第45話 復讐 10
黒い折詰の制服。
黒髪。
黒い瞳。
全てが黒に包まれていた。
――そして。
驚くべきことに、彼が現れたのは、とんでもない場所であった。
アドアニア基地。
そこは鬼要塞と呼ばれ、侵入はおろか、鳥すら領空侵犯を許さない、そんな厳しい基地だった――はずだった。
そのような謂れだったことを、今は誰が信じるだろうか。
鳥すら飛ぶことができないはずの、基地の上空。
そこに彼は浮かんでいた。
「やあ、皆さん。今日は良いお天気で良かったですね」
クロードの声が、マイクを通している訳ではないのによく響く。
「何を呆けている! 撃て!」
軍事責任者が大声を張り上げる。一斉にその場にいた一般兵が彼に銃を向ける。ジャスティスは行く先々で待機しているため、現在は二機しかいない。その二機も、持っている大型の銃器で彼の姿を捉える。
「撃て!」
その声と共に、一斉に銃弾が放たれる。
「……無理ですね」
ジェラスは、横にいるアリエッタがこう呟いたのを聞き逃さなかった。
結果は、彼女の言う通りになった。
放たれた銃弾は全て彼の前で消え失せ、ジャスティスからの攻撃も彼を貫かない。
あの学校の時と同じ状況。
「何度弾を無駄にすれば気が済むのですか」
呆れたように、やれやれと両手を広げるクロード。
「それにジャスティスも二機しか配置していないですし……あなたたちは何を考えているのですか。市民は殺さないって言ったでしょう。ならば、市民が比較的少ないであろう場所に現れるなんてことは予想付いただろうに」
「続けて撃て!」
「だから無駄だって。話を聞けって」
銃弾の雨を足元から受けながらも、平然とした様子のクロード。その間にも軍事責任者は兵士達と連絡を取り、慌ただしく動いて壇上から離れる。マスコミはそれらを一部始終逃さず放送しようと、カメラを必死に動かしている。
それらの忙しい動きに対して、アリエッタは全く動かず。
「……」
ただじっと、クロードを見ていた。
逃げずに。
眼を逸らさずに――
「……分かりました」
唐突に、ぼそりとアリエッタはそう呟く。何が、とジェラスが訊ねる前に、彼女は近くにあったマイクを手に取る。
『皆さん。魔王の足元を狙って下さい』
「足元、ですか? な、何故……」
『いいから撃って下さい。正確には五メートルくらい下を』
「りょ、了解! 撃てーッ!」
指示通りに放つ。
すると――
「うわ、っと」
クロードのバランスが崩れた。
思わず、ジェラスは口をあけたまま、アリエッタを見てしまう。
「何で……?」
兵達も同じように呆け、銃弾も一時的に止まってしまう。
『何を行っているのです。早く撃って下さい』
すかさずアリエッタの指示が飛ぶ。同時にタイミング良く、追加でジャスティスが六機、到着するのが眼の端に見えた。
「魔王の下を狙えーッ!」
軍事責任者の怒声と共に、再び銃弾がはじかれる。また、ジャスティスの二機はかなり大型の銃器を所持しており、躊躇なく放つ。
「おお、ああ、っと」
その声でクロードの方に視線を向けると、彼は必死にバランスを取ろうとしていた。
ここまでの攻撃で、ジェラスにもよく判った。
クロードの真下、何もないはずの空間。
そこで銃弾がはじかれ、弾丸が爆ぜる。
つまりは、そこに何かある。
彼は宙に浮いている訳ではない。
「魔王は透明な何かの上に乗っているぞ!」
思わずその声に振り向くと、兵士の一人が指を前方に突き出して叫んでいた。
途端に他の兵士からも声が上がる。
「あいつに弾丸が通じないのも、見えない壁で阻まれていたんだ!」
「ジャスティスを破壊したのだって、何かステルス兵器で攻撃していただけだったんだ!」
おおお、と歓声が上がる。種が判って安心したのか、眼に見えて明らかに士気の方も高揚している。テレビ局も一斉に優勢だと報道を始める。
「撃て! 撃て!」
軍事責任者が前方を指し示す。
同時に、ジャスティスが八機、新たに到着する。
総数、一六機。
これでこの国にあるジャスティスは全機揃ったことになる。そう考えると、クロードは既に五分の一のジャスティスを破壊している。恐ろしいと思うと同時に、安易にジャスティスを使い過ぎであろうと、ジェラスは心の中で少々の呆れを見せる。この国は比較的平和でジャスティスはあまり必要ではなかったとはいえ、二〇機しかなかったのだから、易々と出撃させてはいけなかったのだ。兵士の一存で簡易に持ち出せるのは、やはり平和ボケをしている証拠であろう。今回の出来事でひどく痛感させられた。
そう嘆いてクロードの方に向き直す。
だが――その時だった。
「……一六、か」
空耳だったかもしれない。
だが、銃弾の放たれる激しい音の中で、ジェラスの耳には確かにそう届いた。
足元を揺らされ、かなり動揺しているはずのクロードの、非常に落ち着いた言葉が。
一六。
それは、ジャスティスの数。
ジャスティス。
それは、クロードの目的。
つまり――
「逃げろッ!」
クロードから眼を逸らせずにいるまま、ジェラスは思わず叫んでいた。
しかし、その声は激しく鳴り響く銃音と雄叫びで、兵士には届かない。
構わずジェラスは叫び続ける。
「お前ら逃げろ! 何で判らないんだ! 冷静になれ! 見えない何かなんてある訳ないじゃないか!」
先程までジェラスも勘違いしていた。見えない何かが足元にあって、クロードはその上に乗っている。だから足元を攻撃すると彼の身体は揺れたのだ、と。
それはおかしい。
「それにしては彼の身体はあまりにも揺れていない! 土台が太くないとそんな風にはならない!」
至極当たり前の疑問で、有り得ない話。
そして何よりも――
「そもそも――そんなものをどうやって基地に入れるんだ!」
だが、誰も気が付いていない。
「同様事例だった最初の学校の件だってこちらが先に常駐していたんだろう!? 彼がそんなものを用意できる訳がない! それにあったとしてもそのステルスの存在は判るだろう! 今よりも近いのだから!」
まともに耳を傾ければ、誰もが納得したであろう言葉。
だが、届かなければ意味がない。
それでも、ジェラスは必死に叫び続ける。
「これはブラフだ! 逃げろ! 絶対何か――」
そこで彼は息を呑む。
宙で揺れていたクロードが――その場から落ちた。
「やった……魔王を倒したぞ!」
おおお、と歓声が上がる。その声のどれもが、勝利を確信し、喜々としたモノ。
だが、ジェラスは違った。
彼は見ていた。
クロードは――自分から身を投げ出したことを。
バサッ。
風を切る音が、静かに、しかし鋭く響く。
誰もが眼を疑った。
透明な何かの上に乗っていて、それから落ちた。支えるモノは、もう何もない。だから地面に激突するまで彼にはなす術はないのだと、誰もが思っていた。
その推測はいとも簡単に、現実に打ち砕かれる。
羽根。
クロードは背中には、二つの大きな羽根があった。
どこまでも深く吸い込まれそうな、漆黒の羽根。
飾りにしか見えないソレは、誰が見ても明らかに、クロードの身体を空中に留めさせていた。
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