第30話 別離 12

『ひ……ひいいいいいいいい!』


 余りの緊張感に耐えられなくなったのか、突如、三体の内の、向かって右にいたジャスティスが全身で体当たりをするようにクロードに突撃してくる。

 機敏な機動性ゆえに、その差は一瞬で縮んだ。

 そんなジャスティスに対し、クロードは両手を広げ向かい打つ。

 両者が激突する。

 流石のクロードもその勢いには耐えられず、その場から吹き飛ぶ。


 ――とは、ならなかった。


『なっ……』


 あまりのことに、ジャスティスの搭乗者は言葉を失う。

 激突した瞬間に崩れ落ちたのは、ジャスティスの両脚だった。


「手に持っている銃は飾り?」


 涼しい顔のクロードは微動だにしていない。まるで何事もなかったように堂々と立っている。

 彼は後ろを向き、両脚を捥がれ、地面を這っているジャスティスの近くまで歩いて問う。


「なあ、知っていた?」

『な、何をだ?』

「俺はな、ジャスティスが大っ嫌いなんだ。この世にあるジャスティスを全てを破壊したい程に。それでさ、力があるから実行しようと思うんだ」


 いわばさ、とクロードは告げる。


「俺は『』なんだよ」


『……っ』

「もう判っているよな。というわけで――」


 すっ、とジャスティスの一部に右手を触れ、彼はぞっとするほど冷たい声で告げる。


「砕け散れ」


 悲鳴すら聞こえなかった。

 彼がその言の葉を述べると、まるでヴァンパイアが火の光を浴びて消滅するように、さらさらと砂が散るような音を立て、ジャスティスは風に吹かれてその姿を消した。残滓のように残されていたわずかなモノも、クロードが蹴りを入れて散布させ、完全に消散させる。

 残ったのは、搭乗者のみ。

 しかも、その人物は大きく口を開けたまま、


「ふうん、やっぱりそうなんだ」


 死体を見て、クロードは呟く。


「ジャスティスって、


『貴様ぁっ!』


 背後から怒声が響き、今度は左にいたジャスティスが攻撃を仕掛ける。クロードは振り向いたと同時に、何発もの大きな銃弾が目の前で消えて行くのを視認する。


「今度はきちんと銃を使ったな。まあ、当たらないから意味無いんだけど」

『うるさい! これなら……どうだ!』


 そう言うと突然、クロードに向けていた銃を下にずらす。

 ボッ。

 銃弾が地面に当たり、粉塵を撒き起こす。風が吹いていたこともあり、視界が完全にえんじ色に染まる。クロードとジャスティスはお互いの姿を見失った。


『どうだ! これで変なバリアも張れまい!』


 ジャスティスは一歩下がって、先程クロードがいた場所を中心としてぐるぐると回りながら銃弾を放ち、得意げな声を放つ。


 ――だが。


「おー、よく弾が持つな。流石ジャスティス」

『――ッ!』


 その声は、上から。


 クロードはいつの間にか、


「ま、意味無いけれどね。何で砂塵巻き起こしたのさ? 単に校庭を破壊しただけじゃん」

『この……』

「そして、さようなら」


 クロードはしゃがみ込み、右手をジャスティスの頭部に当てる。途端に先程の一体目と同様に、ジャスティスが崩壊を始める。ジャスティスの脚部が、自重に耐え切れずに崩壊すると、勢いで前のめりに地面に激突し、身体部、腕部、顔面部が、それぞれ粉々に砕け散る。あっという間に塵と化したジャスティスは、操縦者を残して、風と共に大空へと舞って行く。

 その操縦者は当然の如く死んでいた。

 悔しさで表情を歪めたまま動かない彼が露わになると、学校側から悲鳴が上がる。


「あれ? 悲鳴ってさっきも上がっていたっけ?」


 先程の操縦者の時は、弾丸が放たれた時に生じる音が混じって、よく聞こえていなかった。さらに攻撃をすぐさま仕掛けられたため、気を廻していなかった。もっとも、気を廻さなくても襲撃には対応できたのだが。

