第404話 正義 04
◆
アドアニア。
クロードの任命式が行われるとあって、街中がお祭り騒ぎとなっていた。
ルード国が崩壊したことで実質的な支配下にあったアドアニアはその国家としての威厳を戻し、先のアドアニアでルード国と『正義の破壊者』の全面戦争の際に移動させられた、元の暮らしていた人々もすっかりと街に戻り、そのお祭り騒ぎに酔いしれていた。
ルードの支配下から抜け出せた。
クロードのおかげで解放された。
戦いに理不尽に巻き込まれずに済んだ。
そう思う人もいた。
だけど一方で、やはりクロードをよく思わない人もいた。
当然だ。
この国をそもそも滅茶苦茶にしたのは、クロードなのだから。
しかしながら、表だってそれは言えない。
理由は、赤い液体を飲んだからだ。
クロードを悪く言えば、自分の命が無くなるかもしれない。ならば不満を思っていても心の中だけに留めておくのは自然のことだろう。
そんな思想が入り乱れる中、任命式の準備は刻一刻と進んでいた。
「…… 一か月、早かったな」
任命式が始まる少し前。
人数にしては広い控室で、クロードはそう呟く。
そして、その控室にはクロードの他にはただ一人だけ。
「それはそうだろう。あれだけ密度の濃い生活ををしていたのだから」
そう相槌を打ったのは、ウルジス王であった。
クロードが対等に語れる存在としては、既に彼しかいなかった。
ライトウもいない。
カズマもいない。
ミューズもいない。
全て、ルード国の戦いで失った。
だからこの部屋も広く感じる。
自分が望んだわけではないのに――むしろ望まないように個室じゃないようにしたのに、同じ部屋に存在するのはウルジス王だけだという。因みにアドアニアの大統領は理由を付けてクロード側が拒否をした。アリエッタの生みの親に対して大人な顔が出来る程、クロードは大人ではなかったのだ。
大人ではない。
クロードはまだ未成年だ。
心も成熟しきってはいない。
あるモノをきっかけに膨大な情報が一気に入ってきてはいたが、その経験は、正直に今のクロードにはない。
どこか他人の人生のように感じていた。
――実際、そうではあったのだが。
そのような経験の浅く、大人ではない自分を支えてくれているのが、ウルジス王だ。
唯一、残った大人で、頼れる存在。
そして――頼らなくてはいけない存在であった。
そんな彼はクロードを見ながら苦笑いを浮かべていた。
「君はジャスティスを破壊して廻ったり、赤い液体を飲ませに行ったり、文字通り不眠不休で働いていたじゃないか。それは色々なことがありすぎてあっという間に感じるだろう」
「仕方ないじゃないか。一か月、って縛られていたのだから」
「……」
軽く告げたクロードのその言葉に、ウルジス王は一瞬だけ言葉を詰まらせる。
クロードは彼にだけは全てを打ち明けていた。
これから行うことも。
――これから行われることも。
「……本当に、やるんだな?」
「やる。何があっても絶対にな」
そう強く頷いた後、クロードは、ふっ、と笑う。
「……すまないな。こんな愚痴みたいな、決意表明を聞かせて」
「いい。というか前にも言ったが謝るな。お前は『正義の破壊者』のリーダーであり、今は世界連合の総長なのだからな」
「今この場では関係ない。二人しかいないし、誰も見ていない。だから普通に頭も下げる」
クロードは真正面にウルジス王に向き合い、口にした通り、頭を下げた。
「今まで迷惑を掛けた」
「お、おい……だから謝る必要は――」
「これは謝罪として頭を下げている訳じゃない。だからいいだろう?」
「いいだろう、って……じゃあこれは……?」
「感謝の気持ちだよ。
――今まで、ありがとう、ウルジス・オ・クルー」
フルネームで呼ぶ。
それは王としてではない。
いち個人として、彼と向き合ったのだ。
