第3話 覚醒 02

    ◆




「本当に馬鹿だよな」


 アドアニアの中心都市――【カーン】。

 まるで選挙演説のように必死にウルジス批判を道行く人に訴えている市民団体を横目で見ながら、学生服に身を包んだ少年は肩に掛かる程度の少し長めの黒髪の先を人差し指と親指で挟みつつ、明るめな容姿とはちぐはぐしている言葉を小さくそう吐き捨てた。


「駄目だよクロード。そんなことを言っちゃ」


 その横で、腰まである美しい紅髪を後ろで一つに纏めた、その髪と同様に美しい面持ちの少女、マリー・ミュートが手を当てて耳打ちをする。


「クロードが政府を恨んでいるのは知っているけどさ、でもここで言うのは流石に……」

「ということはマリーも思っているって訳だよな。ウルジスを恨むのはお門違いだって」

「だから駄目だって」


 クロードの口元に掌を押し付け、方向転換をするマリー。彼女は少し離れた所までクロードを連れて行くと、全く、と呆れた様に深く息を吐く。


「クロードは何にでも喧嘩売って……」

「あっはっは。ごめん。でも絶対にマリーが止めてくれるだろ?」

「私に苦労掛けさせないでよ」


 そうマリーは頬を膨らませてそっぽを向きつつ、


「……でも、クロードがルードを恨む理由は知っているからね。思わずそう言っちゃうのも判るよ。実際、私もおばさん、大好きだったからそう思っちゃうし……」


 マリーの母親とクロードの母親は親友であり、故にマリーはクロードと幼い頃から親交があり、家は離れていたが長い間の付き合いとなっている。母親を失ったクロードがここまで生きてこられたのも、マリーの家族の助けがあってのことである。


「ま、政府は金だけは出してくれるからな。こんなんで打ち切られたら俺、暮らして行けないしね。ちょっとは抑えるよ」

「……うん」


 曖昧な表情で小さく言葉を返すマリー。恐らくクロードの状況を考えたなら自制させるのは苦なのではないのかという葛藤があるのだろう。そう推察したクロードは感謝の意も込めて、彼女の頭を撫でた。


「な、何?」

「ありがとな」

「……うん」


 今度の頷きは先程よりも小さかったが、しかし、彼女の頬には少し赤みが増していた。

 街の真ん中で、少年が少女の頭を撫でているその図は非常に目立ち、


「お、クロードとマリーじゃねえか」

「相変わらずお熱いね」

「早く付き合っちゃえよ」

「つーかあれで付き合ってないとかありえなくね?」


 たまたま通り掛かったクロードの悪友達が囃し立てる。クロードは慌ててマリーの頭から手を放し、顔を赤くして彼らに言葉を乱暴に投げる。


「うるさいなあ。つーかお前ら、揃って何してんだよ?」

「今から街に遊びに行くんだよ」

「そうだ、クロードも行く?」

「バッカ。クロードが行く訳ねえだろ」

「少しは空気読めよ」

「そうだそうだ。空気読めよ」

「お前が言うかクロード」

「いやいや、正しいだろ」


 どっ、と大笑いをする悪友達とクロード、そしてマリー。


「いいよクロード。私のことは気にしないで行ってきなよ」

「うーん……でもいいや」


 クロードは手を合わせて、


「ごめんな。今日は行かねえや。また今度誘ってくれ」

「おお。ついにクロードが彼女を選んだぞ」

「いいぜいいぜ。今まで来た方がおかしかったんだしな」

「また来週もやるつもりだから、そんときゃ来いよ」

「おうよ。すまんな。またな」


 手を振って、一同を見送るクロード。その横で、マリーが憂いた顔で訊ねる。


「良かったの? 行かなくて」

「今日は乗り気じゃなかったしな」


 クロードは肩を竦める。


「それに、あいつらと遊びになんていつでも行けるけど、一緒に帰るなんて、お前に彼氏ができたらできないだろ?」

「できるよ」


 マリーは即答する。それに仰天したクロードは、溜息と共に言葉を吐く。


「お前な、それは彼氏に失礼だろ」

「失礼じゃないよ」

「いやいや、彼女が他の男と帰っていたら誰だって嫌だろ。そこはできないと答えておけ」

「だって本当だもの」


 何故か上機嫌の様子で、マリーは足早に先へと進んでいく。クロードは首を捻りながらも、ゆっくりとその後ろを付いて行く。

 そこでふと、彼は視線を上に向ける。

 今日の空は済んだ蒼で包まれ、いつもとほとんど変わらなかった。


(いつもの空、か……)


 クロードは嘆息する。


(結局、こんなだらだらとした生活を続けて、しかもそれに心地良さを感じているんて、少し悔しいな。……でも)


 彼はマリーの背中を見ながら、小さく言葉を落とす。


「……こんな生活が続くなら、変わらなくてもいいか」


 その時の彼の頬は、自然と緩んでいた

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