20万PV記念 外伝
外伝 剣豪が生まれた場所
外伝 剣豪が生まれた場所 -01
それは、クロードがルード国に戦いを挑んだ時より半世紀以上前のお話――
とある戦場があった。
それはルード国とウルジス国の戦場。
阿鼻叫喚と大砲の音が木霊する。
「ふざけるな! 何が守れだ!」
戦場の最前線で一人の将官が、悲鳴に近い声を上げる。
伝令班の男が届けた言葉に、そのような反応を返したのだ。
悪いのは伝令班の男ではない。
だが、それでも彼に対して非難めいた言葉を発してしまったのだ。
「堅守のルードだなんて……いつの時代の話をしているのだ……っ!」
堅守のルード。
それはルード国を表す表現の一つとして、他国からまことしやかに囁かれていた。
しかしながら時代は変化し、大国ウルジス国が導入した戦車や銃などの最新武器の前では、もはやその『堅守』という意味が嘲りの言葉となっていた。
上は守ることしか考えない。
守ればどうにかなると思っている。
そんな思想にいつだって困るのは最前線にいる若い部隊だ。
「戦線を維持しながら後退するな、補給物資を待て、いつ来るかわからない……どうすればいいというんだ……っ!」
将校の言葉に周囲の人間の士気が下がる。
当たり前だ。
自分達の指揮官が絶望した顔でそのようなことを口にしているのだ。ならば自分達がどうしていいのか分かりはしない。しかも相手の人数は、ここから見る限り大多数。十台以上の戦車、そして戦闘兵も五百人は下らないだろう。そんな相手に対し、こちらは碌な武器もなく、地形の岩陰に隠れて怯えているだけ。
絶望は伝染する。
誰一人して希望など持てていない。
守れ。
自分を守ることすらできない。
きつい。
死にたくない。
生きたい。
でも、どうやって生きればよいのだ?
疑問と混乱と困惑がルード軍内に駆け巡る。
と、その時だった。
「上官殿、よろしいでしょうか?」
一人の若い黒髪の男がそう声をかけた。
中肉中背でこれといった特徴のない男。
「なんだ!?」
「いえ、お願いがあるのですが……」
激高する将官に対し怯む様子もなく、彼はこう続けた。
「生きたいので、相手と戦ってきてもよいでしょうか?」
「……はあ?」
将官は呆れて物も言えなかった。
と同時に少し冷静になった。
――ついに、気が狂ったやつが出てきたのか、と。
戦場にいれば少なからず気は狂っていく。
そんな奴らを一人一人相手にしている暇はない。
気が狂ったら、そのままでおしまいだ。
そして、将官も少なからず狂っていたのだろう。彼に笑ってこう言い返していた。
「いいだろう。やれるものやってみろ」
「了解いたしました」
しかし彼は将官の言葉を真正面に受け、そこらへんに落ちていた剣を一つ手に取った。
「は……? 剣……? 銃じゃなくて?」
圧倒的な武力は銃だ。落ちている通り剣も少しは戦場の武器として活躍する場面がある。
だからといってそれを選ぶのは、愚かとしか言いようがなかった。
「では行ってまいります」
だが男は一礼すると、銃弾飛び交う戦場へと飛び出していった。
「あいつ死んだな……」
「馬鹿だな」
「けけけけけけ」
周囲の兵士達が嘲りの言葉を掛ける。
彼らも狂いつつあったので、飛び出した男の無謀さを笑い、自分の心の安寧を保っていた。
男がいつ死ぬのか。
それを心待ちにする、異常事態。
それが、彼らの一つのエンターテイメント。
狂ったエンターテイメント。
――しかし。
時間が過ぎていくごとに彼らは目を疑った。
一向に男が倒れないのだ。
むしろ先程から妙な音が聞こえてきているのだ。
ガキン! ガキン!! ガキン!!!
まるでそれは、剣で銃弾を弾いているような音。
いや――まるで、ではない。
実際に男は弾いているのだ。
戦場で。
その身一つで。
その辺にあった剣一つで。
――幻を見ているかと思った。
男は飛び交う銃弾を切り、戦場を荒らしまわっている戦車を一閃して破壊し、
目にもとまらぬスピードで走り回る。
相手からしてみればたまったものではないだろう。
たった一人。
たった一人なのだ。
剣が折れたら戦車の破片を手に取ってそれを剣代わりにする。
落ちているナイフがあったら即座に手に取り、武器にする。
それらを繰り返し、彼は一つの伝説を作った。
戦車十台。戦闘兵五百人。
それらを相手に、一人で文字通り一騎当千し、勝利した。
平然とした顔で戻ってきた彼に、仲間たちは様々な表情を見せた。
英雄視して称える人。
驚きで何も言葉を口にできない人。
もはや笑い声しか上げられない人。
あまりにありえない光景に自殺を試みる人。
その中で将官は怯えた眼差しで、こう呟いた。
「ば……化物め……」
勝利を称えることでもなく、戦場を切り抜けたことでもなく、怯えと恐れ。
目の前にいる存在への恐怖心。
化物。
剣一つで切り抜けた彼についた最初の字名はそれだった。
キングスレイ・ロード。
後のルード国総帥となる男は、こうして戦場で生まれ落ちたのだった。
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