外伝 剣豪が生まれた場所 -03
そこから、キングスレイはスティーブと共に暮らすことになった。強引に彼に引き取られた形だ。
スティーブには妻はいたが、子供はいなかった。だから引き取った時に妻には「おーい! でっかい子供見つけたぞ!」なんて
その妻の方も「あらあらいらっしゃいー」と穏やかな様子ではあったので、気が合う夫婦なんだな、とキングスレイは感想を抱いたものだ。
部屋を一つ与えられ、本当に家族同然に暮らした。
キングスレイは一向に彼らを家族ということを認めず、親友として接しはしたが。
だが、キングスレイはいち軍人だ。
戦場に出なくてはならない。
それも何度も。
だから家を空けることも多かった。
しかしながら、彼は戦場の最前線に立ちながらも生きて帰ってきていた。
しかも、かなりの功績をあげて。
一騎当千。
一人旅団。
人間の形をした戦闘兵器。
様々な呼ばれ方をしたが、その一因となったのはスティーブのせい――いや、おかげだ。
スティーブの鍛冶屋としての腕は本物で、しかもかなり優秀だった。
普通の剣では成しえないことを何回もやってきた。
人を何十人も斬ったり。
弾丸を斬ったり。
戦車を斬ったり。
それはキングスレイが望んだことで、スティーブはそれに文字通り応えた。
しかしながら……
「スティーブ。また剣が折れたぞ」
「おめえはただいま代わりにそれを言うのかよ!」
キングスレイが戦場から帰ってくるたび、彼はそういってスティーブの家のドアを叩くのだ。
「まじかよ! 俺の最高傑作の剣をこうまでくっきりと折るってどういうことだよ!? ああ!? どんな使い方してんだよ!?」
「戦車三十台くらい斬ったら折れた」
「そりゃ折れんだろうが! つうかよくそこまで持ったなおい!?」
規格外のキングスレイの攻撃に、未だに付いてこられる剣は無かった。
「なあスティーブ。そろそろ人を何人斬っても銃弾を何回弾いても戦車を何台斬っても斬れ味が鈍らない剣が欲しいのだが」
「おめえはマジカルステッキでも欲しがってんのかよ!?」
剣は道具だ。当然摩耗する。
キングスレイが手入れを怠っているとは思えない。
ただ単に、手入れするよりも摩耗が激しいだけなのだ。
「スティーブなら出来る。信じている」
「もうちょっと感情込めて言えよ!」
「頑張れ、親友」
「おう! ちょっぴり感情入ったな」
「負けるな親友。きっとスティーブなら物理法則も超えられる」
「おう! 任せ……お前さ、やっぱり物理的に不可能って分かっているんじゃねえか」
「当然だろう。俺がそんな常識ないように見えるか?」
「見えるな」
「――ねえ奥様?」
キングスレイがスティーブの後ろにいる彼の妻に声をかける。ほんわかとした雰囲気の彼女は、のほほんとした声で「そうねー。いい子よー」と答える。
「ほら」
「どうして誇らしげなんだよ!? というか質問に答えてねえだろ!」
「でも実際の話、スティーブが剣を作ってくれる度にどんどんと性能は上がっていっている」
何度も剣を打ってもらい、戦場に出る。
その度にキングスレイの成果は上がっていく。
同時に、彼自身が持っている剣も、その功績に答える働きをしている。
「……まあな。色々とお前に合わせるように工夫しているからな」
「感謝している。俺の命があるのはスティーブのおかげだ」
頭を下げるキングスレイ。
「おい! そういうのやめろよ! というかお前自身の技量も上がっていることも確かだろ!」
「いい剣があれば自身も向上できる。だからスティーブのおかげであることは変わらない」
「う……そういうこと言うなよな! 恥ずかしいから!」
「感謝の気持ちとして、剣に『スティーブ』という名前を付けている」
「ってことは毎回お前は俺を折って帰ってきてやがんじゃねえか!」
「折れない
「折れた剣達に俺の名前を付けるのをやめろ!」
「じゃあ折れない剣なら名前を付けてよいのか?」
「え? あ、うーん……まあ、いいんじゃね?」
「分かった。じゃあ
「ようし、じゃあ俺、頑張って俺を作っちゃうぞぉ……ってなるかよ!」
「あらー、スティーブは一度も折れたことないわよー」
「何の話をしているんだよ!?」
スティーブが妻にそう怒り声を上げると、彼女は、あはは、と笑い声をあげる。
「お仕事の話ばっかりしていないで、帰ってきたんだからゆっくり休みなさいな、キングスレイ君。お風呂も入っているわよー」
「ありがとうございます」
「ついでにお前さんも入ってきたらどう? キングスレイ君の新しい剣、作っていたんでしょ? 汚れているわよ」
「あ、てめえ! 何言ってんだよ!」
「あら、これは秘密だったかしら。うふふふふ」
「秘密っつーか……まあ、いいわ」