「貴方は俺にとって――今までの人生の中で、最も頼れる大人だった。……恥ずかしい告白をするが、俺には父親の記憶などないが、どこかそれに近い親近感を抱いていたのかもしれない。だから色々と依頼させてもらった。……甘えさせてもらった、って言いかえてもいいかもしれないな」
「……その言葉にどう反応していいか分からないな」
その言葉に頭を上げると、ウルジス王は苦笑いを浮かべていた。
「うむ、まあ、普通に感謝されて嬉しいのはそうだが……私はそんなに良い大人ではないぞ」
「それは知っている」
「知っているのか……」
「だが俺は貴方以上の良い大人の存在を、片手で数えられる程しか知らない」
「……うむ。良い大人に恵まれていないのだな」
「仕方ないだろう。そういう人生なのだから」
そうクロードは肩を竦め、口の端を上げる。
「そうじゃなくちゃ、今、ここにこうして存在していないさ」
「確かにそうだな。……はは」
「ん? どうした?」
「いや、今更ながらだけど気が付いたんだよ。
君は――よく笑うようになったな」
「……そうか?」
「そうとも。ルード国の戦闘まで表情がずっと薄かったというのもあるが、このところの会話には冗談も含めて緩んだ表情で語ることが多かった」
「……気が付かなかった」
そうペタペタと自分の両頬を触りながら難しい表情をするクロードに、ウルジス王は優しい目を向ける。
「きっと……それが本来の君なのだろうな。
魔王ではない、クロード・ディエルという一人の少年の姿なのだろうな」
「……」
――あの日。
ジャスティスに家を襲撃された一七歳のあの日まで。
クロードは親は居なくとも生活に困っておらず、友人もいて、政府に対する不満を腹の中に溜めながらも普通の――見方によってはそれよりも恵まれた高校生活を送っていた。
その頃のクロードはよく笑う、明るい少年であった。
その事実を踏まえ、クロードはこう答えた。
「……昔はそうだったのかもしれないな、という答えしか出来ないな」
過去の自分。
それがどこか他人のように感じていた。
他愛のないことで笑い、他愛のないことで悩み、勉学に文句を言いながら、生きる目的も命の危険も無く過ごしていたあの頃。
今の自分では既に想像が出来なくなってしまっていた。
だが、それでいい。
「過去どうだったか、本当の自分がどうだったのか――今はどうでもいいんだ。俺は既に一介の高校生ではなく、魔王として世界を恐怖で統一した存在なのだから」
「未来しか見据えていない。今は世界の王になったから、ってことか」
「それは違うな」
クロードは薄い笑みを浮かべ、首を横に振る。
「俺は世界の王にはならないし、なれないんだよ。
俺がなれるのは――魔王だけだ」
その意味が分かるだろ? とばかりに、クロードは目でそうウルジス王に告げる。
「……そうだな。そういうことだったな」
ウルジス王はその意味を悟ったが故に深く息を吐き、肩の力を抜く。
「君は魔王であり続けるのだったな。じゃあ世界の王には私がなるか」
「そうするつもりだぞ」
「……やっぱりそうか」
深い溜め息。
様々な意図がそこには含まれていた。
そんな彼に、クロードは「いいじゃないか」と笑い掛ける。
「だって最初に俺を取り入れようとした時は、最終的に世界の全てを手に入れるつもりだったんだろう? だったらその願いが叶う時じゃないか」
「……本当に当初の話だな。利用して最後に美味しい所を得ようとした。それは間違いない。結果、その通りになるのだから、こちらの目論見通りではあるな。だが――」
「そういうことだ」
明らかに否定を重ねようとしてきたウルジス王の言葉を遮り、クロードは畳み込む形で言う。
「だからこれから世界を導く……ではないな。世界の王となるのはウルジス王、貴方だ。俺は世界なんてもうどうでもいいのだから。お前が守らなくては誰が守るんだ?」
ひどく勝手な言い分。
この言葉だけを捉えれば、この先に行われるのは無責任な放棄にしか聞こえない。
だが、そうではないことをウルジス王は知っている。
