第9話 覚醒 08

 ――死ぬ。

 それは別に今日で天寿を全うするなどと占術を口にしている訳がない。

 要するに、殺す、という死の宣告。


「……それが魔女の命令か」

『魔女ではない! だが、アリエッタ様の命令だ』


(……そういうことか。だから急に俺を殺そうとしているのか)


 心の中で頷くクロード。

 しかし、彼の頭の中に新たな疑問が浮かんでくる。

 それを解消するために、彼は違う方向から質問を行う。


「なあ、どうして魔女は俺の家なんか欲しがっているんだ? 資料にするって前々から迫られていたけど、他人にとってそこまで価値があるとは俺は思わない」

『欲しがる? 逆だ』

「え……?」

『貴様と、その家を潰す。それが、私がアリエッタ様から受けた命令だ。魔女の家やその息子など、庶民にとって不安要素でしかないからな。ああ、アリエッタ様は民衆のことを考えていられる、優しいお方だ……』


 うっとりとした声を放っている軍人。それを気持ち悪いと思いながらも、思い返して納得するように小さくああという言葉を放つ。

 クロードを殺すだけであれば、幾ら未知の力があるのだと思い込んで恐怖を感じていたとしても、わざわざ色々とリスクの高いジャスティスを持ち出す必要性はなく、夜中にこっそりと銃で殺害する方法を取るはずである。だから銃では破壊出来ないような大きなもの――例えば家であるとか、そういうものも中の人物もろとも破壊するために、ジャスティスが持ち出されたのだと考えるべきであった。


(……っていうか、考えられないだろう)


 急に家を所望していた人物よりも上の人物がこの家の消去を命じたから、襲撃をした。さらに、その家主ごと消し去る命令を出した。

 魔女の息子だから。

 それが今更クロードを殺そうとしている理由と、今まで執心だった家まで狙われている理由。

 まったくもって、勝手な話。

勝手な話だが、それ故にクロードは命の危機に晒されることとなった。

 しかし、クロードはそれほど焦ってはいなかった。


「優しいかな、それって」

『……何だと?』


 クロードは口元に笑みを浮かべる。


「だってさ、そんなことしたらルード国が批判されることは間違いないでしょう? 仮にも一般人を、しかも自国の兵器であるジャスティスなんて使って過剰に殺害したら、民衆からの批判は絶対じゃないか」

『確かにそうだな』

「そうなれば……」


 そこでクロードはハッとして言葉を区切る。


「お前まさか…………?」

『そうさ。私はこの後に、責任を取らされて処分されるだろう』

「そこまで判っていて何故……?」

『……アリエッタ様が私の名を呼んでくださった……』

「……は?」

『私の名を呼び、命令を下さった。ならばその命には従うしかないだろう。例え、この命が尽き果てようとも』


 若い軍人のその声は、あらゆる意味で気持ち悪かった。

 クロードは苦虫を潰したような顔でその感情を露わにする。


「この狂信者が……」

『うるさい! 黙れ!』


 その怒鳴り声と共に、ジャスティスの拳がクロードに向かって放たれる。


(――速い)


 突然のことだったので思考だけで反応ができず、その場で立ち惚けとなってしまう。


 ドン。


 轟音が響く。

 足元が揺れる。

 真横から烈風。


『くそ。やっぱり難しいな』


 その嘆きの声を聞いて、ようやくクロードはハッとする。

 真横に視線を向けると、ジャスティスの拳が地面にめり込んでおり、直径一メートルはあろう大穴が生成されていた。喰らっては一溜まりもない。


(まずい……逃げなくては……)


 今度は思考と同時に身体が動き、ジャスティスに背を向けてクロードは駈け出す。

 待て、という声が聞こえたが、当然止まるはずもなく走る。


(どうしたらいい……っ!)


 逃げつつ、後ろを振り向くクロード。

 あのジャスティスの目的は、クロードとその家。

 自分の命は当然として、クロードは家も失いたくなかった。

 ジャスティスは、クロードの姿を見失えば、すぐさま家を破壊する方向に行くだろう。また、今は頭に血が上っているから追い掛けて来るのであって、冷静になれば姿を見せていても家の方に向かうであろう。故に、相手の頭を冷やさないようにしつつ、この状況から逃れる術を早めに思いつかなくてはならない。


(……一応方法としてはあるのだが……)


『くそっ! 何で当たらないんだ!』


 若い軍人の怒鳴り声が辺りに響く。クロードは思考を止めないまま、ジャスティスの拳や蹴りをかわしていた。当然クロードの足よりもジャスティスの方が早いのだが、相手が操作に慣れていないことに加え、頭に血が上っていることから、推測をつけて左へ右へと方向転換しながら避けていた。


(だけど……そろそろ限界か)


 肩で息をしながら、クロードは木陰に隠れる。ジャスティスは彼が隠れた所をちょうど見逃したようで、咆哮しながら木々をなぎ倒していく。


『何処だ! 出てこい! 魔女の息子!』

「誰が出てくるか……」


 息を荒げながら、クロードは小声でそう返す。


(いいぞ……そのまま暴れろ……)


 破壊音を背に受けながら、クロードは口の端を歪める。


 勝機が、そこに転がっている。

 それを離さない。

 確率は五分五分。

 死ぬのが先か。

 それとも――『判る』のが先か。

 その分の悪い賭けに命をベットして、ちらと視線を向ける。


 ――だが。


(えっ……?)


 クロードは思わず言葉が出てきそうになるのを寸止めする。

 木陰から視線を向けると、ジャスティスは切り開かれた森の中央で動きを止めており、先程のような咆哮も上げず、小さく、しかしはっきりとこう聞こえた。


『……そういうことか』


(しまった! 『判る』ってのはお前じゃないのに!)


 クロードは焦りを顔に表す。


『あの小僧が……私を謀ったな』


 怒りに戦慄く声。

 だがゆっくりと、ジャスティスは動き出す。



 クロードの――

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