エピローグ

第413話 エピローグ

    ◆



 とある国、とある地方。

 緑が生い茂り、空気も澄んだその地域は避暑地として最適であり、独特のゆったりした時間を過ごす人が多かった。余生をその場所でゆっくりと、趣味で農作物を生産することでのんびりと暮らす人も多い、そんな地域だ。

 穏やかなその地方の、外れにある丘の上。

 景色が一望出来るその場所に、木造の一軒家があった。

 ――まるでつい最近建てられたような、綺麗な家が。


「……いい天気だな」


 がっしりした体躯の男性が空を見上げて呟く。

 彼には右腕が無かった。

 日常生活には不便ではあるが、それでいい、と彼は言い切った。

 彼はもう、刀を握る必要が無いのだから。


「こんな時には走り回りたくなるわね」


 短髪の――いや、昔よりも少しだけ髪を伸ばした彼女がそう続く。


「走ってもいいですけれど、あの大佐さんを見送った時みたいに盛大に転ばないでくださいよ」

「そうっすよ。あの時は盛大に転んでパンツ見せびらかしていたんでもう一度やってもいいっすよ。今日のパンツは何色っすか?」


 穏やかな表情の黒い髪の少年が彼女に忠告し、その傍らにいる白衣を着た金髪の少女が、にししと笑いながら煽りの言葉を掛ける。


「あ、あの時のことを言うなぁー!」

「ゲッ!? 何でそんなに速いんすか!? そんな能力無くなったはずでは!?」

「速さを身体が覚えているってやつよ!」

「ひ、ひええ! 肉体派はこれだから厄介っすよ!」


 金髪の少女が追い回される。

 その様子を見て、穏やかな少年の後ろから同じような黒髪の少女が、その幼い容姿とは裏腹の大人びた表情で笑みを浮かべる。


「まあ、あの大佐さんとは私も一緒にいる期間は長かったので別れを惜しむ気持ちは分かりますよ。とてもいい人でしたから」

「何っ!? まさかあの大佐のことを……」

「焦らなくても大丈夫ですよ。あの大佐さんは奥さんも子供もいますし、かなりの老齢です。しかもその家族も健在で、彼はその家族の元に戻った、ってこともみんな知っているじゃないですか。だから何も心配する要素はないですよ」

「そ、そうか……」


 ほっとした様子の男性に、少女は、そそそ、と擦り寄り、自分の口元に手を当ててながら小さな声で告げる。


「……応援していますよ。だから頑張ってください」

「あ、ああ……」

「……私の為にも……」

「? あ、ああ……?」


 首を傾げる青年と、無邪気な笑みを見せる女の子。

 その様子に黒髪の少年は目を細める。


「……賑やかね」


 その声に黒髪の少年は振り向く。

 そこにいたのは、紅髪の少女であった。


「これだけ元気がある人達に囲まれて、苦労したでしょうね」

「ええ。ただ飽きはしなかったと思います。――あなたも、そうでしょう?」

「ええ。とても楽しいわ」


 紅髪の少女は笑みを浮かべる。

 と、ほぼ同時に。


「あんた達―っ! 御飯よーっ!」


 家の中から大声が響いてきた。


「あ、はーい! 御飯っす御飯っす! いっぱい食べてやるっすよ!」

「あ、前みたいに私の分まで食べる気ね!? そうはさせないわよ!」

「あたしはおっきくならなきゃいけないんすよ! そ、そう……」

「ん? どうしたの? こっち見て……?」

「い、いやいやいや! って、あーっ! 速いっすよちんちくりん!」

「私も大きくなりたいのですよ! というかちんちくりんは年齢の所為です!」

「ああ、このままだと俺の分も無くなるな」

「男はこういう時に弱いからね。僕達も行かないと」


 皆が一斉に家の中に走り出す。

 その様子を見ながら、紅髪の少女は笑みを深くする。


 と。

 そこで少女は何かに気が付いたかのように振り向く。


「……っ!」


 彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開く。

 しかし、すぐに表情を変え――



 彼女は微笑みながら、を出迎えた。





「お帰りなさい」





                          Justice Breaker   完

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