だからこそ彼は少しの逡巡の後、首を縦に振った。
「分かっている。だから任せろ」
「任せる。あ……謝罪の言葉は口にしそうになったが、しない方がいいよな?」
「それも分かっているから大丈夫だ。案外真面目だな、君は」
「俺が真面目じゃなかったことがあったか?」
「いいや。真っ直ぐに、真正面から、真面目だったよ。その考え方だったが故に私は君に恐怖し、君の下に国ぐるみで付こうと思ったのだから。……勿論恐怖心からっていうのもあったけれどな」
そうウィンクしてくるウルジス王に、クロードは苦笑を返すしか出来なかった。
彼がそう口にしているということから、既に当初の会議時点でのウルジス国と『正義の破壊者』の関係は、崩れているということだ。
――いい意味で。
恐怖心で従えていたウルジス王との関係は、今やかなり良好になっている。クロードも付き合って行く内に、王としての責務をきちんと果たしていた彼の能力の高さやリーダーシップ、カリスマなどが信頼できるモノであるということは、身を持って実感していた。
頼れる大人。
この言葉が最も似合う存在が、目の前の一人の男性――ウルジス・オ・クルーであった。
(なら、そんな彼に任せるのが、子供として、今まで自由気ままに振る舞ってきた俺の恩返しであり、そして――最後のワガママになる、か)
表舞台にずっと立たなくてはいけない。
その責務を、ずっと王として行っていた彼に任せる。
これから苦労するだろう。
辛いだろう。
だけど、彼ならばきっとやってくれるはずだ。
それは色々な意味で、信用できる存在だからだ。
あとは頼んだぞ。
「――さて。そろそろ時間か」
クロードがふと時計に目を向けると、任命式の準備に向かわなくてはいけない時間が差し迫っていた。
「長話をしてしまったな。では、向かうとするか、ウルジス王」
「ああ。――だが、その前に一つだけ」
と、そこでウルジス王は大きく深呼吸すると引き締まった表情になり、クロードの目を真正面に見据える。
「クロード・ディエル。君のこれからの行動について、正直な感想を述べさせてもらう」
「……何だ?」
「一国の王として――一国を率いるリーダーとして、君がこれから行うことについては、愚かで、最適ではない解であり、私にはその選択は取ることは出来ない」
「……」
そう言われるのは分かっていた。
この行動は、リーダーが取るべきことではない。
『正義の破壊者』もウルジス国も、勿論ルード国も、利するモノはない。むしろデメリットの方が大きいだろう。
そのような事態を引き起こす自分の選択は、代表失格だ。
「それは分か――」
「――だが」
口を開いた瞬間、今度はウルジス王側がクロードの言葉を遮るように、語気を強く告げてくる。
「個人的な意見で言わせてもらえば――自分の周囲の人々の幸せのためとはいえ、よくぞそんなことを実行できるな、と。賛否両論あると思うが、一種の『強さ』だ。そのような選択を取れる君のような強さを、私は持っていない。私にはその選択を取ることが出来ない」
だから、と彼は右手を差し出してきた。
「いち個人として君を尊敬する。クロード・ディエル」
その右手。
ウルジス王ではない。
一人の成人男性が、未成年の少年を認めた証だ。
それはクロードのことを、魔王としての側面ではなく――
一人の男として、対等な存在として、尊敬するという、賛辞であった。
「――ありがとう、ウルジス・オ・クルー」
だからクロードも、その差し出された右手を握り返した。
これは魔王としてではない。
同盟関係からではない。
年齢、役職、国籍。
そんなのは関係ない。
一人の成人が一人の少年を認めた。
ただそれだけの証だった。
――そして、これが。
クロードとウルジス王が友人として交わした、最初で最後の握手であった。
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