第47話 復讐 12
ジェラスは現実を、信じられなかった。
彼は自由に飛び回っていたように見えた。
それだけで、近くを通過されたジャスティスは次々と崩壊して行く。
この状況を見て、誰が信じるであろうか。
ジャスティスは、他の国の追従を許さない、無敵を誇っていた兵器であったのだと。
今やそこら辺に転がっている、ただの残骸でしかない物体。
正義の名を持つ二足歩行兵器は、クロードという魔王によっていとも簡単に破壊された。
バサリ。
バサリ。
その羽ばたく音は、この世の終焉へと向かっているのだと告げているような、そんな錯覚を抱かせた。
その場を支配するのは、圧倒的な恐怖感と威圧感。
彼がそこにいるだけで、空気が違う。息苦しさも感じる。
「これで、この国にジャスティスはいなくなったな」
息も切らさず、また、喜びの笑みも浮かべず、宙で淡々と言葉を紡ぐクロード。
「さて、最後だな」
そう口にして、前方に身体を傾ける。
最後。
(ジャスティスは全て壊したから、もう終わりなのでは? ――いや、違う!)
ジェラスは即座に気が付いた。
クロードは無暗に殺生しないと口にしている。ただ、邪魔をする者はそうではないとも言っている。今は誰もが呆然としているようで、しんと静けさに静まったままである。彼の邪魔をしようとする人、それどころか思う人もいないであろう。
しかし――それでも邪魔をしようと思い、そして、前述の条件から無条件に外れる人物。
――お前は、最も苦しむやり方で、色々な文字通りに殺してやるよ――
その人物は、クロードからこう告げられている。
そしてその人物は――まだ生きている。
「待つんだ!」
予想通りに、この壇上に向かって滑空してきたクロードを、ジェラスは両手を広げて制止する。その行為は明らかに彼を邪魔していたので、止まらずにジャスティスのように破壊されることを、ジェラスは覚悟していた。
だが、彼は直前で身体を宙で止める。
「邪魔するなら殺す、と言ったでしょう?」
ゆっくりと壇上に足を付けながら、平坦な声をジェラスに向ける。
――怖い。
正直にジェラスはそう思った。
目の前にいるのは、魔王。
ジャスティスを魔法のように破壊する存在。
「……ッ」
足が震える。膝が笑う。腰が抜けそうになる。
それでも、ジェラスは向き合う。
「く、クロード・ディエル君!」
そしてジェラスは――
「――申し訳なかった」
頭を下げた。
クロードに向かって、頭を垂れた。
ざわめく周囲。
シャッターが一斉に切られる。
だが、その記者達にも明らかに判ったであろう。
それは命乞いのために行った行為ではなかった。
謝罪。
「……何のつもりですか?」
「見ての通りだ。私は君の平和を奪ってしまった。それをずっと謝りたいと思っていた」
ジェラスは頭を下げ続ける。
「君は普通の少年だった。それを、私達軍が壊した。本当に済まない」
「……何か調子狂うなあ」
ジェラスが顔を上げると、クロードは眉を歪めて頭を掻いていた。
「助けて、とか、許してとかだったら……ああ、許して、だったか。でも、もっと媚び諂ってくれたんなら、俺も対応がし易いんだけどな。なんか場に合っていないよなあ……」
大いなる戸惑いを見せた後、
「……うん、まあ、あまりあんたには恨み持っていないし、いいよ」
あっさりと、クロードは許した。
そのあまりの軽さに拍子抜けしていると、
「あ、そうだ。じゃあついでに、一つ教えてあげよう」
クロードは手を一つ打つと、指先を虚空で舞わす。
「多分だけど、あんたが昨日の俺の発言でちょっと首を傾げていた所があっただろう?」
「あ、ああ」
言われた通り、ジェラスには思い当たることが一つあった。
「君はジャスティスを破壊することが目標なのだろう? ならば、どうしてそのパイロットも殺す必要がある?」
周囲を見渡す。
ジャスティスの残骸からちらと見えるパイロットの顔は蒼白で、到底生きているとは思えなかった。
「簡単な話だよ」
彼は軽い口調で答える。
「俺は――誰一人として、俺の手で人を殺していない」
「え?」
彼は今日だけで一六機、ここ一週間で二〇機ものジャスティスを破壊している。つまりは、既に二〇名ものパイロットの命を奪っているということである。
そんな彼が述べたのは、人を殺していない、との言葉。
「もっと簡単な言い方をしようか」
困惑しているジェラスに向かって、クロードは言う。
「俺はジャスティスを壊したがパイロットを殺していない。だがパイロットは死んでいる。この間に、一つ繋がりがあるんだが――判るか?」
この言葉を聞いた大半の人は首を捻っていた。要するにその間に繋がるものというものは、彼がジャスティスを壊した際に破片に巻き込まれたり、落下したりしたからパイロットは死んだということで、つまるところ、彼が間接的に殺したということであり、自分が殺していないと言っていることの言い訳にしかなっていない。そう思考するのは、至極普通なことである。
だが――ジェラスは知っていた。
パイロットの死因は、破片に巻き込まれたり落下したりしたという、外傷によるものではないということを。
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