第410話 正義 10

 人々は混乱した。

 先のは間違いなくクロードの声。

 彼の哄笑が響いてくる。

 だけどそれは、アドアニアの式典会場に集まった人だけに聞こえたわけでもない。

 生中継を見ていた人達――



 全世界の人々。

 、笑い声が響いてきたのだ。



 誰もが耳を押さえた。

 だけどその笑い声は止まらなかった。

 何故ならその声は直接、頭の中に伝えられていたからだ。

 そのような芸当が出来た理由は当然、全世界の人々が服用した赤い液体の効果によるものであった。

 それはクロードの一部が、全世界くまなく存在しているのと同義であった。

 だから異能を使って、全世界の人にクロードの言葉を届けたのだ。

 だけど、クロード自身が笑い声を発しているかと言えば、そうではない。

 彼は壇上の椅子に寄り掛かって微動だにしていない。表情は俯いていて確認できないが、少なくとも声の通りの高笑いをしている様子には見えなかった。


 左胸を刺されたのに、笑い声を上げる。

 しかも頭の中に直接。

 本人は微動だにせずに。


 その様相はひどく不気味であり、式典会場にいる人間は畏怖の表情で彼に視線を向けていた。

 そんな中。


『……ああ、笑えるな、全く』


 クロードの笑い声がふと止まり、彼は低い声でそう告げてくる。


『先程俺を刺した少女の裏にいた人物には、きちんと罰が当たっている。無垢な子供を利用するなんて非道な奴だ』


 微動だにせず、淡々とクロードは告げる。


『しかしこの俺を消そうとするとは――愚かなことをしたものだな』


 くくく、とクロードは再び笑い声を漏らす。


『世界連合総長という組織の長という立場で世界中の監視の目を付けるという発想は良かったのに、それを望んで手放すとは、愚かという他に何があるんだ?』


 一般人としての存在を許さない。

 魔王は公人として監視される。

 そう――死ぬまで。



『ならば望み通り――



 ――はらり。


 次の瞬間。

 唐突にクロードの周囲に変化が生じた。


 それは――

 

 はらり。

 ひらり。

 次に次に足元に生じる。


 更には信じられないことに、その分だけクロードだったモノの面積は見る見る内に減少していった。

 まずは彼の右腕部から。

 次に顔。

 最後は足の先まで、全部。


 つまり――、ということだった。


 消える。

 黒い羽根に変化して、その場から身体を消え失せさせている。


 黒い羽根。

 それは人々に、とあることを想起させていた。

 アドアニアでクロードが魔王として宣言したあの時にその背にあった、黒色の翼。

 世界の人々にとって、魔王という存在が認識された――生まれた時のモノ。

 魔王としての象徴たるモノ。

 故に誰もが恐怖した。

 ただ消えるだけではない。

 魔王として、不気味な方法でその姿を変えていった。


 やがて壇上に多量にあった黒い羽根――クロードの身体だったモノは、風に吹かれてその場から失せていく。

 遠く。

 遠く。

 空へと放たれていった。


 あっという間の出来事だった。

 クロード・ディエル――魔王は世界から姿を消した。


 人間業とは思えない。

 理屈で説明が出来ない。


 その上更に――呆気に取られている人々が混乱することが起きた。


『――全世界の人々よ、俺に恐怖しろ。畏怖しろ。永遠にこの世界を支配してやるよ』


 声が頭に響く。

 身体がそこにないのに。

 ――どこにいるか分からないのに。


『記憶に刻め。全世界を支配したこの俺の名を』


 姿なきクロードは全世界に告げる。

 決して消えないその言葉を。


『クロード・ディエル。

 





 ――その言葉が。

 クロード・ディエルという存在の、最期の言葉であった。

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