第405話 正義 05

    ◆



 世界連合総長任命式。


 その式典の会場はアドアニアの中心にある、目立つ建造物であり、クロードにゆかりのある場所であった。

 アドアニア軍基地。

 その目の前にあるスペースに、高くセットされた壇上。

 それは奇しくも――というよりも敢えて合わせたのだが――クロードがアリエッタを相手にし、魔王として名乗りを上げた場所、そのものであった。

 ただ、あの時よりも一か月という準備期間を設けた為、会場としては大層立派なものとなっていた。

 その広大なスペースには関係各位以外にも一般市民も多数列席することが出来、魔王の姿を一目見ようと多くの人々が集まっていた。

 更には、国籍、性別、年齢層を問わず、会場には集まっている。

 それはどの人達も武力を持っていないという『赤い液体』による抑止力の成果であり。

 そして、クロードが作り上げた世界そのものを証明していた。


「――ご列席の皆様、お待たせいたしました。ただいまより、世界連合総長任命式を行います」


 スーツを着込んだ司会の男性の言葉で、式典が始まる。

 この式典は全国どころか全世界で生中継されている。

 そんな中、クロードは壇上のど真ん中、皆よりも更に一段高い場所に座っていた。その恰好は、周囲にいるウルジス王やルード大統領、その他国家の代表クラスの人物とは異なり、いつもの黒の制服に黒のマントという、魔王の代名詞ともなっている装束であった。

 一人だけ異なってはいたが、不思議と違和感はなかった。というよりもきっと、クロードが他の恰好をしている方が違和感があっただろう。

 既にクロードはこの恰好――魔王として、世界に確立されているのだから。


 この世界での唯一の存在として。

 言い換えれば――この世界の異物として。


「……」


 しかしながら。

 クロードは堂々たる様でそこにいた。

 物怖じした様子も無かった。

 未成年であるのに。

 多数の人に見られているのに。

 しっかりと、前を見ていた。


 式典は厳かに進む。

 形式的な前置き。

 世界連合についての背景含め、詳細説明。

 その成立についての合意。

 拍手。


「はい。では賛成多数ということで、ここに世界連合の成立を宣言いたします」


 再び拍手。


「では次に世界連合の長たる存在、総長の選定です。各国代表にて協議した結果、『正義の破壊者』の代表であるクロード・ディエル氏が候補として挙げられました。クロード氏の総長就任に賛成の方は拍手をお願いいたします」


 ひときわ大きな拍手。

 閲覧している一般人からも拍手の音が聞こえる。サクラを仕込んでいるわけでもないにも関わらずにだ。そのようなサクラを仕込むことも『他者の嫌がることの強要』と捉えられ、『赤い液体』の効果で指示した者に苦痛として跳ね返ってくるだろう。そうなればサクラの強要など出来やしない。

 すなわち、これは民意なのだ。

 国民ではない。

 全世界の人々の民意だ。


「では賛成多数としてクロード・ディエル氏を国際連合総長に任命いたします。では、クロード氏。就任の挨拶をお願い致します」


 司会に呼び掛けられクロードは席を立ち、目の前に置いてあるマイクの前まで移動する。即ち、ここまではこの場にいる全員が持っている台本通りなのだ。


 しかし、ここからはそうではない。

 ここからはクロードが――コンテニューが、母親と共に作り上げた台本だ。


「世界中の皆さん。きっと初めましての人もいるだろう。俺がクロード・ディエル――魔王だ」


 壇上に上がっている主要人物達は目を剥く。

 それは口調や「俺」という一人称があまりにもフランクで、台本通りではなかったからだ。


「世界連合という新たな世界の統治者の長については勿論拝命する。

 ――さて、これで俺が全世界の支配者となったわけだ」


 世界の支配者。

 その言葉に人々のどよめきの声が大きくなる。

 クロードの告げた内容は、誰もがその通りだと思っていた。しかしながらそれを表だってそうは言わない為に、世界連合の長という遠回しな形を取ったのだ。だからそれを直接口にするなんて、誰も思っていなかった。


「支配者となったからには、俺として一つ宣言させてもらおう」


 そう言ってクロードは胸元からあるモノを取り出す。

 それは小瓶に入った――『赤い液体』であった。


「この世界の人類全員に、この『赤い液体』を服用してもらった。一人の例外も無しに、だ。だから皆には共通の認識を持ってほしい」


 クロードは手を付き、語気を強める。


「この赤い液体は、善人には全く影響がない。影響があるのは悪人だけだ」


 悪人。


「戦争をする者。

 人を殺す者。

 暴力を振るう者。

 人を傷つける者。

 恫喝する者。

 心に傷を負わせる者。

 人に嫌なことを強要する者。

 人のモノを破壊する者――


 


 言い切る。

 それは理不尽な戦争で母親を亡くし、ありとあらゆることを傷つけられてきたクロードだからこそ、言えたことだ。


「俺は競争を否定しない。だけど人々が傷つけ合う戦争は認めない」


 人々の進化には争いが必要だ。

 だが、傷つけることは不要だ。

 理不尽な諍いは、もう二度と御免だ。


「俺は平和を望んでいる。だから支配者となった」


 恐怖で人を縛った。


「痛いのは嫌だ。死ぬことは怖い。――みんな当たり前のことを忘れている。俺はそれを思い出させただけだ」


 当たり前のこと。

 だけどみんな、自分のことしか分からない。

 他の人もそうだと、分かっていない。


「だから俺は、人に与える痛みを自分に跳ね返るようにした。詳細は述べないが、場合によっては何倍ものフィードバックがあるようにした。

 自分が嫌なことは人にやらない。

 ただそれだけ。

 それだけで世界は平和になる」


 異論はあるだろう。

 異分子はいるだろう。

 例外はあるだろう。

 それでも、クロードが導き出した答えはそれだった。


「仕方が無かった。

 必要なことだった。

 痛みが無いと人は成長しない。

 痛みを与える方も痛いんだ。

 ――を口にするな。

 それは痛みを与える側の言い訳だ」


 だから――と、そこでクロードは口の端を上げた。


「そんなは、この俺が破壊してやる」


 世の中の理不尽な痛みを、正義という言葉で片付けている人々。

 戦争を、正義という言葉で正当化している国々。


 クロードは魔王として、そのような正義を全て破壊する。



「俺は――『正義の破壊者Justice Breaker』だ」

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