 それ程、クロードの能力は卑怯じみていた。


「さて」


 しゃがみ込んだ姿勢のまま空中に静止していたクロードは、ゆっくりと立ち上がる。

 先程はよく聞こえなかった悲鳴が聞こえたということは、残る一機が何もしていないということ。


「冷静だね。あんたは」

『……』


 始まる前にはあれだけ空気を震わせていたスピーカーからは、今は何も発せられていない。それどころか、左手を後ろに回したままの姿勢で全く微動だにしていない。


「掛かって来ないの? 俺は全てのジャスティスを破壊するつもりだから、逃げようと思っても無駄だよ」

『……そんなことは判っている!』


 ダン、という何かを叩いた音が響く。


『よくも……アルケイドに続いて、ライルとカインまで殺したな!』

「へえ、こいつら名前はそう言うのか。で、アルケイドって誰だ? 知らんな」

『ふざけるな! お前が一昨日殺した、俺の部下だ!』


 怒声。

 対してクロードは、ああ、と思いだしたかのように手を打つ。


「あのジャスティスに乗っていた奴か。そういえば、そこで死んでいる二人も、この前に来ていた気がする。全員、ジャスティスの操縦者だったのか」


 ジャスティスの操縦者は選ばれた者しか乗れないと聞いたことがある。一昨日、クロードの家に襲撃を掛けた者は、アリエッタに直接命を受けて急遽乗ったものだと思ったが、このメンツを見ると、その候補生であったようである。それにしては、アルケイドと呼ばれた者は操縦が下手だった気がするが。


『い、いや、我々も操縦者ではないが……』


 しどろもどろに答える。


「へえ。じゃあ、何でもないあんた達がどうして操縦しているんだ?」

『仲間を殺した、お前への粛清のためだ!』


 堂々と、目の前のジャスティスはそう告げる。

 そのあまりの堂々っぷりに、クロードは思わず笑いそうになる。

 笑わなかったし、笑えない話であったけれど。


「なあ、いいのか?」

『何がだ?』

「俺の背後を見てみろよ」


 親指で示す。

 そこには、ビデオカメラを構えた者達が、弾丸が当たらないように警戒しながら、校門の辺りで出たり隠れたりしながら撮影をしている。勿論、警戒しなくてもクロードを狙っている限り、弾丸がそちらに向かうことはないのだけれど。


「テレビ局がいる前に、そんなことを口にしても」

『別にいい。部下を思って魔王に挑むことに、何が悪いことがある?』

「いい解釈だな。確かに、そう思うかもしれないな」

『それに……』


 その言葉と共にクロードは耳に違和感を覚えた。ジジ、という音が聞こえた気がしたが、何も攻撃は来ていない。

 だが直後、背後でざわめきが聞こえてきた。どうやら、テレビ局の人々にトラブルがあったらしい。

 クロードは後ろを振り向かず、その情報から結論を出す。


か」


『正解だ。良く判ったな』


 ジャスティスは本来、個人を相手にするものではない。そして、集団を相手するためには、相手の情報系統を混乱させる必要がある。ならば、電波妨害装置があっても何ら不思議ではない。むしろ、ない方がおかしいとも言えるであろう。加えて、相手によって情報伝達のためお無線の周波数帯は違うはずだから、幅広い妨害領域を持っているのは当然であろう。よって、テレビ局の電波を妨害する機能を、ジャスティスは有しているのである。


「ここで電波妨害して中継を止めると、あんた達が圧倒的不利なとこしか映っていないから逆効果だと思うよ。これ以上、負ける所を見せられないってな」

『確かにそうかもな』


 あっさりと認める。ということは、当然、裏があるということ。

 そしてその裏が何であるか、クロードには察しが付いていた。それを踏まえて、彼は敢えてこういう質問を投げかける。


「まさかあんた、俺に勝てると思っているんじゃないか?」

『えらい自信だな』

「だってお前ら、俺に手も足も銃弾も出せていないじゃないか」

『そうだったな』


 ふ、と笑いが漏れる声が聞こえる。


「何がおかしい?」

『お前、すっかり忘れているな』

「何をだ?」

『お前がここに来た理由を』


(――来た)


 心の中で、クロードはそう呟く。

 必死に必死を重ねて言わないで、ずっと我慢していたこと。それがようやく、相手の口から語られる。


「何のことだ?」


 まだ我慢。ここで言ったら、全てが終わる。

 いや、終わるのではなく――始まらない。

 だから嘯く。

 対し、ジャスティスは余裕たっぷりで言い放つ。


『とぼけるな。お前の目的はそう――これだろ?』


 そう言って。

 ようやく。

 ジャスティスは ずっと後ろ手に隠していた左手を、クロードの前に出す。

 その掌に乗っていたのは――


『マリー・ミュート』

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