外伝 剣豪が生まれた場所 -02
◆
キングスレイ・ロード。
一般兵として戦場にいた彼は、こうして頭角を現した。
絶体絶命の状況での窮地を救う――まさに救世主となった彼は、このまま崇め奉られ――はしなかった。
彼は今、ルード国の捕虜収容所にいた。
しかも、捕まる側として。
「……むう」
さすがに敵兵とは一緒ではない個室ではあったが、彼はじっと座っていた。
座り方はとある島国、ジャアハン国での作法と呼ばれる「正座」であった。
そこでは「サムライ」という存在がそのような座り方をしていると聞いたので、実践してみたのだ。
そして先の唸り声である。
「これは……なかなか背中と足に効くな。いい修行になる」
彼はへこたれていなかった。
ここに収容されたのは、完全に理不尽な結果であった。
味方の窮地を救ったのに、上の方が判断したのは「重大な命令違反」。
命よりも命令を守れ、という判断に、現場の士気はなおさら落ちたのは言うまでもない。
だが、彼を救おうとするものはいなかった。
感謝しているものはいたが、それよりもみな、恐れたのだ。
戦車十台、兵士五百人をなまくら刀で倒していったその存在に。
――人の姿をした悪魔だと。
「まあ、そのうち出られるだろう」
その人の姿をした悪魔は、あくまで呑気にそう考えていた。
精神面も彼は青年のレベルを超えていた。
自分が戦力としてルード国の役に立つことを存分に理解していた。
その上で、悩むところがあった。
「しかし……俺を補給部隊なんかに送るのだからこうしろということだと思ったのだが……上の考えることはよく分からないな」
彼は上の命令で、補給部隊に一般兵として混ざっていたのだ。
――いや、厳密にいうとそれは少し違う。
彼は厄介払いされたのだ。
最終兵器として隠す、といえば聞こえはいいが、あまりに強く、前線で暴れさせると他の人間が恐怖を抱いてしまう程に持て余してしまう。単独での強さは逆に兵力全体を押し下げてしまう――そう判断されたからこそ、戦闘がないと思われた補給部隊の方に回されたのだ。
結果的には逆効果であったのだが。
そもそも、そういう意図だったら彼を戦闘に出させるべきではなかったのだ。
どこかしらの戦場にいけば、彼は必ず頭角を現す。
むしろ頭角を現さない方がおかしい。
上の判断は合っていたし、間違っていたのだ。
しかしそんな意図を、その頃の彼は全く理解していなかった。
「ふむ……これから政治の勉強もしなくてはいけないか」
「――おうおうおうおう。兄ちゃん、そいつはまだ必要ねえんじゃねえか?」
そんな声が、突如彼の独房に響く。
正座して一人瞑想に集中していた彼は、はっと顔を上げる。
そこにいたのは、金髪の長い髪を後ろで一つに束ねた、無精ひげの男であった。年は30後半くらいだろう。
彼はにやにやとした笑みを浮かべている。
「……誰ですか?」
「ああ、ただの通りすがりの武器屋……つうか鍛冶屋だな」
「鍛冶屋……?」
なんでここに鍛冶屋が――と疑問を持って眉を潜めると、金髪の男の笑みが深くなる。
「おう。ちーっとばかし上に顔が利くんでね。すっげー剣士がいるってことで顔を見たくなったのさ。元気か?」
「体調は悪くはありません」
「ひでえよな。何で個室に入れられてんだか、俺にはさっぱりだわ。強いのはいいことだってのにな」
つーわけで、と男は牢屋の鉄格子を握り、隙間から顔を突っ込むほどに近づくと、キングスレイにこう問いかけた。
「お前さん、今、何が欲しい? 何でもいいぞ!」
「俺が今……ほしいもの? 何でも、って、言えばくれるのですか?」
「ああ、何でもだ! 抽象的なものでもいいぞ!」
男は手を広げてくるりとその場で横に一回転する。
見るからに怪しい男だが、どうやらおとぎ話に出てくるランプの魔人ではないようだ。
なんでもは無理だろう。
ならば――とその問いに、彼は逡巡した後、こう答えた。
「――剣だ」
「……およ?」
金髪の男は目を丸くした。
「お前、今捕まっているから『自由が欲しい』とか『俺に文句を言わせない地位が欲しい』とか『お腹すいているからとりあえず飯が欲しい』とか『願いを10個に増やしてほしい』とかあるだろう?」
