第40話 復讐 05
その声と共に画面に映し出された映像は、先程とは違った。
ニュースキャスターもいない。
アナウンサーもいない。
インタビュアーもいない。
アニメキャラもいない。
いたのは――
「クロード……ディエル……ッ」
画面には高校の制服を着用した、クロードの姿が映されていた。背景は空の上にいるような真っ青で、場所の特定などできる構造物は何ひとつなかった。真っ青と言えば、彼に食糧を供給する協力者など誰もいないはずなのに、彼の顔色はすこぶる良かった。
そのように悠々とした様子を、上半身だけでも見せつけながら、次のように告げる。
『忌々しげに呟きますね。ジェラス大佐でしたっけ?』
「……っ!」
『どうして覚えているんだって顔していますね。まあ、うろ覚えですから、間違っていたらすみません』
「君は……何処にいるんだね?」
『答える訳がないでしょう』
そういうことを訊きたかったのではなかった。
クロードは、こう言った。
どうして覚えているんだって『顔』していますね、と。
何処で『顔』を見たのだ?
そして、どうして、ジェラスの言葉に返答できるのか。
周囲を見回すが、自分以外には、放送兵とアリエッタだけ。
『きょろきょろしていますが、別に俺がそこにいる訳じゃないですよ。カメラからの映像を見ているだけですから』
「……そうか。こちらからの映像は、まだ止めていないのか」
全ての映像に彼が映っていたから、てっきり、こちらからの放送にも彼が映っているのかと思っていた。
クロードはそこで肩を竦める。
『まあ、あなたに用事があるではないので、ここら辺で終わりにしましょう。俺の姿は一応、全国放送されているのですから。そっちに映っているのと同じ映像をテレビ局側にも流しているんでね。気を付けて下さいね。傍から見たら、まるで俺があなたと親しい様に見えますよ。それは困るでしょう』
「……」
そう言われたら、黙るしかない。ここで何かを言えば、それこそ、下手したらクロードの仲間だと思われる可能性がある。
『さて、では本題に入りましょう。用があるのは――』
「私ですね、当然」
厳しい表情で、アリエッタが答える。するとクロードは大袈裟に手を広げて、
『おお、お初にお目にかかります、アリエッタ陛下』
「陛下じゃありません」
『細かいことはどうでもいいですよ、アリエッタ元帥。そんなことより、俺はあなたに、一つだけ伝えること……うーん……ああ、そうだ。宣戦布告』
「あやふやですね」
『人前に出るのが苦手なんですよ。緊張で言葉が出て来ないんです。それで、言いたいことは、最後の、あれです。宣戦布告』
「何のですか?」
『――アリエッタ。お前は絶対に許さない』
一転して、ぞっ、と背筋が凍るような声。
自分に向けられている訳でもないのに、心臓を鷲掴みにされたような感覚を、ジェラスは受けた。
『俺の平穏を、俺の安寧を、俺の幸せを、ただでさえ少ない幸せを、踏みにじれと命令したあんたを、俺は絶対に――許さない』
短く切った言葉の一つ一つに呪詛が込められているようで、思わず耳を塞ぎたくなった。だが、六方向からの圧倒的な存在感が、それを拒否させる。画面の向こうからでこの圧力ならば、一体、魔王と化した彼本体に遭ったらどうなるか――
「そうですか。許されるとは思っていませんよ」
対して、アリエッタは毅然とした態度で画面を睨み返している。見る限り、クロードに恐れを感じていないように見える。流石の強心臓だ、と、ジェラスは彼女を尊敬するとともに、畏怖の感情を同時に抱く。
「それで、クロード・ディエル、あなたは私を殺すのですか?」
『ああ、その通りだ』
クロードは即座に断言する。
『アリエッタ、お前は、最も苦しむやり方で、色々な文字通りに殺してやるよ』
「そうですか。では、私は拒否します」
報告を受けて事務処理を行うように、アリエッタは言葉を返す。
「ジャスティスを大量に導入し、あなたが入る余地――」
『――ああ、そう言えばもう一つ』
アリエッタの言葉を遮り、クロードは言う。
『俺は基本、ジャスティスしか壊さないつもりだよ。だから善良な市民を抹殺するつもりはない。ああ、あと、こちらに戦う意思を見せていない兵士も殺さないから、そこの所は把握しておいてくれ』
「……それはつまり、降伏しろってことですか?」
『俺は無駄な殺生はしたくないんだよ』
「ならばしなければいいじゃないですか」
『殺生はしたくないけど、ジャスティスは全て破壊したい。――この意味判るよな?』
(……何を言っているんだ?)
