第5話 覚醒 04

 扉を閉めた直後、彼はすぐに鍵を閉めると台所に向かい、蛇口を捻ってコップに水を入れる。


(……ああは言ったけれど、多分、俺の家にあれだけ来たのは、世間体で武力行使を用いられないから、精神的に追い詰めるしかなかったんだよな)


 武力行使が用いられない理由は二つある。

 一つは、クロードが魔女の息子、つまりは魔王であると思い込んでいるから。

 ルード国の者は何故かクロードの母親が魔女であると強く認識しており、今まで彼の家に来た軍人は皆怯えた様子で、彼どころか家に触ることすらしなかった。先程クロードに対して怒鳴った者も、彼が睨み付けると厳格だったその表情を歪め、あっという間に青ざめて涙すら浮かべていた。勿論クロード自身に魔法のような荒唐無稽な力はなく、実際に見たこともないのに馬鹿だなと、ほとほと呆れているだけだった。

 二つ目はそんな彼の事情もあって、良い意味でも悪い意味でも彼の家は注目されているということである。

 近所の人々はクロードのことを村八分にしているとかそういう訳ではなく、むしろ好印象を残していたクロードの母を魔女だと呼んでいることに苦笑いするくらいであり、残された彼に対しても気を使ってくれていた。度重なる軍人の来訪に文句を言ってくれる人もいたが、迷惑を掛けるまいとクロードは大丈夫と笑ってそのような支援を断っていた。唯一、最後まで折れなかったマリーの家族だけにはお世話になっているが、それ以外にも直接的な世話はないのだが、気にかけてくれている人は何人かいる。そんな中で暴力的な手段を取れば、その人達の反感を生み、一気にルード国の評判を下げるだろう。因みに、その知り合いの中にはある程度の知名度を持った作家もいることが、彼の強みとなっている。

 そういう事情もあって、軍人はクロードに手を出せないのである。


「……結局俺を守っているのは、母さんが魔女であるという戯言なんだよな」


 喉を鳴らして水を飲みほし、音を鳴らしてコップを強目に置く。


「だからこそ、俺は母さんが魔女だということを認める訳にはいかない。認める訳がない」


 力強くそう言い放ち、クロードは窓の外を見る。軍人達の姿はすでになく、少し耳を澄ませてみても音はない。どうやら本当に撤退したようである。

 それを確認すると、クロードはカーテンを閉め「さて」と顎に手を当て悩む。


「晩御飯はどうしようか?」


 先の出来事はいつものことなので大して動揺もせず、頭をすぐにどうでもいいことへと切り替えて台所へと向かった。

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