第46話 復讐 11

 漆黒の両翼。

 二、三度大きく羽ばたいて体勢を整えたクロードは、自分の背部にあるそれをちらと見た。


「おお、やっぱり羽根の方がインパクトはあったな。最初からこうすれば良かった」


 あまりにも場違いな感想。

 それが一層、兵士達に恐怖感を与えた。


「さて」


 そう言って彼が前を向くと同時に兵士側から「ひっ……」という短い悲鳴。

 無表情でクロードは手を広げる。


「どうした? 俺の足元を崩せばいいんじゃないか? そうすれば俺を倒せるんだろう?」


 そこでようやく、兵士達も自分達が勘違いしていたということに気が付いたようだ。


「もっとも、そこの大佐さんはさっきから違うって言っていたけどね。聞いていた?」

「……」


 誰も答えない。というよりも、声を出せるような空気ではない。クロード以外の全員が、その場でただ立っているしかできなかった。


「まあいいや。このままじゃ話進まないからね。そろそろ俺は自分の目的を果たそうか」


 手を二、三度叩き、彼は宣言する。


「という訳で、ここにいるジャスティスを破壊するよ。つまり、アドアニアにあるジャスティスを全機破壊するってことになるね」


 さらりとそう口にしているが、この国にあるジャスティスの機数は、一般人が知ることはできない。ということは、軍の情報は、彼に筒抜けであるということである。


「か、勝てるはずがない……」


 兵士の一人が思わず零す。その言葉は波紋を呼び、ざわめきを起こし、泣き事を放つ。


「そう、勝てるはずがない」


 追い打ちを掛けるように、クロードは言う。


「だから逃げろ。死にたくない奴は。あと一〇秒だけ待ってやるから、逃げたい奴は諸手を挙げてこの場を去れ。あらかじめ言ってあるけど、できるだけ殺生はしたくないからな。逃げる者を追うことはしない。だけど……邪魔をする奴は、そうではない。勿論、報道関係者も俺に牙を向けるのなら、同じように容赦はしない。あの学校での一般兵みたいにはいかない。今度は――生かさないからな」


 その言葉には重みがあり、背筋がぞっと凍るような感覚をジェラスは味わった。


「……一〇」


 クロードは両手を広げる。


「九」


 左手の親指が折られる。

 カウントダウン。

 生き残るための、カウントダウン。

 死ぬための、カウントダウン。

 どちらになるかは、自分が決める。

 決めなくてはいけない。

 この一〇秒の間に。

 時間もないし、条件も厳しすぎる。

 そうなれば――



「うわあああああああああ!」



 逃げるのは当たり前の選択。

 一般兵は銃器を放り出して、大半は街の方へと逃げて行く。


「き、貴様らそれでも軍人か!」


 軍事責任者が声を張り上げるが、誰も聞かない。

 それでもカウントダウンは進んでいき――


「ゼロ、っと」


 彼がそう口にした時には、テレビ局の面々と、既に数えるほどの一般兵しかいなかった。

 当然、アリエッタとジェラスもその場に残っていた。

 その様な人々に向かい、クロードは拍手を贈る。


「勇敢な人々ですね。死ぬことも厭わないとは。特に――」


 周囲を見回し、彼は告げる。


「――ジャスティスのパイロットの人達は」


 ジャスティスは全機稼働。

 誰一人としてパイロットは降りなかった。


「ジャスティス壊すって宣言しているのに、そこに居続けるなんて、俺に言わせれば馬鹿か阿呆だよ」

『馬鹿でも阿呆でもない。我々が残るのは当たり前だろう! 選ばれた者なのだから!』


 ジャスティスの一機が応える。「ほう」とクロードは頷く。


「エリート意識がそうさせるのか。それじゃあ仕様がないか」


 クロードは一度首を振り、大きく一度息を吐いて宣言する。



「――ジャスティスを破壊する」



 滑空。

 身体を前方に傾けて、彼はこちらに向かってきた。

 まるで鳥のように自由に、そして――速く。

 一番近くにあったジャスティスの眼前にその姿を置く。


『ひっ……』


 短い悲鳴が聞こえたと思うと、そのジャスティスは一瞬で崩れ落ちた。

 あまりの速さに、全員の対応が遅れていた。

 あっという間に一機、二機と崩れて行く。

 今度は、悲鳴すら聞こえなかった。

 合わせて六機。

 わずか五秒の間でそれだけのジャスティスが、破壊されていた。

 彼の姿が見えなかった訳ではない。

 見えていた。

 ただクロードは、ジャスティスの目の前を通過しただけ。

 それだけで、ジャスティスは崩壊した。


『う、うわあああああ!』


 残る一〇機はそこでようやく、クロードに攻撃を開始する。

 しかし、今回は攻撃は、彼の目の前で消える、というレベルの話ではなかった。

 当たらない。

 空中を動き回る彼の姿を、簡単に捉えることはできなかった。逆に味方の機体に当てる始末。


 ――そして、一分も経っていないであろう。 


 あ、と言う間もなかった。

 一般兵も口を開けて立っているしかなかった。

 報道者も実況することを忘れていた。

 それ程の、見ても信じられない出来事だった。



 ジャスティス一六機。

 一瞬にして――

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