第28話 別離 10

 校庭には、どう見ても高校生には見えない、ゴーグルを掛け、銃器を手に持ったルード軍服を着た者達が、ざっと五〇人はいた。

 加えて――ジャスティス。

 戦争に使われる黒色の疾駆機械が、ただの学校の校庭に君臨している。

 しかも、三機も。

 その所為であまり広くはない校庭が、さらに狭く見える。


「詰め込み過ぎだろう」


 先程からツッコミばかり入れているクロードだが、それは余りに余って過剰な反応を示しているルード軍に、ほとほと呆れを超えて笑いが出そうだった。出なかったが。


『魔王に告ぐ!』


 拡声器で、そう呼び掛けられる。恐らくは、中央のジャスティスから発せられているのだろう。

 ジャスティスを見上げる形になって、学校の皆が窓に張り付いてこちらを見ていることに気が付く。異様なのに疑問も持たず、魔王であるクロードに恐怖を抱いている皆を。


(そういや……『魔王』って俺が勝手に思っただけなんだが、いつの間にか公称になっているな)


 そのことに対し、無意識に能力を振り撒いていたのかと瞬時に思考したが、それはないとすぐに思い直す。

 まだ、五メートル以内にはいない。


『魔王に告ぐ!』

「二度言わなくても聞こえているよ」


 そう応えるが、クロードの声はあちらには届いていないようだ。


『今すぐ大人しく投降しなさい!』

「はあ? 投降? 何でだよ? 俺が何をしたって言うんだ?」

『お前は魔王だ! だから投降するのは当然である!』

「俺の声が聞こえていたのかよ」


 全く理屈の通っていない話であった。

 魔王だから投降しろ。

 そんな理由であれば、こう答えるしかない。


「嫌に決まっているだろう。投降したら殺されるし、別にまだ悪いことしていないしね」


 極めて平静にクロードは返す。

 すると、それを待っていたかのように相手は声高になる。


『聞いたか諸君! 交渉は決裂した!』


 拡声器特有の、キーンというハウリング。


『今のは我々の譲歩への拒否とみなす! 故に、これから我らは魔王殲滅任務に入る!』

「イエッサ!」


 そこにいた軍人が声を揃えて敬礼する。


『構えっ!』


 一斉に、銃を構える。

 ジャスティスも、持っている大型の銃をこちらに向ける。

 ざっと五〇丁。

 それらが一斉に自分に向けられているというのは、威圧感が半端ではなかった。

 明らかに過剰武力。

 だが、それにも関わらず、


「あ、テレビ局の皆さん。そこにいたら流れ弾が当たるかもしれませんよ。帰った方がいいのではないですか?」


 彼は全く恐怖など感じていなかった。笑みは浮かべていなかったが、しかしその態度の節々に余裕さが垣間見えている。

 そしてクロードは、テレビ局の人々が流れ弾に当たらない所まで移動したことを確認すると、躊躇なく校内に歩を進める。


『お、何だ? 降伏するつもりか?』


 あまりの平常さに勘違いしたのか、そう呼び掛けて来る。対しクロードは首を横に振る。


「まさか。死に行くつもりはないよ」

『……そうか。能力を使用するつもりなんだな?』


 ぴたり、とクロードの足が止まる。


「ああ、知っていたのか。まあ、その通りだけど」

『ならば残念だったな』

「残念?」

『お前の能力は我々には通用しない!』

「能力が通用しない?」


 クロードは首を捻る。


「どういう根拠で、そんなこと言っているんだ?」

『お前に教える訳が……まあ、どうせ何もできやしないから冥土の土産に教えてやろう』


 中央部のジャスティスの右手が動き、器用に動く五指の内の人差し指に当たる部分が、光る右眼に当てられる。


『在校生から聞いた。お前の能力は洗脳系能力なんだろう」

「ふむふむ。で?」

『だから――眼を見なければいい』

「……え?」

『このゴーグルでな! どうだ!』

「……」


 だから、ゴーグルを付けていたのか。銃器を取り扱う際に必要なのかと思っていた。そのような所感を抱きながら、クロードは相手と同じように右眼に人差し指を当て、


 眼下を引っ張り、舌を出す。


 その反応に、ルード軍はざわつく。


『な……何を……』

「何をも何も、こちらが訊きたいよ。どうして洗脳能力だからって、光による操作だと決めつけたのさ?」

『そ、それは……』

「洗脳能力のほとんどが眼を見るものだから、って理由でしょう? アニメとか漫画とかで良くあるしね」

『くっ……』


 どうやら図星らしい。

 そして、眼に見えるほどに、一般兵達が明らかに動揺を見せる。あちこちで「……違うと思っていたんだよ」とか「てか、現実に能力とかあり得ないし……」とか「いつまで構えていればいいんだよ」などの文句が聞こえ始める。


『黙れっ!』


 クロードに向かって、加えて部下たちであろう人達に向かって、ジャスティスの拡声器が怒鳴り声を広げる。


『図星だからそんなことを言って混乱させるんだろう! いい加減にしろ!』 

「前半部分はそのまま返したいね」


 一歩。

 右足が進む。


「ま」


 一歩。

 左足も進む。


「後半部分も同意するけどね。――さて」


 右足。

 左足。


「もういい加減、終わらせようか」



 そして、

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