はあ、とため息をつくと、スティーブは唇を尖らせてキングスレイを見た。
「……言っておくが、他の鍛冶仕事のついで、だぞ?」
「分かっているよ。今日帰ってくるなんて言っていなかったから、ただの偶然だってことは」
本当は嘘だった。
彼がこの日に帰ってくることは確かに言っていなかったが、
それでも新しい剣を何よりも優先的に作り上げてくれていることは分かっていた。
妻の方も、いつでもすぐ休めるように風呂の準備をしてくれたのだ。
2人も、自分のことを本当に大切に思ってくれている。
それが何よりも嬉しかった。
そう顔を綻ばせていると、「そ、そうかよ……」とスティーブは頬を掻く。
「あ、そういえばさあ、新しい素材ってのが入手出来そうなんだわ」
「新しい素材?」
「そうだ。何をやっても割れなくて、何をやっても加工できない……いわゆる『魔石』ってやつだな」
「……そんなものが現実的にあるのか?」
「分かんねえ」
さっぱりと彼は言った。
「だが知り合いの伝手でそういうの入手したって情報があってな。なんか異様に輸送に時間がかかるらしいからいつ届くかは分からんけど、持て余しているから剣の材料にでも何でも使っていいってさ。
だから金もそんなに掛かってねえさ」
「……何故輸送に時間が掛かるんだ?」
「さあ。ただ噂ではこう言われているらしいぞ」
人差し指を立て、彼はおどろおどろしく言う。
「――『人の命を吸う』、ってな」
「人の命を吸う?」
はっはっは、とキングスレイは嘲りも含めて笑う。
「そんなものがあったら本当に『魔石』だな。確かに持て余すし厄介だな。スティーブ、そんなもの入手してどうするんだよ?」
「勿論、お前の剣の材料にするんだろうが」
ニッと彼は笑う。
「命を吸うとかそんなのは信じてねえ。だが何をやっても『割れない』ってのは即ち――『折れない剣』になるだろう? それは、お前が望んだ剣じゃねえか」
確かに望んだ。
望んだし、依頼した。
「だが、さっきも言っていたが『加工も出来ない』ってことだろう? どうするんだ?」
「さあ? 来てから色々試してみるさ」
「試す、か……それにもし万が一、それが本当に命を吸う魔のものだったら――」
「なんだよ。そんな非現実的なこと信じているのかよ!」
がっはっはと豪快に笑うスティーブ。
しかしその反面、キングスレイの顔は晴れなかった。
それを見るなり、彼は鼻で笑う。
「ま、そうだとしても命尽き果てるまで俺は剣を打つだけさ」
だってよ、とスティーブは自身の胸を叩く。
「俺は鍛冶師だぜ? だったら世界最高の剣を作れたら、それはそれで鍛冶師冥利に尽きる最高の幸せじゃねえか。だから命を懸ける価値なんて十分にあるぜ」
「……」
呆れ。
――いや、違う。
正直に眩しかった。
彼がそう自信満々に言い切る様子は、キングスレイにとってある種の羨ましい感情であった。
自身はそこまで、何かに打ち込めているだろうか?
戦場に立って功績をあげる。
その先で何がしたいんだろうか?
スティーブのように――胸を張れるのだろうか?
「つーわけでよ、お前に頼みたいことがあるんだわ」
と、そこでスティーブは一歩前に出る。
「世界最高の鍛冶師――つうか世界最高の剣になるには、使い手も世界一にしなくちゃいけねえ。
つまり、だ」
そして彼はキングスレイの胸に拳を合わせ、こう言った。
「おめえは世界一の剣の使い手――剣豪になれ」
「剣豪……」
「そうすりゃ俺が世界一の剣豪の剣――つまり世界最高の剣を作ったってことになるんだからよ!」
目を輝かせて歯を見せるスティーブ。
そのまっすぐな言葉に困惑していると、
「キングスレイ君、受けなさいなー。この人、私にも『世界一の鍛冶師の妻になってくれ』ってプロポーズしてきたんだから。ある意味決め台詞なのよ」
「うううううううっさいな! そんなのバラすんじゃねえ!」
スティーブが顔を真っ赤にさせて妻を追いかける。妻は「きゃー子供ができるー」と嬉しそうに逃げ回る。
そんな二人の平和な様子を見ながら、キングスレイは言われた言葉を噛み締めた。
自分がやりたいこと。
やるべきこと。
熱がなかった自分の目標。
それを提示してくれた、スティーブ。
「……うん。決めた」
キングスレイはとっつかみあいを始めた2人には聞こえない声で、でも確かに意思を込めて口にした。
「俺は世界一の剣の使い手――剣豪になる」
……ここからは口にしなかった。
そして2人を世界最高の鍛冶師とその妻にして見せる。
それが彼らへの――感謝の気持ちだ。
――これが。
キングスレイが後に剣豪と呼ばれるまで、剣の道を研鑽した理由であった。
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