第411話 正義 11

 呆気ない最期。

 誰もが理解するまで時間が掛かった。


 クロードが壇上に上がった少女に左胸を刺され。

 その少女はクロードに吹き飛ばされ。

 彼が椅子に戻った途端、頭の中に声が響いてきて。

 唐突に彼の姿が砂のように消え。

 完全に姿を消した。


 世界中の誰もが、混乱の極みであった。

 クロードが居なくなった。

 死んだのか?

 だが消えるのはどういうことだ?

 死んだのならば『赤い液体』の効果は――



「――やったあああああああああ! 魔王が死んだぞおおおおお!」



 突然、混乱の渦の中にいた人々の耳に、そのような声が聞こえた。

 それは式典会場にいた、黒い仮面を付けた青年が上げた雄叫びであった。

 黒い仮面だけではなく、黒いマントも羽織っていた。

 一見して素性も分からない怪しい人物だが、顔を隠したい事情があったことは、彼の身体から分かった。

 彼には

 戦争で無くしたのか、それとも――

 いずれにしろ、平穏に暮らしていた訳ではないことは分かった。

 そんな彼は、あまりにも嬉しいのか、涙交じりの震え声で喝采を上げた。


「あ、あいつの所為で俺は自由を失った! 今ならばやりたい放題だぜ!」

「きゃっ!」


 男はそう言うと、近くにいた黒いヴェールを被った女性を左腕で抱き寄せた。

 が、その瞬間――


「あ、がっ……」


 唐突に、仮面の男は苦しそうな声を出してその場に倒れ込んだ。

 地面に横たわる仮面の男。

 それをすぐ近くにいた、帽子を目深に被った少年が倒れ込んだ男の腕を取る。


「し……死んでいる!? 死んでいるぞ!!」


 その男の声に、先程抱き寄せられた女性は地面にへたりと座り込んで「きゃああああああああああ!」と叫び声を上げた。


「人を傷つけようとしたから死んだんです! あの『赤い液体』の効果がまだ残っています!」


 幼い声。例にも漏れず涙声だ。


「まだ生きているっす! 魔王は! 姿が見えなくてもずっと生きているっす!」


 また女性の声。彼女の声も震えている。

 それをトリガーに、人々は恐怖し、絶望に悲鳴を上げた。


 怖い!

 何で!?

 どういうことだ!!?


 しかしながら、誰もが恐怖心を口にはするが、クロードに対しての悪評は口にしない。

 分かっているのだ。

 口にすれば自身の命がどうなるか。

 恐怖心。

 だから発言を抑える。

 行動を抑える。

 混乱はしているモノの逃げ出す場所もない以上、人々は立ち尽くすことしか出来なかった。


 目に見えない存在となった魔王。

 今までは見えていた分の安心感は、どこかにあったことを、今になって人々は知った。

 一人の……いや、一人かどうか分からない、愚かな者の選択によって。

 この日から、クロード・ディエルの名は人々の記憶の中に永遠に刻まれた。



 決して消えない――魔王の名として。

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