第10話 覚醒 09

(完全にバレた……ッ!)


 クロードが狙っていたのは二つ。


 一つは、燃料切れ。


 あれだけ派手に動きまわれば燃料などすぐに切れるであろうと予測していた。

 しかし実は、ジャスティスは戦場で長時間稼働する燃料知らずの機械兵器であった。かなり知れ渡っていることなのだったが、ジャスティスを嫌ってその分野だけ勉強不足であったクロードは知らなかった。加えて、ジャスティスの燃料がそもそも何であるか不明であるということも彼は知識として持っていなかった。

 となると、残る二つ目の理由に、賭けているということに必然的になってしまった。


 それは――大音量で誰かがこの惨状に気が付くということ。


 あれだけ森林を破壊すれば、深夜だとはいえ――いや、深夜だからこそ、音が響いて気が付くであろうと踏んでいた。気が付いたのなら警察なり何なり通報してくれるであろう。

 そのことを期待していたのだが、その前に若い軍人に気が付かれてしまった。

 自分のもう一つの目的。

 クロードの家。

 故に彼は進路を、クロードの家へと変更したのだった。


「待て!」


 慌てて飛び出し、大声を張り上げるクロード。

 ジャスティスはその指示通りに静止し、振り向く。

 その時、クロードの眼には、無表情で変わるはずのないジャスティスの表情が、にやりと笑ったように見えた。


『なんだ。そこにいたのか』

「ああ、いたさ。さあ、掛かって来いよ。人一人殺せないへぼパイロットが」

『貴様!』


 不敵な笑みを浮かべながら手招きをするクロードに向かって、軍人は突進を――しなかった。


『なんてな』


 ジャスティスは背を翻した。

 その後ろ姿に向かって、クロードは挑発の言葉を投げる。


「はっ。ジャスティスに乗っているくせに、人間一人すら潰せないで諦めるとか、どんだけ無能なんだよ、お前」

『言ってろ』


 若い軍人のその声は、酷く冷めていた。

 激昂せず、淡々とした返事。


(あ……無理だ……)


 クロードは足の力が抜けるのを感じた。

 その場にへたり込む。

 事実、足はもう限界であり、挑発が成功していたとしても、逃げきれる自信はなかった。

 万策尽きた。

 クロードは中から、魂が抜けて行く感覚を味わった。

 視界がぼやける。

 聴覚も薄れて行く。

 聞こえるのは、自分のぜえぜえという咳。

 見えるのは、汗にまみれて薄ぼんやりとした視界の端に移る、ジャスティス――


『――何だ貴様、もう限界だったのか』

「ああ……戻って来たのか、あんた……」


 もう立つ気力も湧かない。

 クロードはただ、ジャスティスを見上げる。

 闇に溶け込む黒色のボディは、とても強そうに見えた。

 無理だ。

 倒せない。

 そもそも、ただの人間がジャスティスに勝てる訳ないのだ。


 ――


『やっぱり、今は貴様から消した方がいいな』


 ジャスティスから高揚した声が聞こえる。


『残念だったな。家なんかに構っていないでこっそりと逃げていれば、命だけは助かったかもしれないのに』

「……ああ、本当にな。俺は何やっているんだろう」


 クロードは苦笑した。

 本末転倒で、結局は死ぬ。

 どこかの主人公みたいに、いざとなったら助けが来る。

 そんな楽観的なことを考え、あんな余裕を見せていたのが馬鹿らしい。


『……なに余裕を見せているんだ?』

「は?」


 唐突なそのジャスティスからの声に、呆けた声を返すクロード。


「俺のこれのどこに余裕があるんだよ……?」

『どうして口応えできる……』

「そりゃ口があるからだろ」

『どうして泣かない!』


 恐れを抱いた声が辺りに響く。


『どうして叫ばない! どうして命を請わない! どうして――』

「どうして?」



『どうして…………?』



「……笑っている? どこが?」


 クロードは自分の頬を触って見る。

 触れて、気が付いた。

 歪んでいる。

 自分の口角が上がっていた。

 無意識に。

 そして、意識的にしても戻らない。

 まるでもう二度と笑えないから、今の内に笑っておけと言っているようだ。


「ああ、笑っているな、俺……でも、余裕じゃないんだぜ、これ」

『貴様……狂っているぞ……』


 お前に言われたくない。

 そう言い返そうとしたが、もう口の動きすら鈍くなり、発することができなかった。

 そんなクロードに対し、


『貴様……貴様はやはり……』


 若い軍人は恐れの感情を思い切り乗せて言葉を吐き捨てる。



『魔女の息子……【】め……』



(……ああ、そういうことか)


 クロードは心の中で大きく頷いた。

 今まで魔王と面と向かって言われたことはないが、成程、このような状況でも笑っているような狂った奴は魔王であるといわれても、まあ、間違いではない気がする――



(――なんて、有り得ないだろうが!)



 ぎり、とクロードの奥歯が噛み締められる。


(俺が本当の魔王ならば、この状況を引っ繰り返せるはずだろうが!)


 自分が魔女の息子だと言われることを、今まで恨めしく思っていた。

 なのに、今ほどそうであってほしかったと願うことはなかった。


(こんな機械に潰されて……母さんの仇も取ることができないで……ただ、理不尽に殺されるなんて……嫌だッ!)


 急に恐怖心が出て来た。

 叫びたい衝動に駆られた。

 それにも関わらず、クロードは笑みを続けていた。

 強制的に続けさせられていた。

 自分自身に。

 そんな彼は自然と片瞼を閉じながら、思考を続ける。


(ああ……マリーとの別れも中途半端だったな……好きな人に告白すらできない俺の人生なんてちっぽけで……)


 閉じた右瞼に浮かんでくる、彼女の顔。

 だが、開きっぱなしの左眼には、ジャスティスの拳が迫って来るのが見えた。


『貴様はやはり……ここで死ね!』


(言われなくても……俺は……)


 そう諦めの感情で満ちた思考と共に、左眼がゆっくりと幕を下ろすように落ちて行く。



(――!)



 クロードは両眼をカッと見開く。


(こんなみじめな人生で終われるか! 俺は魔王なんだろ! ならばこのジャスティスの腕なんて簡単に砕けるはずだ!)


 願望。

 ただの、無茶な願い。

 それはさらに進化する。


(ジャスティスなんかクッキーみたいな脆い素材だから、俺に当たった瞬間から粉々になるだろうが! ならば簡単だ! 俺は避けなければいい! そしてそこからジャスティスが崩壊して、俺は奇跡的に――)


 眼前には拳。

 距離は数十センチ。

 そこまで来て、クロードは、


「――ッ!」


 両眼を閉じてしまった。

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