第8話 覚醒 07

 思わず疑問形で呟いてしまったが、無理もない。戦場では無敵を誇り、戦場以外では映像や軍事演習などでしか目に掛からないモノが、まさか郊外にあるクロードの家の近くの森にいるとは思わないだろう。

 そんな、限定された場でしか存在しないジャスティスが、どうしてここに存在しているのか。

 その疑問を持った時には、クロードは答えを導き出していた。


…………)


 ルードはクロードの家を所望し、提供を促していた。だが、クロードはそれを拒否していた。故に、家族や親戚のいない彼を処理すれば、あの家の所有者はいなくなり、手に入れることは今より容易となる。

(命より家が大事かよ、クソ野郎!)

 奥歯を噛み締めながら、クロードは引き続き隠れる。

 ジャスティスはクロードの家に向かって進軍を続ける。しかし家は壊すわけにいかないからそろそろ止まり、パイロットが降りてきて玄関のドアを開けるであろう。


 ――そう思っていたのだが。


(止まらない!?)


 ジャスティスは歩行速度を緩めず、真っ直ぐと進んでいく。

 まるで、目的はクロードではなく、彼の家を破壊するかのように――


「ちょっと待て!」


 思わず木陰から飛び出し、大声を張り上げる。

 そこでようやく、ジャスティスは停止する。


「俺はここにいるぞ! お前の目的は何だ!」


 クロードはジャスティスの頭部に指を向け叫ぶ。


「俺の家を潰したら本末転倒じゃないか! お前の目的はあの家だろ!」

『――そう。目的はあの家だ』


 真上から声が降って来る。

 機械を通したような声は、ジャスティスから発せられたものだった。

 さらにクロードは、その声をつい最近耳にしていた。


「お前、まさかこの前、俺の家に来た軍人の……」

『そうだ。よくもあの時は恥をかかせてくれたな』


 恨めしそうなその声は、クロードに向かって口を慎めと怒鳴った、あの若い軍人のものであった。


「恥をかかせたって……あんたが俺に暴言を吐いたんじゃないか」

『うるさい! その所為で私は部署を異動させられて……』

「その程度で移動させられるなんて、軍も厳しいというか、馬鹿だね」

『貴様! またも侮辱するか!』

「だから言っただろう」


 クロードはジャスティスの顔の部分に向かって睨み付ける。


「そういう言い方は人の神経を逆撫でして、話の収拾がつかないって」

『……ふん。収拾など付けなくて良いのだ』


 若い軍人は鼻を鳴らす。


『もう貴様に媚び諂う必要などないのだ』

「最初から諂ってなんかいないくせに……あ、そういえばいいのか?」

『何がだ?』


 クロードは人差し指を下に向ける。


「ここ、街外れとはいえ一応は街の一部。外れとは言っても、当然含まれるのだから。そこのところ判っている?」

『馬鹿にしすぎだ!』

「ならばどうして、こんな所までジャスティスなんかで来ているんだ? 明らかな軍令違反だろう」

『軍令違反か……はっはっは』


 何故か大笑いをする若い軍人。


『馬鹿め。これは軍令違反どころか、!』

「……へえ、そうなんだ」

『信じていないな貴様。だが考えてみろ。私一人だけでジャスティスを持ち出せると思うか?』

「ああ、確かにそうだな」


 口ではそう言いながら、クロードは全て判っていた。

 故に、探っていた。

 その命令は、一体誰から発せられたのか。

 どういう理由で、穏便な手段ではなく、急に自分を殺すようになったのか。

 もっとも、前者は若い軍人自身も恐らくは口にしないだろうと当たりをつけ、後者のみを聞き出そうとしていた。

 と。

 そこまでは雄弁な兵士の語りを聞いていたクロードだったが、


『アリエッタ様直々の命令だからこそ、私はここにジャスティスを持ってこられたのだ』

「……は?」


 そこで初めて、彼は本心からの疑問の声を上げた。前者の方を答えてもらったことに対してということもだが、それよりも――


「ちょっと待て。アリエッタって……あの『』のことだよな?」

『貴様! また!』

「あいつって、確か陸軍の最高責任者だよな。何でそいつが……」


 相手の激怒を遮ってクロードがそう唸ると、軍人は、ふ、という息を漏らして得意げに答える。


『アリエッタ様は来週に式典をなされる。そのため既に極秘にアドアニアに来られているのだ』

「おいおいおい。極秘に来ているってことを、俺なんかの一般人に漏らしていいのかよ」


 阿呆にも程がある。それとも企業倫理がしっかりとしていないのかな。まあどちらにしろ、ルード政府側もこの行為については許さないだろう、などと嘲笑を向けると、


『構わない』

「へえ。軍の機密も随分と軽くなったねえ。」

『軽口を叩くがいい。何故なら貴様は』


 そこでジャスティスの眼が、不気味に赤く光る。



!』

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