第20話 別離 02

「魔女『ユーナ・アルベロア』……ああ、それは旧姓でしたね。正しくは『ユーナ・ディエル』ですね。彼女は奇跡を起こせたそうですよ」

「奇跡、ですか?」

「病人を治したり、壊れたものを修繕したりなど、人々に貢献していたそうです」

「でしたら、それは魔女ではなく――」


 神だ。

 無神論者のジェラスではあったが、思わずそう口走りそうになった。


「ですが」


 アリエッタが手で制す。


「自分に害がなく、むしろ利しかないとしても、行き過ぎた『奇跡』は、やがて疑念を生み、その人を気味悪がるようになるものです。愚かなことに」


 助けてくれ。

 お願いだ。

 ……助けてくれるのか。

 ありがとう。

 助けてくれてありがとう。

 彼女の奇跡のおかげで助かった。

 彼女は神様だ。

 ――でも。

 どうやっているのだろう。

 何故、行ってくれるのだろう。

 何をたくらんでいるのだろう。

 気味が悪い。

 得体が知れない。

 もう関わりたくない。


 あの――魔女には。


「……勝手な話ですね」

「そうですね。そしその話が大きくなって、あのアドアニア侵攻へと繋がったのですよ」


 さらりと、アリエッタは衝撃的な事実を告げた。あまりにも自然すぎて、ジェラスは咄嗟に驚きの声さえ発せられなかった。


「ど、どういうことですか?」

「そのままの意味です。ルードがアドアニアに侵攻した理由は魔女がそこにいたからです」


「いや……でも、私が聞いたアドアニア侵攻の目的は、ウルジスによって閉鎖的になって技術が進歩しなかったため、介入して世界経済を活発にさせるためで……」

「それは表向きの理由ですね」


「……実際は、地下資源が豊富であったため、それを保有しようとしたからで……」

「それは裏向きの理由ですね」


「う、裏向きですか……では、魔女は……」

「真の目的です」


 表向き。

 裏向き。

 真。

 アドアニア侵攻には、これほどの目的が内在していた。


「――というのが、私のいち考えです」


「え……?」

「裏の目的はともかく、真の目的が彼女だというのは、文献から読み取った、ただの推測の妄想に過ぎません。虚言、戯言だと思っていただいて結構です」

「文献から、ですか?」

「かなりの数が結構ありましたよ。その中には興味深い記述もありました。例えばですが、魔女は元々、ルードにいたらしいですよ。知っていました?」

「我が国にですか?」

「ええ。アドアニアに行ったのは、十数年前だそうです」

「……成程。だから我が国は、アドアニアに最近になって侵攻したのですね」


 ジェラスは納得したように頷く。


「恐らくですが、我が国から何らかの理由で逃亡した魔女が、アドアニアにいるということが分かったために、ということだったのですね」


「成程――?」


 すかさずアリエッタが冷たい言葉を放つ。


「おかしいとは思わなかったのですか? それならば、というように」

「あ……そ、そうですね」


 言われてみれば、確かにそうであった。

 魔女を見つけたから、アドアニアを侵攻した。

 それならば目的は分かり易い。

 魔女を捕まえること。

 ルード国から逃亡した彼女を戻すため。

 しかし、ルードは――彼女を殺した。

 アドアニア侵攻の際に、殺した。

 彼女が目的なのに、殺した。


「しかし、それでは真の目的にはならないじゃないですか。彼女が魔女だから本当に魔女かどうかを確かめるために魔女狩りを行って、魔女かどうかを確認しようとしたら死んでしまったとしか……」

「同じ言葉を何度か繰り返していますよ。ですが、正解ですね」


 微笑みながら、彼女はそう言う。


「正解、ですか」


、ということです」


 自信満々ではないが、はっきりと告げるアリエッタ。


「ですが……それは推測、なんですよね?」

「ええ。推測です。ですが私は、その当時の元帥……かどうかは分かりませんが、ルード側が魔女に対し、そのような仕打ちを行ったのもある意味得心がいきます」

「何故ですか? ここまでの話を聞くと、そうは思えないのですが……」

「――ああ、ちょうどありましたね。これを」


 そう言って彼女は何処から取り出したのか、妙に古びた一冊の本をジェラスに差し出す。


「これは歴史書、ですか?」

「五十二ページを頭から読んでください」


 まるで教師から放たれたかのような指示に、従うジェラス。


「えー……《夏の終わりに近づきし頃、我が領土に、一人の女性が来訪したる。彼女の名はユーナ・アルベロア。大層美しい女性で、村の若衆は皆、心を奪われた》……ひどく字が読みにくいですね。これが先程言っていた、お伽噺のような文献、ですか?」

「その通りです」

「確かに、美しいからといって文献に残すのはやり過ぎですね。神話でもあるまいし……」

「神話ですが。鋭いですね」

「はい?」

「では、今度はその本の一番後ろにある、発行年月日を見て下さい」

「はい。えっと……え?」


 ジェラスは絶句した。


「これって……」

「そうです。お伽噺、という例えは、そのままの意味です」


 お伽話。

 本当にあったかどうかすら分からない、昔話。

 昔。


「書かれていることをそのまま信じるのであれば、これ、……じゃないですか」


「だから彼女は魔女と呼ばれていたのですよ」


 アリエッタは小さく息を吐く。


「見ての通り、これはルード国の歴史書――正確には革命歴以前の『ルード』という国名になる前の時代からですが、その書物がジェラス大佐、あなたが持っている文献です。そしてこの他にも、……と、多くの書物で同じように彼女の名前が語られています」


 そんなにも……と絶句するジェラスに、彼女は追い打ちを掛ける。



「つまり彼女は――、ということになりますね」

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