ジェラスは疑問符を頭に浮かべていた。
ジャスティスは壊すが、殺生はしたくない。
ならば、しなければいい。
先にアリエッタがそう答えを述べているではないか。
ジェラスは呆れたように眼を細める。
――しかし。
「……」
何故かアリエッタは、険しい表情になっており、彼に厳しい表情で問い掛ける。
「……あなたはそれを知っていても、まだ、破壊しようと思うのですか?」
『当然だ。知っているからこそ、ジャスティスなどこの世にない方がいいと思っているんだよ』
「ちょっと待ってください! そ、それはどういうこと――」
「ジェラス大佐」
アリエッタが凛として張りのある声を放ち、ジェラスはその言葉を飲み込む。
そして彼女は画面に向き合うと、大きく頷く。
「……いいでしょう。あなたの忠告は、全兵士に通達しておきます」
『そりゃ助かる。物わかりがいいね。まあ、だからといって――』
クロードの人差し指が、こちらに差される。
『俺はあんたを許さないけどね。勿論、ジャスティスも』
「……」
『そんじゃ、明日、また会おう。じゃあね』
クロードが軽い口調で手を振った直後、モニターは彼の姿を映さなかった。代わりに、つい数分前までの映像に戻る。スタジオはざわめいた様子を見せ、アナウンサーも突然のことで大いなる戸惑いを見せている。
その中で、画面の中のアニメキャラの少女だけが笑顔を見せている。
それはまるで、この状況を嘲笑う、魔王の姿のようだった。
「――ジェラス大佐」
アリエッタの声でジェラスは、はっとする。
「は、はい、何でしょうか?」
「今から緊急に、この周囲の捜索を行ってください。事実確認はまだ行っていませんが、恐らく、魔王はテレビ局ではなく、軍側の放送を何らかの形で一時的に乗っ取ったようです。それと――そこの放送兵達を捕獲して下さい」
「えっ?」
クロードの放送の一部始終を目撃して呆然としていた放送兵達が、驚きの声を上げる。
「な、何故ですか!」
「魔王と提携している可能性があります。そうでなければ、こんな簡単に軍の通信が乗っ取られる訳がありません」
「わ、我々は魔王なんかに……」
「念には念を、です。魔王に賛同する者が軍部にいる訳がないと信じています。ですが、万が一、精神を乗っ取られているかもしれません」
「そんな非科学的なことは有り得ません!」
「前例があるのです。それに、あなたには説明が付くのですか? 見た目はただの少年なのに、ジャスティスを素手で破壊する方法を」
「そ、それは……」
「申し訳ありませんが、我慢して下さい。明日の式典で魔王を討伐するまでの間だけ」
その言葉を述べている時のアリエッタの姿を、ジェラスは見た。
静かな物言いだったが、彼女の瞳は燃えていた。
絶対に捕まえてやる。
絶対に殺してやる。
そんな覚悟がひしひしと伝わって来た。
「わ、分かりました……指示に従います」
放送兵達にも伝わったのか、彼らは諸手を上げる。
「ですが、お願いです。機材だけはこのままにして下さい。調べてもいいですが、大事にして下さい。長年付き添って来た相棒のようなものなので」
「分かりました。申し訳ありません」
彼女はそう頭を軽く下げると、微笑んでこう言った。
「明日の式典後には、片付けてもらえるようにしますから」
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