第4話 覚醒 03
◆
マリーを家まで送り、その母親から煮物を渡されたクロードは、晩御飯のメニューについて考えながら、虫の囁きを耳にしつつ舗装されていない道を上り、街からかなり外れた山の中にある木造の一軒家まで辿り着く。あまりにも人里から離れており、誰も住んでいないだろうと思われがちなその家では、他に兄弟がいないクロードが一人で居住していた。
にも関わらず――家の前に、幾人かの姿が見えた。
具体的な数字で言えば、五人。
(ルードの軍服……またか)
クロードはやれやれと首を振って、深い溜め息を吐く。こういうことは一桁では数え切れないほど経験があり、その全てが同じ理由であった。
「ここは魔女の家なんかじゃありませんよ」
クロードはそう言って、軍服の男達に近づく。彼らは一斉に振り返り、そして瞬時に一歩後ずさりする。それを見て、クロードはもう一度溜め息をこれ見よがしに吐く。
「ったく、俺の母さんが魔女とか、そっちが勝手に捏造したことじゃないか。それで俺は魔女の息子だから危険とか、何の論証も論拠もないことで毎回毎回来られると迷惑なのですよ」
少し怒りを含めた声でクロードが言うと、軍服の男達の中で恐らくは一番上の立場であろう、帽子から白髪がはみ出している老兵が「失礼いたします」と頭を下げる。
「この度は勝手ながらお訪ねさせていただいて、申し訳ありません。私、ルード軍大佐のジェラスと申します。本日はあなたに用が――」
「ついに大佐クラスまで来たか……でも、どうせいつものあのことでしょう?」
話を遮り、クロードはうんざりとした表情で五人を見る。
「お断りしますと言っているのですから、いい加減、どんな方が来ても応じる気がないということを悟ってください」
「ですが、話も聞かずに――」
「聞かないでも判るでしょう?」
苛立ちをあからさまに態度に現して、クロードは言葉を吐き棄てる。
「誰が自分の家を資料として寄贈しろなんて話に同意するんですか」
クロードの家は魔女の家として、ルード側から度々、資料として買い取らせるように交渉に来ていた。それに対し、自分の生家なのでいくら積んでも心は動かない、と彼は断っている。だが、相手は一向に止める気配がないようで。
「それでも、もう一度お願い致します。今回は少し事情があって……」
「事情?」
「はい。実は来週、アリエッタ元帥がアドアニアに来られるのです」
老兵が口にしたアリエッタという人物は、ルード国大統領の長女でありながら、権力に頼らず自らの腕で陸軍のトップまで上り詰めた実力者である。しかし、彼女は二〇代前半、かつ美人であるため、人々からは密かに呼ばれている別名がある。
その名称は――
「アリエッタって……『魔女』のことか?」
「貴様! 魔女の息子が口を慎め!」
軍服の中でも若い男が怒声を張り上げる。
「……ああ、そうですか」
クロードはこめかみを少し動かし、声を発した人物を睨み付けた後、
「では話は終わりです。さようなら」
耳を塞いで男達の真ん中を通り過ぎ、家の扉に鍵を差し込む。
「ま、待って下さい」
老兵が慌てて声を掛けるが、クロードは取り合わない。
「待たないですよ。俺は口を慎めと言われましたから、話すことなんかないですよ。人の親は魔女だと平気で言って、自国の偉い方が同じように言われると憤慨するような、そんな相手の気を逆撫でするような人に対しては」
「それについては謝罪を――」
「すぐするべきでしたね。あと、もう一つ」
家の中に入って扉を閉めながら、クロードは言い放つ。
「交渉は一人で来るべきでしたね。多人数で圧力を与えるなんて俺には意味無いし、こんな部下もいましたし、逆効果でしかなかったですね」
「待っ――」
「さようなら」
クロードは扉を閉め、軍服姿の男達の姿を視界から消した。
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