第25話 別離 07

 次に彼が眼を覚ましたのは、昼頃。それは目覚まし時計でも、自然に眼を覚ました訳でもなく、外に誰か来たからだった。


「ん? 珍しい人だな」


 起きぬけに彼は、窓の外を見ずにそう言う。


「てっきり軍の奴らか、一斉に街のみんなが押し寄せて来るか、どっちかだと思っていたんだけどな」


 頭を掻きながら玄関前まで行くと、クロードは敢えて扉を開かないまま外に向かって、こう声を掛けた。


「どうしたのですか? おばさん」


「……っ!」


 外から、驚きを必死に抑えた様な声が聞こえた。


「なーんて、冗談ですよ。お姉さん」


 表情を変えずにそう口にしながら靴をはき、クロードは外に出る。

 途端に、眼にはいる紅髪。

 よく見知った顔ではあるが、さらによく見知った顔とは一つだけ大きな違いがある。

 それは、髪の長さ。

 目の前の彼女の髪はショートヘアであり、その所為かとても若く見えた。高校生の娘がいるようには見えないくらい。


「……相も変わらず口がうまいね、クロード君」

「あなたが言えと指示したんじゃないですか。俺はずっと、マリーのお母さん、って言っていたのに」

「どうせもうすぐ『マリーの』ってのは無くなるんだから、普通にお母さんって呼びなって言ったら、あんたが拒否したんでしょうが」


 加えて、おばさんと呼ぶには見た目が若すぎて周囲の人から変な視線で見られたので、結局は公の場ではお姉さんと呼ぶ羽目となった。因みにそう呼ぶと、マリーが嫌がる。


「じゃあ……『カルラ・ミュート』さん。……言いにくいな。とにかく、何の用です?」

「あ、うーんとね……昨日作った煮物を持ってきたんだよ」

「手ぶらで、ですか?」

「う……」


 マリーの母は、明らかに狼狽した様子を見せる。

 だからクロードは、はっきりと言ってあげることにした。


「嘘を言わないで結構です。本当は――俺を殺しにきたんでしょう?」


「そんなことあるはずわけないじゃない!」


 怒鳴られた。


「親友の息子であるあんたを、誰が殺そうと思うんだい!」

「いや、今の状況で俺を殺そうと思わない方が少ないでしょう」


 クロードは冷静にそう言い返す。


「聞いているとは思いますが、俺はもう人間じゃないんですよ」

「あんたはまだ馬鹿言ってんのかい!」


 また怒鳴られた。


「あんたはあたしの親友まで人間じゃないって言う気かい!」


「あー、やっぱりそうだったんですか」


 クロードは両手を広げ、自らの掌を見つめる。


「俺の能力は、母さんから受け継いだ……というか、ディエル家の伝承なのかな? まあ、父さんのことはよく知らないから、どうとも言えないけれど」

「話を逸らさない!」

「逸らしてなんかいませんよ。事実、あなたの話を聞いて納得しただけですから。俺のこの能力は、母さんも持っていたんだな、って」

「……ああ、そうさ。ユーナもあんたと同じく、理屈じゃ説明できない何かを持っていた」


 だけど、とマリーの母親は頭を振る。


「でも、ユーナは魔女なんかじゃない。勿論、息子のあんたも魔王なんかじゃ――」

「ありがとうございます」


 マリーの母親の言葉を遮るように、クロードは言う。


「口先だけでもそう言ってくれると嬉しいです。ですが、どう見たって母さんは魔女だったし、俺もまた――魔王です」

「魔王って……だからあんたはそんなんじゃないって!」

「これを見ても、そんなことを言えますか?」


 クロードは人差し指を彼女の後ろの方に向ける。

 そこにあるのは、塊とも言えなくなった程に風化し始めたジャスティスだったモノ。


「俺がこの状態にしたんですよ。しかも、きちんと動いて襲ってくるこいつを。普通の人間にそんな真似ができますか?」


「それは……」


 マリーの母は閉口する。

 そんな彼女に向かって、クロードはもう一度小さく首を振る。


「こんな化け物をまだ人間扱いしてくれるのはありがとうございます。ですが、このような状況になったので、もうウチに来ない方がいいですよ」

「そんなこと……」

「お願いです。下手したら、命まで無くなる可能性がありますから」


 魔女の息子という扱いであった今までも、恐らくは何か嫌がらせなどがあったのだろう。少なくとも、母親が殺された直後の風当たりは相当強かったであろうとは容易に想像できる。にも関わらず、彼女は最初からクロードを支援してくれた。


 ――しかし、だからこそ、


「馬鹿言ってんじゃないよ!」


 彼女が拒否するであろうことは、簡単に推測できた。


「他の人たちが何て言おうと構わないさ! あんたはあたしの息子みたいなもんなんだからね! 子供を見捨てる親が何処にいるんだい!」

「そこは見捨てて下さい」

「見捨てるもんか!」


「お願いです。危ない目に合わせる訳にいかないんですよ。あなたも。――


「っ!」


 そこで彼女が一瞬眼を見開いて、明らかに動揺した様子を垣間見せたのをクロードは見逃さなかった。話の流れからも、そこで反応を見せるのはおかしい。クロードが彼女を心配していることに感動して驚いているのならば「命まで」と言った辺りで察知していないなんてことは到底考えられない。

 それならば、彼女が動揺を見せた理由は、この部分。


 ――『』――


「マリーがどうかしたんですか?」

「……」


 少し押し黙った後、彼女は微笑しながら答える。


「……どうも何も、今は学校に行っているよ」

「ああ、そうですか」


 クロードは瞬時に理解した。

 嘘をついていることは明白。

 加えて、何かをしにここに来た。

 そこに繋がりが見えれば、答えは自ずと導き出せる。


「では、今度は言い方を変えます。マリーの身に何かあったのですか?」

「……何もないよ」


 即答はしない。

 だが、それは肯定にも等しかった。


「どうして教えてくれないのですか? 何か理由でもあるんですか?」

「……何もないって」


 そうは言うが、それならばここには来ない。

 マリーに何かあったのは確か。

 しかし、彼女はここにきてそれを言わない。


「拉致が明かない、か」


 頭を一つ掻き、クロードは彼女をじっと見つめる。


「……マリーのお母さん」

「な……だ、だからマリーのはいらないって――」

「お願いします」


 瞬きせずに、彼は言葉を紡ぎ出す。



 クロードは『使

 人に対して初めて、無意識ではなく、意識的に。


「……分かったわ」


 途端に、マリーの母親はこくりと頷いて、すらすらと言葉を紡ぎ出す。


「私が隠していたこと。それはクロード君に頼みに来たということよ」

「俺に頼みですか?」



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