「別に願いの個数制限はしていないでしょう」
「あ、そうだった……」
「それに、先の答えが俺の本心ですよ」
キングスレイは淡々と答える。
「戦場にあった剣は脆く、すぐに壊れてしまいました。切れ味も悪くなり、何度も何度も変えました。これでは戦闘に集中できません。俺が優れた使い手だとは言いませんが、少なくとも優れた剣が欲しいですね。すぐに壊れない剣が」
「それは俺が、鍛冶屋、って名乗ったからか?」
「名乗ってくれたからこそ、あなたなら実現できるのではないかと思ったのです」
キングスレイはそこで初めて、口元を緩めた。
「『ちーっとばかし上に顔が利く』のでしょう? ならそれくらいできますよね?」
「……」
キングスレイのその言葉に男は一瞬だけ呆けた顔になると
「あっはっは! ちげえねえちげえねえ! そんな返しは予想外っていうか見当違いだよ! 本当に政治を勉強した方がいいな、お前!」
そう言って彼はポケットに手を突っ込むと、そこからカギを取り出した。そしてそのまま彼を閉じ込めていた牢屋を開錠する。
「やっぱ狂ったやつはおもしれえわ。気に入った!」
「……いいのですか? こんなことを勝手にして」
「勝手にやってもいいほど、『ちーっとばかし上に顔が利く』んでな。なっはっは」
男は手を差し伸べる。
「俺のところに来い。最高の剣を仕上げてやる。お前、身元ないんだってな?」
「……ええ。まあ。いわゆる戦争孤児ってやつですので」
キングスレイは独り身だ。
幼い頃、家族を戦争で失った。
親戚などの身寄りもないので待っている家族もいない。
だからこそ、こうした命を懸けた無茶な行動も出来るのだ。
「なら俺が身元引受人だ。今日から俺が家族だ」
「家族はお断りします」
「何でだよ!?」
「家族は繋がりが強すぎて、戦闘に集中出来なくなります。いないからこそ、私はここまで剣の道をある程度上ってこれたのですから」
心配してくれる人がいなかったからこそ、限界を超える特訓ができた。
それこそが強みであり、それを失うわけにはいかない。
キングスレイの矜持であった。
「だったら――親友だ!」
男はニカッと笑った。
「親……友……?」
「お前友達いねえだろ?」
「失礼なこと言いますね。まあ、いませんが」
「だったら俺が今から親友だ! 年もちーっとばかし離れているが、まあいいだろう。で、親友だったらあくまで他人だから一線引けるだろ?」
「……」
キングスレイは考え込む。
「……まあ、それなら」
「よおーっし、決まりだ!」
男はガッとキングスレイと肩を組む。
そんな男の行動に面を食らうと同時に暑苦しさを感じながらも、キングスレイはどこか安心できる要素も見出していた。
彼はいいやつだ。
牢屋からいきなり連れ出すような破天荒ではあるが、裏表がなさそうで信頼が出来る、可能性が高い。
そうかどうかは、これから見極める。
政治のことだって学んでやろう。
自分はまだまだ――未熟なのだから。
「……そういえば」
「ん? どうしたよ?」
「結局、あなたの名前を聞いていませんね」
「ああ、ああ、そうだったな! っていうか敬語やめろよ! 親友なんだから」
「でも……」
「でももかももくもも何もない! そうじゃねえと名前教えねえぞ!」
よく分からない理屈ではあったが、本当にこのままでは教えてもらえないと思ったので、キングスレイは「……分かったよ」と砕けた口調で答えた。
すると彼は「そうそう。それでいいんだよ!」と彼の頭をワシワシと撫でた。
「で、耳かっぽじって聞けよ。俺の名はな――」
彼は笑みをさらに深くして告げる。
「スティーブ。スティーブ・エメルソンだ。よく覚えておけ。これからお前が一生忘れない名になるんだからな」
スティーブ。
彼が口にした通り、キングスレイは一生涯、彼の名を忘れることはなかった。
これがキングスレイと、親友であり、あの伝説の魔剣を作り上げた鍛冶師のスティーブのと出会いであった。
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