かもしれません」

「き……貴様……」

「貴方が何を言っても無駄ですよ。僕は元帥なんですから」


 コンテニューは人差し指で彼女の目元を撫でる。

 アリエッタがビクリと反応する。


「ああ、何だっけ、あ、そうそう。そういえば、こんなセリフを残しておきましょうか」


 指を離し、彼は再び耳元に口を寄せて告げる。


、そして――


「っ!?」


 アリエッタの全身に怖気が走る。

 悲鳴も上げられない。

 喉が引き攣ってしまったから。

 何故ならば、この言葉。

 まさに同じ言葉を、彼女は言われていた。


 他ならぬ――クロードに。


 何故、彼が同じ言葉を言ったのだろうか。

 何故? 何故? 何故? 何故?

 疑問が次々に湧き上がる。

 だが同時に恐怖も込み上げてくる。

 そんな精神的におかしくなりそうな状況に、アリエッタは陥ってしまった。


 ――コンテニューの思い通りに。

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